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ギルド

9月16日、新しいギターを買いました。
人生で2本目のアコースティックギターです。

私は初めてアコギを弾くことを覚えたのが15歳でした。そのときに父親に買ってもらったものが、モーリスという国産メーカーで3万円程度の初心者モデルでした。富山のその楽器店は、今はもうありません。
モーリスは小柄で軽く、ネックは細くて握りやすく、弦高も低い、初心者の私にも大変扱いやすいものでした。それでビートルズの曲をいっぱい弾いて基本的なコード進行やストロークパターンを覚えました。

それから歳月が経ち、23歳頃からアコギの弾き語りでライブハウスに出るようになりました。実はこれは本意ではなかったことでした。詳細は省きますが、要するに自分が望んだ展開ではありませんでした。本当はテレキャスターを持ちたかった。ああ面倒だな、と思いながら、もう何年も弾いていなかったモーリスを引っ張り出しました。その日から私は、シンガーソングライターと呼ばれるジャンルのミュージシャンを始めたことになります。

それから10年、ずっとそのモーリスを使ってひとりでライブ活動を続けました。
15歳で手に入れたそいつをいろんなステージに連れて、鳴らして、歌を歌って、気がつくと私は33歳になっていました。
ライブハウスでいろんな人のアコギの演奏を聴いて、耳も肥えました。ギターなんて全部同じだしなんでもいいやと思っていた頃からずいぶん時間がかかったけど、ギターごとの音色の違いもよくわかるようになりました。
たった3万円だったモーリスは、私の元にきてから18年が過ぎていました。
ここのところ、フレットは目に見えてわかるほどにすり減って、弦が上手く鳴らなくなりました。手癖で何度も使った5フレットあたりの指板は色が変わってしまいました。弦を張り替えても、すぐに切れてしまうことが増えてきました。
もう、寿命がきたんだなと感じました。3万円の元は取った。10年間、じゅうぶんすぎるほど楽しませてくれました。当時3万円だったこのモーリス、もう今では1万円にもならないモデルかもしれません。だけどそんな話じゃないくらい、いろんな記憶と感情と長い月日が詰まった、価値のあるギターになりました。
だから引退させました。

もう次のギターを買おうと決めました。というか、買うしかありませんでした。偶然か必然か、金銭的に少し余裕のあるタイミングがきていて、これまで何度か新しいギターを買いかけた機会はあったけど、もう今度こそ、今こそ、今だ、人生の中で今買うしかないんだと思いました。

モーリスが不調を兆し始める以前から、新しいギターのことは何年もずっと考えていました。思えば、いろんな人のギターを羨み、妬んだものでした。値段が高いからずるい、見た目がかっこいい、音色があったかくて素敵、すごく軽くそうでライブが楽しくなりそう、などなど。
打ち上げや交流の場で「新しいギター欲しいなあ」と言うと、いろんな人がいろんなアドバイスをくれました。さゆちゃんはこういう演奏スタイルだからあのメーカーが合うよとか、あのメーカーは海外のやつだから何かあったときリペアが厄介だとか、あれは乱暴に扱っても丈夫だよとか、小柄なギターは扱いやすいからあなたはその方が絶対にいいよとか。

ギブソン。フェンダー。マーチン。テイラー。タカミネ。ヘッドウェイ。
いちばん憧れたシンガーのひとは、古いヤマハ。心をグワングワンに揺さぶりかける音を出していた。
アコギ、たくさんのメーカーがあります。みんな違って、みんな良さがありました。だからこそ迷いました。本当に迷いました。自分にとって最高の1本は、どんな形でどんな音のギターだろう?何で決めればいいんだろう?

でも、そのどれでもない、
ずっと気になっていたメーカーがひとつありました。
少なくとも私の周囲にはそのユーザーは少なく、正直あまり詳しく知りませんでした。
でも、とある方が「さゆりちゃんは思いっきり弾くタイプだから合ってそう」とその名前を教えてくれたのがずっと忘れられなかったのです。今はなくなってしまったハコで対バンしたその方はすごく良い歌を歌うシンガー。楽器店に勤めていらした経験もあったそうで、なにか強い説得力がありました。
そのメーカー名もなんだかピンときました。なんか好きな言葉だ、と思いました。
それから楽器店に行くたびに、自然とその名前のギターを探している自分がいました。
あるとき某所で対バンした女の子がそのメーカーのギターを弾いていました。お願いして、少し弾かせてもらうと、すごくいい感じがしたのです。良い感じのボディのサイズで、ネックも握りやすく、音色も普遍的。その子にはちょっと申し訳ないけど、もう私もこれと同じやつ買っちゃおう、とそのとき決めて、機種名をメモに控えました。

決めたはずでした。
でも、結局それは買いませんでした。

次の給料日で結構まとまったお金が入る、と言う状況でフラリと入ったチェーン店に、1本だけ、例のメーカーのギターがありました。やっぱりその名前を無意識に探していました。初めて見る種類のもので、私の体格ではとても扱いづらそうなジャンボサイズのギターでしたが、次の予定まで時間があったので暇つぶしに「弾いてみたいんですけど」と試奏させてもらいました。
そしたら、買うと決めたはずのギターとは全然違いました。まったく違う、良さがありました。
デカい。大胆。バカっぽい。単純。ヘタクソさは誤魔化せない。
それから、なんか音が、全然ギラギラしてない。諦念のようなものを感じる。同時に試奏したヤマハの別のギターはもっとキラキラとした音色だったのに。
メーカー希望価格を見ると、私にはギリギリ手の出ない数字でした。でも何故か、セールで数万円安くなっていました。不思議に思って店員さんに理由を聞くと


「大きなサイズだから、ずっと売れ残っちゃってるんです。多くの方は、標準サイズ、もしくは小柄なものを買っていかれるので」


そのときに決めました。
「これを買う」
よくわからんけど、今その瞬間の自分には「このギターしかない」と思いました。
衝動ではない、確かな何かを感じました。

心待ちにした給料日の翌日、残高のほぼ全部を持ってお店に行きました。


20万円や30万円の高価なものではありません。お金持ちの人だったら、駄菓子みたいな感覚で買っちゃうようなギターかもしれません。
だけど、今の自分の身の丈には合ってます。音もサイズも私っぽくない感じがするかもしれない、けど私と似ているところもある。なんか放っておけなかった。
それから、なんか先代のモーリスと似ている弾き心地もあったから。

今、嬉しくて仕方ありません。ひたすらビートルズの曲でコードを覚えたあの頃の、まっさらな感覚に包まれています。全身の細胞が新しくなったようです。人はこれを「初心」と呼ぶのかもしれないと思いました。
10年間でこれまで作った歌をすべてこのギターで歌うこと、演奏できること、また新しい音楽をつくれること、本当にワクワクしています。
こいつ多分、私を新しく、明るいほうへ連れて行ってくれる。そんな気がします。
頼んだよ。ギルド。

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