Twitterのアプリを消して一週間がたった話
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Twitterのアプリを消して一週間がたった話

僕らは意外と全く考えなくていいことを考えているのかもしれない。ふとそんなことを思った。

09/01 なんとなくTwitterのアプリを削除してブラウザからしか見れないようにした。不便だ。10分に一回は追ってる情報を追いづらくして、自分の脳へのインプットを意図的に動かないと出来ないと状況においてみたかった。

スマホを見ていると、見れば見るほどなんだか忙しい気持ちになる。情報の洪水に溺れて、なんだか常にせわしなくそわそわする。朝満員電車で憂鬱に揺られている時も、同い年の気を使わないあいつらと一杯引っ掛けていても、好きなあの子とドキドキ下北沢の喫茶店にいる時も、少しでも暇があればスマホに手が伸びる。毎日はずっとせわしなく、必要なんだか必要じゃないんだかよく分からないノイズばかりが気になってしまう。

誰も何も言ってないのに、なんだか常に自分の噂話をされているような気分になり、気恥ずかしいけどやりたいことをやってる時は、隣で常に監視されているような気分になる。

スマホがない前の生活って何してたんだっけと思い出せない。好きな雑誌とか漫画とかを何回も読んでた気がする。夕方の5時くらいには太陽が沈んで空のなんとも形容しづらい色に驚いた気もする。自分の生活についてももっと深く考えて、不必要なものは捨てれたような気もする。目にクマなんかなかったし、太陽の朝日を浴びれば気持ちいな、と思っていたような気もする。

便利になればなるほど忙しくなって、時間はなくなっていく。効率化、合理化、便利化と程よい距離を取らないと自分自身の心も死んでいく。

何がきっかけか忘れたが、案外、本当に大事なことは仲間が教えてくれるんじゃないかとおもった。逆にどこの誰かよくわからない人の呟きは、僕らの人生には対して重要じゃないんじゃないかなと。人間は整理が苦手な生き物で、入ってきたものの優先順位は意外と正しくつけれないものだ。ネットで溢れかえっている「こう生きるべきだ」とか「こうでなければいけない」みたいなべき論はそいつの中だけの話だし、僕らには関係ないんじゃないか。そう。呼んでないからこっちにくんなよ(笑)って感じだ。

意識が朦朧としてゾンビみたいになってる。正気を取り戻して、自分の人生もそろそろ思いだそう。森になんか行かなくても、いつでも自分の心は静かにできるから。そろそろ、心の平穏を大切にしないと、実は死んでたんだってことに気づけないな、なんて思いました。

毎朝飲んでるアイスコーヒーが意外と苦いことに気づいて、それもまた美味しい。おしまい。

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ゆとり

「洋服が好き」という気持ちで、好きな人と好きなことをやっています。

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