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ノブレスオブリージュは日本に根付かないだろう理由。

同じアプリ、同じSNSサイトを使っていたとしても、妻に生活費を勝手に何百万円も他のことに使い込まれたゆえに困ってしまっている家族のことを、東京の日本橋三越で外商はべらせて遊ぶように買い物を優雅に楽しむマダムが知ることはない……。
数多くのシングルマザーやシングルファザーが金銭的にも時間的にも困りながら育児していることも、親子がいさかいの果てのせいで永遠の別れとなっている事実も、数多くの中高年が金のない親の介護のせいで施設に入れることも叶わずに介護で仕事を失い、親が死んでもそのまま仕事に再びありつけないまま途方に暮れている人が増え続けていることも、マダムは興味持たぬままだろう。
ゆえに、マダムは日本国内にこんなにも貧乏人がいて貧困にあえいでいるんだ、日本こそが貧しい国だと知る由もなく、今日もアフリカの困ってる子どもたちのための寄付にいそしんでしまう。

アフリカ諸国が発展しない理由も、この貧乏人イメージがもたらす外貨が莫大であることを知っているからかもしれない。
しかし、日本は、一度経済発展し、金持ちイメージが海外にも根付いた国だったりもするので、貧困にあえいだ日本の子どもたちに寄付をお願いします、と英語などで呼びかける手法の外貨獲得方法は、あまり効果をもたらさないだろう。

貧困がもたらす苦しみは、見ていて胸がきゅーっとなるものがあり、なんとかしてあげたいと感じるものであるのだが、困ったことに、そう感じる人もまた、そう豊かではないのだ……。
ない袖はふれないと、困り事や厄介事に巻き込まれて自分も同じ地獄を見るのはカンベンと小さなノーサンキューをしてしまう。
そうやって、家庭や社会がどんどんと小さくなった結果、独居老人が増えて、孤独死が増え、知らない人ばかりの群衆の国となってしまった、日本。

この状況のなかで、お金持ちというのは、うらまれるし、ねたまれるのだ。

お金持ちというのは、なぜ、お金持ちアピールをしないのか。
それは、アピールをすれば、数多くの貧乏人に刺されるからである。
だから、社長の顔も知らぬ状態にしようとしたり、なるべくお金持ちであることを隠そうとする。
三越の外商でのお買い物も、付き合いであって、ホントは、そんなにほしいものもないだろう……だって買えるのだから。
彼らは、土地などのよりお金になるものばかり、その手元のお金で買い集め、日本国内に寄付をすることはない。
かつては、長者番付が公表され、納税額を競うことで、税金というかたちで、彼らお金持ちのお金の再分配がなされていたはずだったけど、どうも、今はだれがお金持ちなのかを隠す方向へいっている。

どうすれば、気分よく、お金の再分配がすすむのか。

この問題を考えないと、日本のホントの景気回復はありえない。
とけた年金問題もそうだけど、消えた信用を取り戻すのは、ホントに難しい。
だれがやっても、とけた現金がかえってくることはないというあきらめが、長期政権を生んでいるといってもいい。
空き家だらけの地方都市に象徴されるように、昔は庶民に土地ではなく、いつかボロボロになるマイホームにお金をつかわせられたが、今はお金を使う先がないままで、企業は誰も借りず、国が借金せざるを得ないというのが真実であるが、そのような真実の物語は、いつだって嫌がられてしまうものだ。
それよりは、日本のどこか、とくに東京に、今も上級国民が住んでいて、彼らのせいでわたしたちの生活が苦しいという物語の方が貧乏人には、しっくりきてしまうし、ゆえにお金持ちはさらにお金を隠す。

このような、noteだったり、他にもいろいろあるネット上の素人でもスキルやモノを売り買いできる仕組みに、優雅な日本橋三越常連マダムが知って乗っかることがないのだ。
まだだれも知らない、という、知名度もないし怪しいだとかって理由で。
しかし、わたしは、日本橋で買い物するマダムにこそ、noteの存在を知ってもらいたいし、バンバン様々な記事を買い漁ってもらいたいと思っている。
有名人ばかりが儲かる仕組みにおさまってほしくないんだ、ネットで自前の商品を作って売ることができる時代の到来なのだから。
だれしもが、勇気を出して、一歩踏み出せば、それで起業できたり、お金がまわってくる時代であってほしいんだ。
地域コミュニティだったり、血縁コミュニティだったりといった、かつては人々を助けてきたバックボーンが徹底的に破壊され、なくなってしまった。
昔から機能しているコミュニティで、残っているのは、実は宗教コミュニティくらいのもので、それだって、ほとんどの日本人には縁がないままだ。
宗教を否定さえ、してきたから……。
そうやって、孤立してきた日本人が新たに得たコミュニティとは、実は、ネットコミュニティである。
ネットコミュニティが、外商常連マダムと貧困にあえぐ日本国内の人々を結びつけるかもしれない、ある意味では最後の砦でありながら、貧困にあえぐゆえに、彼らはネット上でコンテンツをつくるということすら困難におちいっているのも、また事実だ。
ネットワークにつなげる環境のために、お金がかかるのに、それすら払えない貧困は、日本国内に確実にある。

この格差は、そのまま階級となり、どんどん隠れていってしまうのか。
それとも……。
わたしは、いま貧困にあえぐ人々にも、平等に星の救いがあると信じていたい。
行動をすることすら、あきらめたくなるほどの疲れ果てた人たちの心に、希望の明かりをともし、生かしていけるのは、やっぱりマダムの豪遊にあると思うのだ。
マダムの豪遊といっても、見栄だけでホントは吹けば飛ぶチリのような小金持ちではない、ホンモノのお金持ちのマダムの品格に、わたしは最後の希望を見出したい。

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