飢えたクリエイターと使い途がないままのお金の幻想。

お金がほしい。
みんなが思うことで、私も思うことだ。

結婚し、子育てにいそしんでいれば、さらに思うことでもある。

しかし、ふと思うんだ。
お金と呼ばれている、日本円そのものだって仮想通貨だと。

手に取ることができる形にはなってはいても、お金があっても、引き換えるものがなければ、買えないのだ。

現に、若者そのものがいてないから、若者の時間だけを買いたい経営者は、人手不足だと嘆いている。

あのー、ロスジェネ世代あたりの人らの子どもが、今の若者なんですけど?
その若者が生まれてくる時間、あなたがたは、若者への待遇どうしていた?
若者の二度と戻らない時間を安く買い叩いていたじゃないですか?
だから、若者は子ども産めなくて、そのまま子ども産めない年になり、子ども産めない身体になってしまって、それでも安い値段で時間を買い叩かれるか、相手にもされなくなってしまって。
その人らの時間であれば、今も売り手市場ですよ?
それじゃ、満足できないんですか?と……。

言いたいことは山ほど出てくると思う。
当事者世代よりも年下の私の立ち位置からでも、こう思うということは、当事者世代の方からみたら、もっと恨み言やもっと辛いことだらけだと思うのだ。

ピラミッドの下を崩して、戻れなくなるところまで痛めつけてしまったから、もう、戻れない。
しいていえば、デスマッチで、ピラミッドの上が死んで減るまで、どうしようもない。

ほんとは、児童労働の禁止と同じ理由で、若年女性の労働も禁止されてもおかしくはない。
しかし、そうなると、一定数は必ずいる、若い女性であっても、子どもが産めない身体の女性の居場所がなくなる。
あるいは、子持ち未亡人問題が出てくる。
だから、おそらくは若年層の女性の家庭回帰をうながすのは、しばらくは困難だろうと思う。
離婚による片親問題に関しては、共同親権導入で解決すると思うが……。

比較的高額取引されているのは、生きている人間の時間、土地そのもの、趣味に関すること。
このあたりといえるんだけども。

王道は、生きている人間の時間を下働きで切り売りして、貯めたお金で商売の道筋を考え、実行し、自分が主として時間の切り売りをして、さらにお金と新しく商売を学べる若者が下働きができる居場所(商売で失敗したオッサンオバハンたちの復活のための支援の居場所でもある)という2つを創り出し、さらに軌道に乗ってきたあたりで、下働きができる居場所の運営を他者に任せて売り払い、そのお金を元手に新たな土地を買い、また居場所に困る人のために居場所をつくってお金にする。

これを繰り返していくこと。
金持ち父さん貧乏父さんって本にのっていたことのうろ覚えではあるけどもね。

現代では、昔にはなかった、仮想空間であるインターネットの世界という居場所ができた。

これは、インターネットの世界というもう一つの地球が生まれたのと同じ意味を持つ。
なので、インターネットの世界を通じた地主産業を活発に行い、ええとこの陣地取りをしていたのが、この三十年、平成時代と言っていい。
その地主産業は、技術への性格的な適性さえあれば、お金なんてなくてもどーにかなる。
そう、最初の商売の下働きをする時間をショートカットできる。いきなり若者が商売をつくるところからはじめることができるという、唯一無二の世代がロスジェネ世代でもあったんだ。
ちなみに、わたしたちより下の世代は、これやるのかなりキツくなってきてる。
変化の大きな世界でもあるので、変化についていける適性が必要となるから、新しい時代の仕様に変えていくメンテナンス的な需要ならあるけども、新しい場所となると、もう飽和状態となってきてる。

この、変化の大きな世界で新しい居場所をいきなりつくれるという特性は、インターネットがみせてくれた夢であり、残酷な一面でもあった。
なぜなら、性格的な適正だとか、親子関係による環境のちがいだとか、様々な理由で、全員がインターネットの世界に適性を示せるわけがない。
なのに、ロスジェネ世代あたりの人たちは、インターネットの世界への適性ばかりを求められていたのだから、向かない人間は病んでしまい、向かない人間が排除されてしまった、という残酷な話である。

話を戻せば、つまりは、人間の時間と居場所というものをお金を通じて交換していたにすぎない。

だから、用途が自宅であっても、土地は高額取引されるし、人間の時間も高額取引されていた。
なのに、土地の値段は据え置きで、人間の時間だけ安く買い叩かれすぎて、維持できるラインを下回り続けているんだ。

お金というものの仕組みの限界がここにある。
お金を元々持っているもの、土地を元々持っているもの、といった、財産を元々持っているものにどんどん財産たまっていき、お金がなくて時間切り売りするところからはじめる人間には、非常に不利な環境。
教育でコレを矯正するのは、非常に難しい。
教育で与えられる知識も大事ではあるが、この知識すら、学校の先生に教えられないし、仮に教えてくれても子どもたちは聞く耳持たないだろうから。
だって、土地のオーナーなら、学校の先生してないもんね、通常。

だから、再分配による手札のシャッフルを色んな人が色んな手段で考え、実行しているわけで、金持ちから税金をとり国家が再分配というやり方を採用しているわけだが……。
金持ちからびっくりするくらいの税金を取り上げてみても、結局は、再分配を決める人間たちの金銭感覚がおかしいので、貧乏な生まれのものには、チャンスが与えられない状況のままである。

これをどうにかするには、やはりベーシックインカムなんじゃないかとも思ったものの、ベーシックインカム的な生活をしているハズの今の老人たちは、みな資産の足りなさと老後の時間の長さに四苦八苦している。
時間の切り売りができる老後であればいい。
それすら出来ない人間とその介護に時間を取られているのだ。

お金の流通量そのものが、減っているのだ……。

そもそも、機械化が進み、少ない人数でも仕事がまわるようになっていき、人間の時間にたいして、お金が払われる機会が失われてきているので、個人の資金も減ってしまい、消費が冷えるという流れである。
お金を払いたい気持ちはあれど、手元にみんなお金がない世界と、お金を稼ぐことを競う世界とに分断されている。
しかし、お金を稼ぐことで得られたお金は、今どこにいるのか?
それは、最も若者の時間が豊富にある国へ向けられている。

経営者が一番ほしい、お金で買いたいものは、他者の時間である。それも、健康なよく動ける人間の。

だから、他者の時間をどう安く買い叩くのか、あるいは無料でこき使える方法はないのか、常に考えているといっていい。
オンラインサロンでのタダ働き事件も、結局あれはSNSやLINEの派生サービス、ここnoteなどなどの各種プラットフォームと呼ばれる場所でされてることと同じことにすぎない。

無料で内容を他者につくらせて、それで広告宣伝費や利用者に利用料金などをとり、金稼ぐ仕組みである。

つまり、インターネット上のプラットフォーム事業とは、本質はインターネットで地主をすることである。

地主に導かれると楽である。
地主に導かれて、時間を楽しくつぶせることにお金を払うか、地主のワガママに付き合うかわりにお金をもらうのかのちがいでしかないんだ。

自分がいかに地主になるのか。
それを考えたとき、いかにその土地に人を呼び寄せられるか、ということに通じてくるし、人と商売をどうつなげていくかということになる。

そのために、人は頭を使ってきた。

労働というものだけであれば、機械でよくなり、居場所だって、土地そのものだって、インターネットで代用できる時代にもなった。
だから、これから問われているのは、人の時間の使い方。
これは、古今東西、お金という概念がなくなっても、消えない価値があるもの。
人の人生そのものの価値。

少子化は、それを消し去るものだから、衰退を招く。人をつくるということ、育てるということを怠った報いが今なのだ。

いま、子ども達が大量にいて、若者の時間が大量にある場所だって、いつまでも若者が多い状況のままとは思えない。
子ども産むヒマもなくなるくらい、働かせまくる状況であるのならば、それはしっぺ返しくらうだけ。

おそらく、またベビーブームが来るだろうが、それは、ベビーブームがあったことが忘れ去られた頃の話なのだろう。

人間は、自由に好きなことをして生きていけるようになってきたけども、だからこそ、自分自身の好きなことを見失い、そもそも見つけられずにいる人間には、ただひたすら辛い社会になっている。

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