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第二の人生59

ほろ酔いで、宿に戻って来た。

正面には門松やお飾りが備え付けられ、元旦を迎える準備がなされていた。

お帰りなさいませ。と女将が出迎えてくれた。
街並みは、いかがでしたか?と聞かれたので、漆器屋に寄った話や、路地裏で見つけた、おでん屋でちょっと呑んで来たことなどを話すと、あそこのおでんが美味しいのは、地元では有名らしく、ただ観光マップなどには掲載していないため、かなりの穴場だそうで、たまたま見つけたのなら、ラッキーなのだそうだ…。

地元の宿や商店にも、観光客には案内しないようにと言われているらしい。

そうだったんですね…あんなに美味しいのに…お店の雰囲気も良くて、もっと繁盛しそうなのに…と紗奈美…。

いや…繁盛したくないんだよ…あの女将さん、ひとりでで切り盛りしているから、お客さんが増えたら、ひとりじゃ回せなくて大変なことになるから…ゆっくりお馴染みのお客さんだけを相手に、マイペースてやってたいんじゃないかな…。

宿の女将が、さすがですね…まさしくその通りです。あんまりガヤガヤするのも嫌いなんですよ…あの人…(笑)

あっ…おでん屋の女将さんとお友達でしたか?

えっ?あ…はい…古くからの…でも…どうして?

いえ、あの女将さんのことをあの人って言われましたから…普段からお付き合いのあるお友達なんだろうなって…。

あっ…そうなんです(笑)渋谷様は、やはりとてもおできになる方なんですね。感覚がとてもお鋭いといいますか、目や耳の付け所がとてもお鋭いですね。

いやいや…大したもんじゃありません…変な推測をしてしまい…すみません。

いえ…別に大したことでは、ございません…逆にそういったお客様に当宿を選んでいただきましたことを喜ばしく思っております…当宿で素敵な新年をお迎えできますように、スタッフ一同お世話をさせていただきますので、ごゆっくりなさってください。と言って頭を下げて、それでは、お呼び止めてしまして申し訳ありません、失礼いたしますと言って去って行った。

涼と紗奈美も、ありがとうございますとお礼を言って部屋へ戻った。

涼さんは、やっぱり鋭いんですって(笑)

やっぱりって何?(苦笑)
余計なこと言っちゃったかな?

いえ、そんなことはないと思いますよ。
でも、あのような…んー、変な言い方ですけど、頭のいい方々の会話って聞いてて、はぁ〜ってなります。聞いてて飽きません。

そんな大したもんじゃねーし(苦笑)
にしても…今日、ほんとに大晦日?
すげぇ〜!
めっちゃのんびり…最高に贅沢な時間の使い方してる!と言って、涼は、炬燵でゴロンと横になる。

ハイ!本当にそうですね。全てあなたのおかげです。ありがとうございます。

笑…んなこと…これをひとりでやっても意味ねーし…紗奈美がいてくれて、初めて、こう思えるんだから…俺の方こそ感謝だよ。

紗奈美は、もうこの涼の言葉だけで、涙が出そうになる…が、グッと堪えて、スッと立ち上がって、涼の側に座って、涼の頭を持って横座りした自分の膝の上に乗せて、涼の髪の毛を手でナデナデし始める。

紗奈美…んなことされたら、寝ちゃうよ…気持ち良くて…。

ハイ、夕食までまだ少しお時間がありますので、ちょっとしたお昼寝には、よろしいかと…。
私がちゃんとお側にいますから、ご安心なさって、お昼寝してください。

う…うん…しばらくすると、涼の微かな寝息が聞こえて来た。

紗奈美は、涼の寝顔を見て、外へ視線を移す…。

外はまだ午後の陽が刺していて、庭に積もった雪に反射してるキラキラ輝いている。
今夜もまた雪が降ると天気予報で出ていたが、明日の初詣を考えると、あまり大雪にならなければいいけど…と思いつつ…綺麗な離れの温泉宿…露天風呂から立ち昇る湯気…雪景色…膝の上で幸せそうに昼寝している可愛い愛おしい人…。本当にこれは現実なのか?と自分でも思ってしまう…これまでの自分を振り返って、自分の身にこのような幸せが訪れるなんて、夢にも思わなかった。
怖いほどの幸せって、今のことを言うんだろうなぁ…と紗奈美は思った。

あなた…と、小さく呟く…、私…幸せです…幸せ過ぎて怖いくらいに…
私を離さないで…子供を産めない…欠陥商品みたいなら女ですが…あなたのために、あなたが幸せだと、いつも思ってもらえるように…あなただけのために、私はこれからも生きていきますから…お願い…あなたのお側に、こうしていつまで居させてください…。

そう寝ている涼に、小さな声で囁いき、身を屈めて、涼の寝ている頬にキスをした。


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