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生命の起源:地球は晴れていたのか?

生命の起源についての議論で、生物が必要とする有機物が初期の地球環境でどのように生成されたのか議論されています。特に、基本的な有機物が自然環境で十分に生成されなければ、生命が誕生するための素材が存在しないことになってしまうためです。

以前には、生物が必要とする有機物は、生物にしか生産できないと考えられていた時代もありましたが、ユーリー・ミラーの化学実験をきっかけにして、無機物から自然に基本的な有機物が合成できることが証明されました。その後の研究で、様々な条件下で様々な有機物が合成できることがわかってきました。

一方で、この有機物が初期の地球環境下で、どれくらいの量生産されたのかは、よく分かっていません。このため生命の起源に関する議論では、暗黙のうちにこうした有機物が希少であったことを前提にしていることが多くあります。

しかし、この前提に、私は疑問を抱いています。むしろ、初期の地球環境は、現在よりもはるかに豊富な有機物であふれかえっていたのではないかとも考えられるのです。それは、不透明大気仮説と私が呼んでいる仮説に基づいた推定です。

■物質の総量の定性的な見積り

存在する物質の総量は、物質の生成と分解の速度によって変化します。分解の速度の方が早ければ、物質の総量は時間と共に増えていきます。物質の総量が増えると、生成するための素材が少なくなったり、単位時間に分解される量が増えることになるため、時間と共に生成と分解の速度は一定になります。

ここでしっかりと認識すべきことは、多くの物質は、外部からの作用なしに分解されるわけではないということです。基本的な有機物に関しても同様です。このため、生成される要因と、分解される要因を整理し、生成速度と分解の速度のバランスを定性的に捉えることで、初期の地球環境での有機物の総量をある程度想定することができるようになります。

■初期の地球環境

初期の地球では、火山活動による灰や隕石衝突による細かい砂ぼこりの粒子が大気中を浮遊していたはずです。

46億年前に太陽系と共に地球が誕生したと考えられています。誕生した当初の地球は、現在のような地表ではなく熱で液体になった岩石であるマグマが露出した灼熱の惑星でした。それが徐々に冷えて、40億年前くらいには固体の岩石になった陸地が登場し、液体の水による海も形成されたとされています。

この頃の大気には、現在の地球の大気と異なり酸素分子が少なかったという特徴があります。酸素分子は、生物が生成して大気中に充満させたと考えられています。

また、この頃の地球では、火山活動が非常に活発で火山灰が大気中にばら撒かれていました。また、隕石の衝突も頻繁に発生しており、隕石と地上の岩石の細かな粒子も大気中に舞い上がっていたことが考えられます。

火山灰や岩石の粒子は、時間が経つと地表に落ちていきますが、気流に乗るとかなりの時間大気中を漂う事になります。現在でも、大規模な火山噴火が1度起きると、大気中に細かな灰が滞留する影響で、数か月から数年の間、地表に届く太陽光が微かに少なくなり、作物に影響を与えるという事が話題になったりします。

この事を考えると、この頃の大気は現在の大気とは異なり、火山灰や隕石衝突で舞い上がった粒子で常に覆われており、不透明だったと想定されます。

■不透明な大気表面での有機物の合成

大気を漂う火山灰や岩石の粒子は、鉱物(ミネラル)です。この中には、有機物の素材になる物質の一部が含まれています。その上、有機物の合成を促進するための触媒の効果を持つものも含まれています。

また、大気の中には酸素分子はないものの、二酸化炭素(CO2)、窒素(N)、水素(H2)、水蒸気(H2O)が含まれており、有機物が必要とする大部分の元素が存在していました。

さらに、昼間の間は太陽から紫外線や太陽熱をエネルギー源として受けることができます。大気が不透明であったことから、大気の最も外側の層を漂う火山灰や岩石の粒子が、これらのエネルギーを大量に利用することができたと考えられます。

この不透明な大気の表面で、大量の有機物が合成された可能性が高いと考えられます。これが不透明大気仮説です。

初期の地球での有機物は、大気での合成の他に、隕石に付着したものや、地表の鉱物表面や温泉での合成、水中の熱線噴出孔での合成など、様々な場所と要因で得られた可能性が考えられています。

しかし、不透明な大気の表面での有機物の合成は、利用できる空間の広さが圧倒的に広く、そして利用できる素材、触媒、エネルギーの量も圧倒的に多いと考えられます。このため、不透明な大気の表面が、基本的な有機物の大量生産工場として機能していた可能性が高いと私は考えています。

■有機物の分解

基本的な有機物は、不透明な大気の表面で大量生産されつつも、分解されていったと考えられます。

しかし、前述した通り、多くの有機物は基本的には自動的に分解されることはありません。分解される原因が無ければ、存在し続けることができます。

基本的な有機物の分解の主な要因は、紫外線、高温、そして特定の酵素とされています。

初期の地球環境では、大気は不透明だったと考えられます。このため、表面より内側の大気の低層部分や地表や海面まで紫外線が到達しません。従って、有機物が不透明な大気の表面に露出しなければ、紫外線からは保護されます。

また、初期の地球環境に液体の水による海が存在していたということは、気圧の関係もありますが、概ね摂氏100度を超える場所はほとんどなかったと考えて良いはずです。基本的な有機物が熱によって分解されるのは摂氏150度以上ですので、火山の火口などの特殊な場所でなければ、熱による分解も考えられません。

酵素に関しては、生物が存在しない初期の地球環境にはそもそも存在しません。このため、酵素による分解も発生することはありません。

このように整理すると、初期の地球環境では基本的な有機物が分解される可能性は極めて限定的だったことが分かります。

■初期の地球環境での有機物の量の推定

基本的な有機物が分解される機会が非常に少ないにもかかわらず、大量生産が行われていたとすると、初期の地球環境には有機物が大量に蓄積されていったことになります。

地表が冷えた固まって陸地と海が出来たのが40億年前で、初期の生命が誕生したのが38億年前から35億年前と推定されていることを考えると、数億年単位の期間、有機物が堆積できた可能性があります。

地表が安定して固まる以前にもある程度有機物の生産と蓄積はできたはずですし、生物が誕生するよりも前に有機物を分解する酵素が形成される段階があった可能性もあるため、この期間にはブレがあります。また、火山や隕石による大気の不透明さの度合いも、時期によってさまざまに変化した可能性があります。

とは言え、数億年単位で有機物が蓄積できたというのは妥当な考えでしょう。

仮にこれらの条件が常に整っているとすると、この期間、太陽から照射されて地球に届く紫外線は、全て大気中の灰や粒子で吸収されたことになります。そのうち、ある割合で有機物の合成が発生したと考える事ができます。これは、エネルギーの観点で考えると、地球に照射された紫外線のエネルギーの一部が有機物の合成に使用され、その有機物の化学エネルギーに変換されたと見做すことができます。

従って、有機物が実際にどの程度合成されたかを見積もる際には、エネルギーの変換という観点で考えるとシンプルに計算ができます。

計算式はこの記事の末尾に載せますが、仮に地球に照射された紫外線のエネルギーを100%有機物の生成に利用できた場合で、1年間に地球表面に平均で約37[mm]の厚さの有機物を堆積させることができるだけの量の有機物が生成されます。

もちろん、紫外線のエネルギーを100%有機物の生成に使えるわけではありません。では、どれくらいが妥当な割合かという事を考える必要があります。

これは、少し見方を変えると、自然エネルギーをどれだけ効率的に別のエネルギーに変換できるかという問題です。この観点で参考になりそうな情報として、太陽光発電、光合成、空気放電による有機物の合成実験があります。

太陽光発電は、一般住宅用のパネルで15%程度の変換効率と言われています。植物の光合成の場合、高効率なC4植物で3%、一般的なC3植物で0.1%から2%程度のようです。また、初期の地球の大気環境を模擬して電気放電で有機物を合成したミラー・ユーリーの実験では、推定で0.1%程度の変換効率であったようです。

不透明な大気の表面での紫外線を利用した有機物の合成では、必ず紫外線は吸収されるという前提ではある物の、単に粒子表面に紫外線が当たって熱に変換されるだけというケースがほとんどであると考えられます。ちょうど必要な分子が触媒となる鉱物粒子の表面に集まっているところに紫外線が当たって、偶発的に有機物が合成されると考えられます。この事を考慮すると、恐らく変換効率は、植物やミラー・ユーリーの実験よりも一桁か二桁は低いとしても不思議はありません。

そこで保守的に見積もって0.001[%]の変換効率であると仮定します。これを先ほどの計算に当てはめた場合、100%のエネルギー効率では1年間で約37[mm]でしたが、変換効率が低くなるため0.37[μm]となります。

一方で、この有機物の生成は数億年単位で継続します。1年間で0.37[μm]だとしても、1億年続くと37[m]になります。3億年なら平均で厚さ100メートルを越えることになります。

紫外線、高温、特定の酵素という分解要因が無ければ、生産されたこの大量の有機物は、ほとんど分解されることがありません。このため、地表に雪のように堆積したり、水中に溶け込んだり底に沈殿したていらり、地表付近を風に吹かれて漂っていたことになります。

もちろん、この試算よりももっと変換効率が低かったり、場合によっては高い可能性もあります。しかし、更に100分の1の変換効率だったとしても、3億年の間には平均で1メートルの厚さに達する量の有機物が、地球には堆積していたことになります。したがって、ここで想定しているように不透明な大気中で紫外線を利用して有機物が合成されていたのであれば、私たちが直感的に持っていた有機物が稀な初期の地球という概念は、見直す必要があるという事になります。

■エネルギーの蓄積

この不透明大気仮説は、基本的な有機物の生成と同時に、エネルギーの収集と蓄積も説明しています。先ほど、太陽光発電や植物の光合成と比較したように、有機物を合成するためのエネルギーは、その有機物を分解した際に取り出すことができる化学的なエネルギーでもあります。

したがって、大量の有機物が地球環境内に蓄積したとすれば、それは同時に、利用可能な化学エネルギーが蓄積されているという意味でもあります。

大気の上層部でエネルギーを集めて、地上に送り、それを地上にある仕組みが利用できるというエネルギーモデルを考えることができます。豊富な有機物は、生命の起源を考えるにあたり、生物を構成するための素材でもあり、生物の誕生に至るまでに行われる化学反応を引き起こすためのエネルギー源にもなるのです。

■さいごに:スタートアップモデルからコングロマリットモデルへ

不透明大気仮説によって推定される豊富な素材と潤沢なエネルギーは、生命の起源を考える上で前提となる初期の地球のイメージを一変させます。

従来は、素材は乏しく、利用できるエネルギーも外部からの供給が頼りという過酷な状況下で、様々なイノベーションを起こしながら根気強く事業を成功させようとするスタートアップ企業のように、運よく生命が誕生できたというストーリーがイメージされていたと思います。

しかしながら、不透明な大気仮説は、このイメージを大きく変えます。

豊富な資金と潤沢なリソースをベースに様々な事業を同時並行で力づくで押し進めていくコングロマリット企業のように、着実に生命を誕生させていった、というイメージです。

このコングロマリットモデルで生命の起源を考え直すと、様々な前提が変わってきます。まず、特定の場所で局所的に生命が誕生したという前提に立つ必要性がなくなります。なぜなら、生物を作るための基本的な素材とエネルギーは、地球上の至る所に堆積しているためです。このため、素材が豊富にある場所や、エネルギーが容易に入手できる場所に限定する必要がないのです。

これを利用して多様な場所で並行して化学進化が進行し、仮に失敗しても次々と様々な試みが行われることになります。そして、1つ有用な仕組みができれば、豊富な素材とエネルギーを利用して、短期間にその仕組みを加速したり、同じような仕組みを増幅させることができます。

このようにして、大量の有機物を生成する不透明な空の下では、並行して生命の誕生までのプロセスが進行していった可能性があるのです。

【補足】

地球に照射された紫外線のエネルギーを100%有機物の生成に利用できた場合の有機化合物の堆積量を推定する計算は、以下のように行いました。

<計算に使用する定数>

  1. 太陽定数(S):1,000[W/m²]

  2. 太陽放射の UV 割合(f_UV):7[%]

  3. 地球の半径(R):6,378,137[m]

  4. 有機化合物の平均分子量(MW):100[g/mol]

  5. 1 モルの有機化合物を形成するために必要なエネルギー(E_mol):1,000,000[W/mol]

  6. 有機化合物の密度(ρ):1,500[kg/m³]

<計算>

1) 地球の断面積
 (A = π * R²):127,801,973,348,953 [m²]

2) 1秒あたりに地球に到達する UV エネルギー
 (E_UV = S * f_UV * A):8,946,138,134,426,690 [W]

3) 1秒あたりに生成される有機化合物のモル数
 (mol_per_sec = E_UV / E_mol):8,946,138,134[mol/s]

4) 1秒あたりに生成される有機化合物の質量
 (mass_per_sec = mol_per_sec * MW):894,613,813 [kg/s]

5) 1年間で生成される総質量
 (total_mass = mass_per_sec * 365.25 * 24 * 3600):28,231,864,879,098,400 [kg/year]

6) 有機化合物の体積
 (volume = total_mass / ρ):18,821,243,252,732 [m³/year]

7) 地球の表面に均等に広がった場合の厚さ
 (thick = volume / (4 * π * R²)):36.8 [mm/year]


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katoshi
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