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生命と意識:現象中心の科学アプローチ

生命や意識といった複雑な現象を理解しようとすると、その複雑さと捉えどころのなさに、大きな壁を感じることになります。

その理由の一つに、私たちは「現象」というものに対して、あまり体系立てられた理解を持っていないことにも原因があると考えるようになりました。

現象は、物質が物理法則に基づいて時間と共に変化していく中で起きるものです。このため、現象は物質と法則の副産物として理解されることがあります。

一方で、生命や意識は複雑な現象であり、それは複合的な現象とも言えます。このため、物質や法則を中心にした視点ではなく、現象を中心に据えた視点から捉える方が、より直接的で直感的な理解を得られるはずです。

現象を中心に据えるというのは、物質や法則を無視するという事ではなく、あくまで視点を変えるという事です。これは、あらゆる現象を物質や法則から発生しているという視点から、現象自体の発生や消失、現象同士が影響を与え合う、といった性質に着目する視点への変更です。

この記事では、まず現象と現象間の影響について、物質と物理法則と比較した場合の特徴を理解するために、振り子現象とその同期現象について説明します。そこから理解できる現象の特徴として、非保存性と定量化困難性について明確にした上で、現象を中心とした科学アプローチについて整理します。

次に、現象の継続発生、複合、強化について考えていきます。そこでは、物理的な条件として空間構造が重要になることを説明します。そして、条件に適合した空間構造があれば、その中で現象は継続発生や複合、現象同士の強化関係や、現象と空間構造の強化関係を生み出していくことになります。

そして、さらには現象の連合化やカプセル化により、生命や意識のような非常に強力に継続発生する現象が生み出される可能性があることを示します。

以上により、現象中心の視点の有用性を理解いただけるのではないかと考えています。それでは、以下、本文に入ります。

■振り子現象と同期現象の例

密閉された部屋の中に、壁から壁に一本の梁が通っているとします。その梁から糸がぶら下がり、糸の下に重りがついているとします。

その重りは台の上に置かれており、台から下ろせば振り子として揺れ続けるようになっています。

ここで、台の上に重りがある時と、台から下ろされた時の2つの部屋の状態について考えてみます。

現象という観点からは、後者の部屋の中には振り子現象が生じています。振り子現象の影響で、次の振り子現象が連続的に生じている、ということもできます。摩擦がない理想的な空間であれば、この振り子現象は永続的に発生し続けます。

しかし、前者の部屋には振り子現象はありません。そこに台から重りが下ろされるという現象が発生したことの影響で、振り子現象が発生し続けるようになるのです。

これを質量とエネルギーの観点から考えると、その総量は何も変わっていません。このため、質量とエネルギーの総量という基準では、2つの部屋の差を表現できません。

ただし、総量は変わっていませんが、エネルギーが遷移しています。運動エネルギーと位置エネルギーの変化が繰り返されています。このため、エネルギーの遷移量という基準で捉えれば、2つの部屋の違いを表現できます。

一方で、この梁に2つの振り子がある場合を考えてみます。

この2つの振り子は、バラバラに揺れていたとしても、時間と共に同期することが知られています。同期現象です。

同期する前と同期した後の部屋については、エネルギーの遷移量も同じです。こうなると、同期現象を質量やエネルギーの観点から表現することはできません。

このように、振り子現象や同期現象といった現象は、質量やエネルギーが増減しなくても、現れたり、消えたり、強化されたり、増殖したりします。

■現象と影響の非保存性

振り子の例で見たように、ある現象が、別の現象に影響を及ぼすことがあります。台から重りが下ろされる現象が振り子現象を開始し、振り子現象は振り子現象自体を継続的に発生させ続けたり、同期現象を発生させたりします。

直感的にわかりにくいのですが、現象と影響は物質やエネルギーを必要としますが、物質やエネルギーそのものとは異なります。このため、あらゆる現象の大きさや影響の度合いのようなものが一般な物理な量として測定されたり、それがある閉空間の中で総量が保存されたりいするようなものではありません。

このため、現象による影響が散逸して消えてしまったり、同一の現象が連続あるいは断続的に発生し続けたり、あるいは同じ性質を持つ現象が空間内で増殖したり、頻度や強度が増していく場合もあります。

■現象と影響の定量化困難性

現象や影響は、個別の種類ごとであれば、何らかの量として捉えることは可能かもしれません。しかし、現象や影響の種類は無数にあり、その全てを全て定量化する事は、ほぼ不可能に思われます。

また、異なる種類の現象や影響の大小を比較することもできません。

それにも関わらず、現象は異なる種類の現象に影響を与えます。そして元の現象が大きくなれば、影響が大きくなるとも限りません。つまり、全ての現象と影響の法則性も単純な法則で表現することはできず、無数にある現象と影響の法則を正確に把握することも、著しく困難です。

このため、現象と影響が連鎖することは確かですが、それを全て定量化し、把握することは、非常に難しい問題です。

そうなると、一部の現象と影響に的を絞って把握するか、現象を引き起こす物質とエネルギーを細部まで正確にシミュレーションして観察することが、私たちが現象と影響を理解する方法となります。

■現象中心の科学アプローチ

現象と影響は、単純に統一的な定量化や法則化をすることはできません。

現象に着目する場合は、主要な現象と影響をいくつか選択して分析するしかありません。選択した現象と影響の種類ごとに定量化と法則化をして、それらを組み合わせることで、振る舞いを予測したり、性質を理解することができるようになります。

もう1つのアプローチは、現象を発生させる物質やエネルギーのような物理的な要素をシミュレートする方法です。この方法であれば、現象を取捨選択する必要がなく全ての現象と影響を再現することができます。

このアプローチは、そこに現れる現象や影響の理解ができるわけではありません。単に個々のシミュレーション毎の予測ができるだけです。もし新しいパターンでの予測をする場合、再度シミュレーションが必要になります。

また、このアプローチでは、初期値の違いが結果に大きな影響を与える場合があり、その場合、予測の精度を高めることが難しくなります。

このため、シミュレーションばかりに頼るには限界があります。

従って、理解したい対象の主要な現象と影響に絞って、定量化や法則化を行っていくアプローチも重要です。

この場合、理解したい対象に関わる現象と影響が、既存の学問分野を横断していることがあり得ると思っています。

その場合、それらの学問分野の個々の内容を網羅する必要はありませんが、少なくとも理解が必要になる現象や影響についての知識は必要になるでしょう。

■現象の継続発生と空間構造

影響が減衰したり散逸したりせず、同じ現象を引き起こす場合、その現象は、連続的に発生し続けることができます。

また、現象の影響が発散したとしても、減衰や散逸することなく再度同じ現象に収束すれば、断続的ではありますが、同じ現象が反復的に発生することになります。

このような状況が作り出されるためには、影響が減衰したり散逸しないようなクローズドな空間が必要です。

また、クローズドな空間であっても、同じ現象を生じさせるためには、影響が発散しないか、発散しても再度収束する必要があります。

このため、空間内に影響が流動的に発散することがないような構造が必要です。完全に流動的に発散する環境では、現象が繰り返し発生することができません。

流動的な発散を抑える構造を持つ空間内では、全ての現象が繰り返し発生するわけではありませんが、一部の現象は繰り返し発生することができます。

■現象の複合

振り子の同期の例のように、複数の現象が組み合わさって、別の現象が生じる場合があります。

現象自体には保存される総量は無いため、別の現象が生じたとしても、その元となる現象が弱くなったり減少するというわけではありません。

このため、現象と影響の空間の構造によっては、単に基本的な現象が繰り返し発生するだけでなく、それらが複合されて別の種類の現象を生じさせる、ということも起こり得ます。

そして新しく生じた現象も、繰り返し発生することもあり得ますし、さらにそこからまた別の現象が生じることもあります。

このようにして、時間と共に様々な現象が段階的に現れ、それぞれの現象が繰り返し発生し続ける場合があります。

もちろん、それが可能になるような現象と影響の空間構造が必要です。現象の複合が生じ、それぞれの現象が繰り返し発生する空間構造がなければ成り立ちません。

■現象の強化

現象が繰り返し発生したり、複合して新しい現象が発生するということは、いくつかの興味深い性質を持つことがあるということを意味します。

まず、複合現象が、元の現象に逆に影響を及ぼすケースもあるという事です。これにより、元の現象が発生しなくなれば、複合現象も発生しなくなります。

一方で、元の現象を強化する場合もあり得ます。

強化には様々なタイプがあります。わかりやすいものは現象の強度、精度、頻度の向上です。

少し複雑なものとして、現象の繰り返し発生をしやすくするというものもあります。これは、別の現象の影響により、現象の繰り返し発生が阻害されることがあるということを念頭に置くと分かりやすいかと思います。

阻害されても繰り返し発生するような復元性の向上、阻害となる影響を受けにくくする耐性の向上、阻害となる影響を避けたり、積極的に阻害元の現象の発生をさせにくくしたりということも含まれます。

また、現象の強化として、より強力なのものとして、現象の増殖というものもあります。これは、空間内で同時に同じ現象が発生する数を増やすということです。

こうした現象の強化が、複合現象の強化につながることも、もちろんあります。そうなると、元の現象と複合現象が互いに互いを強化する事になります。すると、空間内でこれらの現象の繰り返しの発生が、より強固なものになっていきます。

■空間構造への影響

現象は現象に影響を及ぼしますが、現象は物質やエネルギーに基づいて発生します。従って、現象は物質やエネルギーにも作用している事になります。

現象の繰り返し発生や複合現象の発生、現象の強化などは、空間構造に依存します。その空間構造は物質やエネルギーによって成り立っています。

現象が物質やエネルギーに作用するという事は、現象の空間構造を変化させる場合もあるということです。

これにより空間構造が崩れてしまえば、現象の繰り返し発生等が成り立たなくなってしまうことになります。

一方で、空間構造が現象の繰り返し発生、複合、強化を促進する形に変化する場合もあります。

この場合、現象と空間構造も、相互に強化しあう関係となります。この関係も、現象の繰り返し発生をさらに強固なものにします。

■現象の連合化とカプセル化

複数の現象や空間構造が相互に強化関係にあり、それがその他の現象による影響からお互いを保護することで、現象の繰り返し発生を強固なものにする場合があります。それは現象の連合化と呼ぶことができます。

さらに、その他の現象や空間構造との間に明確な境界を持つと、外側からの影響を受けて現象が阻害されたり、外側に影響が散逸することがなくなります。これは、現象のカプセル化と呼ぶことができます。

連合化された現象がカプセル化されることで、この両方の利点を生かして、カプセルの内側では相当に強固な形で現象の繰り返し発生が起きることになります。

このような連合化とカプセル化された現象の代表例が、細胞の生命現象です。細胞はその内部に形成された空間構造により多様な現象が発生し、その現象同士が互いを強化し合います。

そして、細胞膜によってカプセル化されることで、外部の現象からの影響を防ぎつつ、現象の相互強化が内側から散逸しないようになっています。ただし、完全に細胞膜の外側との間の物質やエネルギーを遮断すると、使用できるエネルギーや物質が欠乏し、使用できなくなった熱エネルギーや物質が内部に蓄積していしまいますので、選択的にエネルギーや物質のやり取りを行う事はできるようになっています。

また、あくまで仮説ではありますが、人間の意識も同様に、現象の連合化とカプセル化の事例であろうと考えています。

様々な記憶、思考、感情は何れも脳の空間構造を利用した現象と考えられ、成長するにつれてそれらが発達していくと考えられます。そして、ある時点から自己認識と共に意識が目覚めるとすれば、それらの様々な現象が強固な連合と自己と他者という境界を形成したと考える事ができるでしょう。

■さいごに

本文中にも書きましたが、異なる現象自体の影響の連鎖を辿っていくことは、科学的に厳密に定式化して表現したり、それをシミュレートすることは非常に難しい作業です。

このため、物質や物理法則に落とし込んで、シンプルな定式化を目指すアプローチが近道に思えます。しかし、複雑なシステムをシンプルに定式化した物理法則から組み立てることは、計算量の膨大さや、ズレが生じた場合に結果が大きくずれてしまうため、それはそれで難しい問題になります。

物理法則からシミュレートするやり方はコンピュータで膨大な計算を扱いつつ、精度を上げる工夫をしていくことで堅実に進めることができる魅力はあります。しかし、現象の再現はできても、現象そのものの性質を把握したり法則化したりすることはできません。このため、シミュレートできたとしても、できなかったとしても、いずれにしても手に入る情報から現象そのものの性質や法則を見つけ出す努力をしなければ、現象の理解を深めることはできません。

現象そのものを理解しようと考えた場合、この記事で示したような現象を中心としたアプローチがやはり必要になるでしょう。考えてみると、物理的な基本的な法則を求めるような学問以外は、化学にせよ生物学にせよ、社会科学や人文科学などを含めて、基本的に全て、物理的なものの上で起きている現象を分析しているはずです。

このため現象を中心としたアプローチ自体は、いわば既に部分的には当たり前の事として採用されているという事です。課題は、現象のパターン分類と共通的な性質の分析や、現象の繋ぎ合わせを中心とした分析、そして、学問分野を横断する異なる現象の繋ぎ合わせを実施することにあるのではないかと考えています。

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