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ビートルズと肛門②

(パート①はこちらから)

☆失われたビデオテープ

大学に入学して数年経ったある日、大学の敷地内で単位とは関係ない独自の英会話教室が開かれると知った。長年のコンプレックスを少しでも克服できればと、私はすぐに申し込んだ。

私のクラスを受け持ったのは、30代前半のアメリカ人男性K先生だった。授業が終わってから雑談を重ねるうち、彼がビートルズマニアであることを知った。その他の話題でもK先生とは気が合い、やがて彼は私の家に遊びに来るようにまでなった。

彼はギターの腕前も素晴らしく、僕の部屋で『Till There Was You』などを一緒に演奏して楽しんだ。彼は若い時に初めて作ったというオリジナル曲も僕の部屋で歌ってくれた。それは初恋の相手に捧げた『レイチェル』という曲だったが、あまりに良い曲で(アメリカ人って一般人でもこんなにギターも歌も作曲能力もレベル高いのかよ)と驚いたことを覚えている。まあ、今考えてみればたまたまK先生が才能あっただけだと思うが。

問題が一つだけあるとすれば、彼は日本人のガールフレンドともっと親密になりたくて、日本語を習得したいと思っていたことだ。ゆえにプライベートで遊ぶときは日本語しか話してくれないのである。その為、せっかくのチャンスにも関わらず、私の英会話能力は全く向上しなかった。

ともあれ相当打ち解けることができたと思った私は、思い切って彼に長年の疑問をぶつけてみた。

「実は日本で放送されたバージョンのアンソロジーで、群衆の中の若者が「アナルセックス!」と叫んでいると思うんだ。ちょっと確認してみてくれない?」

彼は大笑いしながら了承してくれたので、あのビデオテープを渡した。…それ以来、私をビートルズの世界に引き込んでくれたテレ朝版のアンソロジーは見られなくなってしまった。

英会話のプログラムは半年ほどで終了、その後K先生は勤務地が移動となりビデオを返してもらえないまま会うことはなくなってしまったのだ。問題のシーンの見解についても聞くことはできなかった。

☆捏造記憶

新しく発売されたDVDボックスはすぐ手に入れたが、それはあくまで完全版。テレ朝版はおそらく、放送当時録画した人しか見ることができないコンテンツになってしまったのである。

ビートルズ史上に残るかもしれない大発見を逃し落ち込む私の前に、時代を大きく変える新たな文化が現れた。YouTubeである。

私の記憶ではYouTubeが話題になり始めた当初、今みたいにYouTuberが配信する番組を見るというよりは、既存コンテンツの違法アップロードを楽しむ使い方が一般的だったと思う。私の場合、新宿のブートレグ屋で買ったようなライブ映像が普通にアップされていることに驚き、「わ、これもある!これもある!」と探し続けていた(勿論、良くないことですね)。

しかし、何年間もそんな使い方をしておきながら、なぜかアンソロジーのことはすっかり忘れていた。「あ、もしかしてテレ朝版もアップされてる?」と思いついたのは、YouTubeを使い始めてから数年経った頃だった。

なんで思いつかなかったんだろう?すぐに検索してみると、果たして本当にテレ朝版が細切れになってアップされているではないか(おそらく現在では消されていると思います)!懐かしい粗い画質、小宮悦子もちゃんと出てくる!これだよこれ!さあ、今こそもう一度アナル問題を検証しなければ!

だが、全編通して視聴した私は恐怖に震えた。小宮悦子がキャバーンクラブを訪ねるシーンも、肝心の若者の叫びも、どこにもなかったのである。映画評論家の町山智浩さんが「映画を見返していて、記憶にあったシーンがどこにもないんだ。自分で面白いシーンを捏造してしまっているんだよ」とイベントで語っていたことがある。

アナルのシーン。私の捏造記憶だったか…。確かに、視聴者が気付くくらいはっきりと音声が入っていれば、スタッフがカットしないわけない。でも、町山さんは面白そうなシーンを自分で創作してそれが現実とごっちゃになったわけだけれど、私の場合は肛門である。なんでそんなどうでも良いことを捏造してしまったのか?いくら私がくだらない人間でも、そんなことってあるだろうか?

☆真のマニア

どうしても納得できなかった私は、一つの手段を思いついた。とんでもないレベルのマニアがたくさんいるのがビートルズの世界なら、彼らに頼れば良いじゃないか。そこでYOUTUBEと同時期に流行り始めていたネット上のとある場に、こんな質問を書き込んでみた。

初めまして。長年疑問に思っている事を質問させて下さい。

10年以上前、大晦日にアンソロジーの日本語字幕バージョンが放送されましたよね。

僕も録画して、DVDBOXを手に入れるまでは良く見てました。しかし現在は紛失してしまい確認出来ないのですが、小宮悦子がキャバーンを訪ねるシーンがありましたよね?

YOUTUBEに上がってる日本語字幕バージョンを確認してもそのシーンが無いんです。

もしかして、番組が始まる前とかに流れたシーンだったのでしょうか?また、そのシーンまで収録されている海賊盤ビデオなどありますか?

お答え頂けたら幸いです。

するとすぐに、こんな返事をいただいた。

はじめまして。著作権に抵触するような話題なので、気になるようでしたらDMください。

確かに海賊版ビデオの話題などを掲示板にするべきではなかったのかもしれない。自分の至らなさを恥じつつ、早速返事をくれた方にDMを送ってみた。またもや返事はすぐに届いた。

キャバーンクラブを訪ねるシーンは確かにありますが、ドキュメンタリーが始まる前、冒頭部分なのでYOUTUBEでは切られちゃってるようですね。どうしても気になるようでしたら、私が保存してる動画を送りますよ。

やっぱりキャバーンのシーンはあった!捏造じゃなかった!ラピュタは本当にあったんだ!しかもこの方、なんて親切なんだ。どのジャンルであってもマニアのマウンティングは嫌なものだが、真のマニアは興味を持っている人に対してこんなにも優しいものなのだ。私は厚かましくもご好意に甘えることにしたが、その方が人格者であればあるほど、なぜ自分がキャバーンのシーンにこだわっているかは口が裂けてもアナルが裂けても言えなかった。

数日後。我が家に茶封筒が届いた。テレ朝版のアンソロジーが焼かれたDVDーRが数枚。その方がセレクトしたビートルズ関連の番組がたくさん入ったDVDまでオマケで追加してくれてる。見ず知らずの私に対して、なんでこんなに…。断っておくが勿論、全部無償でやってくれたのだ(確か送料もいらない、と言われた記憶が)。

早速DVDを再生してみる。冒頭、いきなりキャバーンが映った!私の記憶と少し違って、小宮悦子がキャバーンの紹介というより番組の概要を解説するシーンだった。そして問題の…

〇〇〇 〇〇〇!」

分からない!そりゃあそうだ!別に私の英語力がアップしているわけじゃないんだから!でも相変わらず、アナルセックスに聞こえなくもない。そして、意外にも若者の声は女性っぽいぞ。

複雑な過程を経て再び思い出の映像と再会できた私であったが、結局謎は解決しないまま。長々と書いた結末がこんなで申し訳ない。

☆フリー・アズ・ア・・・

しかし、私は思う。中学生でビートルズを好きになっても、当時の資金力ではアルバムを揃えるのすら結構な時間がかかった。分厚い研究本やポールの自伝なんかには手が出せず、そんな時は図書館が大きな助けになった。

今回、YOUTUBEや(個人間とはいえ)録画のやりとりなど、著作権的に問題がある部分もあえて書いた。しかし、さまざまな形でカタログが容易に手に入り、マニアが後進の世代に知識や情報を与え続けてくれるような状況があったからこそ、ビートルズは未だに巨大な存在感を残し続けているのではないか?少なくとも私はそんな環境で育ったからビートルズ愛が消えることはなく、大人になった今ではリマスター版などをちゃんと購入するようになっている。

昨年より公開を楽しみにしていたピーター・ジャクソン監督による『ザ・ビートルズ Get Back』。このほど、劇場公開はなくディズニー+での独占配信となることが発表された。勿論、全6時間の作品になるということで全編劇場公開は難しいだろうが、それでもこの判断は本当に正しいのだろうか?

個人的には「ビートルズを誰かが独占してはならない」と強く思う。

聞いても良い、聞かなくても良い。知っても良い、知らなくても良い。しかし新たに「聞きたい、知りたい」という者に対して、余計な障壁をつくってはならない。それは未来永劫、容易にアクセスできるものでなくてはならない。

ビートルズによって新たな扉を開かれる者はこれからも生まれ続け、ビートルズによって生まれる関係性はこれからも広がり続ける。青臭くとも、そんな世の中であって欲しい。

☆これがその音源だ!

最後に。それこそ問題があって怒られたらすぐに消しますが、例の「アナルセックス!」の音源をあげておく。もし聞き取れる方がいたらご意見お伺いしたい。

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