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毛髪薬物検査の陰性証明って何?【時事ネタ】

こんなニュースが目に入りました。

「ダレノガレ明美さん 毛髪薬物検査「すべて陰性」を報告」

 タレントのダレノガレ明美さん(29)が6月2日、代理人を通じてAERA dot.編集部に毛髪薬物検査の「薬物鑑定 証明証」の写真を提供した。
 検査対象となったのは、コカイン、マリファナ、アンフェタミン(覚せい剤)など5つの薬物で、結果はすべて陰性だった。検査は法科学鑑定研究所株式会社が行い、5月27日付で結果が判明した。
https://dot.asahi.com/dot/2020060400068.html?page=1
(2020年6月5日閲覧、引用)

この記事には法科学鑑定研究所株式会社の薬物鑑定証明証の写真が掲載されています。
そこには検査対象薬物「COCAINE, OPIOIDS, PHENCYCLIDINE, AMPHETAMINES, MARIJUANA」と、検査結果「NEGATIVE/陰性」と記載されています。
その他に、検査がGC/MSを用いて行われたこと、別途検査詳細が記載された検査回答書が存在することが記載されています。

証明書を発行した法科学鑑定研究所株式会社のWEBページを見てみると、規制薬物の毛髪検査については98,000円~で請け負っており、アメリカ提携ラボでの検査と記載されています。
また、結果報告が検査回答書によることも記載されています。
証明証については記載が無いので、もしかすると通常は発行していないのかもしれません。

化学分析をする人の視点から

この証明証(証明書?)を見て、化学分析をしたことのある人の頭にはいくつかの疑問が浮かびます。

・検査の検出限界は?
・「陰性」の基準は?
・LC/MS(/MS)じゃなくてGC/MS?
・この「陰性」という結果が意味することは?

この中で、検出限界と陰性の基準については、おそらく公開されていない検査回答書の方に記載があるものと思います。

現代の分析装置は非常に高感度であり、装置の性能によってはかなり微量の成分でも検出可能となっています。
しかしながら、一般に、もしごくごく微量の薬物が検出されたとしても、それが環境や外部からの汚染と判別できないレベルであれば、結果は陽性とはなりません。
この検査法でどこまで微量の薬物を検出することが可能で、どれだけの量が検出されていたら「陽性」と判定するのか、結果を正しく解釈するためには知る必要があるでしょう。

また一般に、GC/MSよりもLC/MS/MSの方が高感度な分析が可能です。
(その分装置の価格も高いですが)
もちろん分析対象の種類によっては、様々な理由からGC/MSの方が適しているものもありますが、毛髪中の微量な薬物を検出するのにGC/MSのみというのは少し物足りない感があります。

一番大切なことは

最後の、「この『陰性』という結果が意味することは?」が最も重要な視点です。

「悪魔の証明」という言葉を知っている人は多いかもしれません。
この世に無いことを証明するのは究極的には不可能であるというアレです。

陽性の結果が薬物の摂取を証明できることに対して、陰性の結果の解釈は一筋縄ではいきません。

検査法としては不検出という結果を得ることは可能です。陽性対照が分析できることが確認されている、バリデーションの取れた検査法を用いて分析を行い、その結果が基準値未満であるならば、(検査の過程でミスが無いか慎重に検討する必要はありますが)とりあえずは陰性と言っていいでしょう。

そして、この「陰性」という結果が示すのは、「検査した毛髪から基準値を超える薬物は検出されなかった」だけです。

「陰性」という結果がすなわち「当該人物に薬物を摂取した履歴がないことを証明している」わけではない、ということに留意する必要があります。

毛髪は過去に摂取した薬物が履歴として残る優秀な検査対象ではありますが、決して万能ではありません。
毛髪中の薬物は紫外線の影響などによって年月とともに徐々に量が減っていく、染髪やブリーチでも減少する、という報告があります。
そのため、装置や検査法の性能によっては、検出できる期間や検出に必要な最低薬物摂取量に差が出てくる可能性があります。

これらのことを考慮すると、たとえ毛髪から薬物が検出されなかったとしても、過去を全て遡った完全な陰性の証明とはならないことが理解いただけるでしょう。
あくまでも、過去ある程度の間はこの検査法で陽性となるレベルの薬物を摂取していない可能性がある、といった程度です。

「陽性の証明」と「陰性の証明」は似たような言葉ですが、同じ強度で
「証明」できるわけではないのです。

昨今のウイルスのPCR検査の話題においても、
「陰性の証明は無い」
という言葉がやっと浸透してきたところかと思いますが、他の分野を正しく理解するときにも、同様の視点を持って見れるようにしていきましょう。

(もちろんウイルス検査とは異なる要素も多々ありますが、検体の状態、採取、前処理、検査の原理まで、全ての過程を考える必要があるのは同じです。)


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