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私の中のコンプライアンス委員会の話

一週間ほどツイッターを休んでいました。

私はSNSを毎日の生活のキラカードにしたいのですが、このところ元気いっぱいおもしろに振り切った日常を発信することがためらわれてしまうほどの感染拡大状況を実感し、今はなにも書いちゃいけないのかもしれないと思ったことがひとつ。

もうひとつは、私がしたツイートに対するいくつかのご意見を読んで考えることがあったということ。

『今週は本当に色々あって気持ちが疲れていて、息子4才に「ちょっとぎゅーさせてくれない?」と声をかけて抱きしめた後「ありがと元気でた!もうすきなとこ行っていいよ〜」とお礼を言ったら、「すきなとこ?」と聞き返してしばらく私のひざの上にいてくれた』

というようなツイートだったのですが、現在は消しています。(一言一句覚えていなくてちょっと言い回し違うかもしれない)

子供に精神的なケアをさせてはいけない
未熟で逃げ場のない子供をカウンセラーにしてはいけない
このツイートが怖すぎる
イケメンというリプライがついているのも地獄
こういう母親が息子を彼氏と呼ぶのだろう
子供の前で感情のお漏らしをするな

というような反応をもらいました。
私が一番やっちゃいけないと思って一番気をつけていたことだったので、結構ズシンとこたえました。
前後のない140文字では日頃の親子関係や、この出来事のニュアンス、私の一番伝えたかった主旨を伝えきることはできないなと改めて思い知りました。

自分の言葉によって誰かのトラウマを刺激したり、子供側として辛い思いをされた記憶のある方を傷つけてしまうことは本意ではありません。

今回の話で言うと、「疲れたから」こっち来てぎゅーさせてと言ったり、その疲れた素振りをあからさまに息子に見せるということはしていません。
こういったスキンシップは毎日行なっていることで、ぎゅーさせてという言葉自体は親子にとって特別なものでもありません。

事情を知らない息子が「すきなとこ?」と言ってしばらく私の膝の上でテレビを見てくれたことが、疲れていた私にとってとても救いだったという話のつもりでした。

ただ、一度そういう風に捉えられる書き方をしてしまった以上、どう説明しても「いや、子供はあなたが思ってる以上に敏感です」「絶対分かってたと思います」「気を使った子供が可哀想」「精神のケアが必要なら自分でどうにかしてください」となることは必至で、私の書き方が至らなかったなと思います。

子供のことを「ちいさな彼氏」扱いするのも、(長期的に私を知ってくださる方はご存知だと思いますが)一番避けたいと思っていることです。
ただ、私だったら「優しくて感動した」「めちゃくちゃ元気でた」「いいヤツだなと思った」「救われた」と説明するであろう感情を、「超絶イケメン!」「絶対将来モテる!」というふうに表現する方が世の中には一定数いて、そのだれも悪意や嫌な含みを持たせているつもりはないというのももう分かっています。

だからそういう悪意のないリプライに対していちいち否定することは今後もできないし、ただ難しい内容なので、返信、反応もすることができません。
それにより「言われて喜んでる」と思われるのはもう仕方ないことだなと思っています。

毎日あふれるコロナの不安なニュースや、仕事のあれこれ、考え事がたくさんあり、たしかに最近疲れていました。
この話もいつも通りの分量でおもしろコーティングをして、はっきり「疲れていて」と書かなければもっと違った結果になったのだろうなと思います。
まだまだ修行が足りないな!!!


こういう出来事があった時、「でも全員に理解してもらうことは不可能だと分かりました!これからも自分の好きなことを発信します!」という結論に向かうパターンも多いと思うのですが、

私の場合は「全員に理解してほしい」「嫌われたくない」というのはハナから無理だと分かっている上で、

「私の言葉で元気が出ると言ってくださる方に言葉を届け続けることと、私の言葉で傷つく人をなるべく減らすこと」の両立をどうしても諦めたくありません。

というわけで自分の中のもともと100人体制くらいで運営していたコンプライアンス委員会の規模をさらに拡大しました。
今後は500通りの自分が「…まぁいいでしょう!」とジャッジしてくれたことを選んで発信していきたいと思います。(500人の審査をクリアするのが至難の技すぎて一週間投稿休んだ説もあるけど)

これからもかたゆまちゃんとかたゆまちゃんコンプライアンス委員会500人をどうぞよろしくお願いします。


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