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第二の人生66

4月。

涼さんが勤務する市役所に会計年度任用職員として採用された。

配属先は、総務課の秘書室だ。
涼さんからは、ほぼワード、エクセルでの資料作成と、市長や副市長が遠方に出張する際の交通機関や宿泊先の予約など…あとは来客や電話での取次対応が主な業務とのこと。
勤務時間は、正規職員とは異なり、朝の9時から夕方16時まで。残業は無しとのことだった。
お給料は、手取りで10万円程度。それでも共済組合保険証や共済組合年金に加入することになり、通勤手当や福利厚生も正規職員と同等に受ける事ができる。勤務時間が、今の私には丁度いいかなって思った。
朝ご飯の準備をして、涼を見送って自分の身支度ができるし、何より早く帰宅して、晩御飯の準備に取り掛かることができる。

そして、何より、日中も違う部署とはいえ、涼さんの側でお仕事ができると言うのが嬉しかった。

服装は、これと言って指定されていない。派手過ぎず、人に嫌悪感を与えない清潔感のある服装であれば問題ないとのことだった。
だから、涼の意見を参考にしながら、仕事用の服を何着か新調した。

初日は、上下黒のタイトなスーツを着て、白いブラウスにベージュのストッキングを履いて、高さ5センチほどの黒のヒールて出勤した。
化粧は当然薄く控えめにして、アクセも小さなプラチナのピアスを目立たない程度に付けた。
ネイルは、薄いピンクにして、派手さを抑えている。

それでも初日から役所内では、総務課の秘書室にめちゃめちゃ美人な会計年度職員が入ったぞ‼️と一気に噂から広まった。

大した用事もないのに総務課に来る連中がいて、総務課の職員から、無駄に来るな!と注意を受けた職員がいるほどだ。

市長の木本忠志に挨拶をした際は、結婚はしているのか聞かれ、独身だが、婚姻歴があること、現在はパートナーがいることを伝えると、それだけ器量が良いとお相手がいない方がおかしいな…と。
木本市長は、年齢61際、元は市内の不動産会社社長の息子で、50代に市議会議員となり、その後、市長に立候補して当選。現在2期目である。2年ほど前に奥様が病死されて、2人いるお子様は独立しており、今は独り身だそうで、紗奈美に…もしお相手がいないのであれば、あなたのお相手として立候補しようと思ったが、無理のようだね。と笑って話していたが、紗奈美には、この人、笑って冗談のように言っているが、目が笑っていないから要注意だと思った。
見た目、頭部がかなり薄くなっていて、体重は100キロを超えているかも?と思われるほどで、身長は紗奈美よりも低い。
紗奈美が知る、土建業の社長と言った印象だ。

田口透副市長は、60際、見た目は市長とは正反対で、キチっと整髪した黒髪で身長は180センチ近くはありそうなスマートで、高級感のあるスーツを着こなしダンディな感じだ。
妻帯者で3人のお子さんがいるらしい。
元市役所の総務部長で、行政マンのプロらしい。
紗奈美には、よろしくお願いします。とだけ挨拶された。
いかにも仕事かできそうな人だなと思った。

涼に、事前に色々聞こうとしたら、ひとまずは何も知らない状態で接した方が、紗奈美だけの純粋な第一印象を持てるはずだから、それを大事にした方がいい。だから、敢えて俺からは事前に色々情報を提供しないようにするよ。と言われた。

確かにそのとおりかもしれないと思った。

紗奈美の第一印象では、市長も副市長も、どちらに対しても、正直あまりいい印象は持てなかった。ただどちらかと言えば、副市長の方が、何を考えているのかわからず、警戒心としては強かった。

高石優子総務部長は、55歳。夫は県職員らしい。大学生と高校生の2人の息子さん何いるらしい。自分にも人にも厳しい有能な上司といった感じだ。
紗奈美へは、よろしくお願いします。何か不安なことがあったらいつでも相談してね。と優しい言葉をかけてくれた。

近藤総務課長は、53歳。奥様が子育て福祉課の課長補佐らしい。満面の笑顔でよろしくお願いしますと挨拶された。

直接の上司にあたる秘書室長は、桂早苗。49歳。無駄口は一切しない。普段、笑った顔を見ることはない。
が、仕事はそつ無くこなし、部下からの信頼も厚い。離婚歴があり、現在は中学生の女と2人暮らしのシングルマザーらしい。

秘書室には、正規職員が2名。
斉木真司、35歳。独身。大柄でサッカー大好きな体育界系スポーツマン。
椎名恵、28歳。独身。小柄で可愛らしい感じのスィーツ大好き女子だ。

紗奈美は、斉木から具体的な業務について教わった。人の指導の仕方は、いくつかあるが、斉木の指導方法は、とにかくやってみようと言う感じだ。
この指導方法は、紗奈美的には、やり易かった。
以前の職場でも、入試時、あまり大した指導を受けずに、過去の事績やマニュアルを見ながら、自力で理解していった経験があるため、ここでも同じように、とりあえずやってみて、わからない点があれば相談したり、説明を受けたりすることにした。

市長室や副市長室、総務課は、4階フロアにあるが、住宅環境課は、2階フロアにあって、そこの課長補佐である渋谷涼とは、業務上、関わることはないが、その名前は4階にいると度々耳にすることが多い。
渋谷補佐に相談すればいいよ。
ちょっと渋谷補佐のところに行って来るよ。
涼さんからメール来てない?
うーん、渋谷補佐にお願いするしかないね…など…役所内での涼の存在感の大きさを紗奈美は実感した。

特に気になったのが、桂室長だ。日頃ニコリともせずに、黙々とパソコンに向かって仕事をしている桂早苗が、何か困ったり迷ったりした場合、涼に内線電話をかけるのだが、その際の桂早苗の表情が、普段よりも柔らかくなり、言葉遣いも穏やかで優しい、桂早苗は、涼よりも3歳ほど歳上のはずだが、声にどこか甘えるような感じも見受けられる。

涼に聞くと、早苗姉ちゃんは、俺のことが大好きなんだよ(苦笑)これまで何度、酔っ払って、あたしと付き合ってよぉ〜って、告白されたことか(苦笑)
まぁ、その度にむ〜りぃ〜って言って断ってんだけどね。
役所内では、もうネタになってるよ。
本人がネタにしてるから(笑)
もう私、渋谷涼からすでに100回は振られてるしぃ〜って。それを聞いて、あのクールな桂木室長にそんな顔があるんだとびっくりした。

涼からは、紗奈美が、俺のパートナーだと知っているのは、総務課人事係の係長、持永賢太郎だけと聞いている。が、それなりに2人でいるところを目撃されているようで、渋谷涼には、特定の女性がいると言うのは、役所内では、周知のことらしい。

入庁して2週間後の金曜日に総務課の歓送迎会が行われた。市長、副市長、総務部長、総務課長、総務課長補佐、総務係、人事係、法制係、秘書室、総勢25名の宴席だった。
そこに会計年度職員の紗奈美も出席した。

この日の紗奈美は、黒の上下のパンツスーツ、薄いピンク色のシャツを着て行った。
総務課から異動される方々の挨拶の後に、課に異動して来た方々の挨拶になって、その一番最後に紗奈美は挨拶をした。

この度、秘書室に会計年度任用職員として配属されました丘野紗奈美と申します。以前は出版社にて経理事務を担当しておりました。
秘書検定2級を取得しておりますが、実務経験が乏しいため、皆様には何かとご迷惑をおかけすることもあると思いますが、1日も早く皆様のお役に立てるように精進しますので、ご指導のほど、よろしくお願いします。

すると、皆から、温かい拍手で迎えられた。

やっぱり社会人経験があるから、しっかりしている。上手な挨拶だな。見た目も綺麗だけど声も綺麗。スタイルめちゃいいなぁ。全く隙がなさそう。秘書室は、いい人材が入ったな。などと囁かれた。

宴が進んでいくと、少しずつ酔いが回り始めて、あちらこちらで、声が大きくなったり、説教じみた話しが聞こえてきたりと、ちょっと大丈夫?と思える雰囲気が漂い出した。
涼から事前に要注意人物については、聞いていたので、そこにはあまり近付かないように気をつけていた。

要注意人物のひとり、田口副市長から丘野君❗️ちょっといいかなぁ❗️と呼ばれた。
横にいた、総務係の女性職員から、何も気にせず、頃合いを見計らってちょっとお手洗いへ行きますのでって言って逃げた方がいいよと教えてくれた。涼さんも同じことを言っていた。

田口副市長のところに行く、横に座らされて、お酒は飲めるんだろ?と言われ、素直に少しだけなら、と言って、日本酒をお猪口に注がれたので、ありがたくいただき、返盃してお酌をした。
田口は満足そうに笑って、イイねー❗️君は実にいいよ❗️と上機嫌で紗奈美を見て、君のような美しい女性が着てくれて僕は嬉しいよ❗️
丘野君は独身なんでしょ?もったいないなぁ。僕が独身なら、すぐにでも告白して、どうにかしてでも自分の嫁にしちゃうけどなぁ❗️
と、言うので、私は独身ですが、パートナーがいますので、ご心配には及びませんと言うと、そうなの?お相手がちゃんといるんだ❗️そうだろうねぇ、いいなぁ〜そのお相手さんが羨ましいよ❗️と残念そうな顔をする。
副市長のお子さんはおいくつになるのですか?と敢えて、家庭の話題を振ってみた。
すると、僕の子供なんかのことより、もっと丘野君のことが知りたいなぁ❗️と言い出したので、私のことを知ったところで、大したことはありませんから…それではお手洗いに行かせていただきますので失礼しますと言って席を立った。
田口は名残惜しそうな顔をして何か言おうとしたが、紗奈美は気にせずに立ち去った。

トイレに行くと、中から出て来た、要注意人物のひとり、法制係長の倉本健太から、丘野さーん…お話したかったんだよぉ。めっちゃ綺麗だよね丘野さん❗️俺、めっちゃ感じのいいBARを知ってるんだけど、この後、2人で行こうよ❗️と言って、紗奈美に近づいて来たので、この後、別の予定がありますのでご遠慮させていただきますと冷たくあしらって、トイレに逃げ込んだ。

トイレから出て、あたりの様子を伺って、自席に戻ると、すぐに桂室長が来て、丘野さん、大丈夫だった?と聞いて来た。
紗奈美は、ハイ。ひとまず上手に逃げて来ました。
そっか。良かった良かった。と安心したと言ってくれた。
宴席になると、桂早苗は仕事中とは、打って変わって饒舌になる。
ひとしきり、総務のダメダメな男性職員の話しをしてくれた後、ねぇ丘野さんと、ちょっと改まった感じになって、ひとつ聞きたいことがあるの。いいかな?と。
紗奈美は、一瞬、涼のことが頭によぎったが、はい。なんでしょう?と聞く姿勢を整えた。

渋谷補佐…住宅環境の補佐、知ってる…よね。

ハイ、存じ上げております。

丘野さんがパートナーがいますって言っていたのって、渋谷補佐のこと?

紗奈美は、一瞬返事をためらったが、ハイ。そうです。と応えた。
すると桂早苗は、やっぱりそうかぁ…。
いや、この前、涼君と…アッ💦ごめんなさい💦私、日頃から涼君って呼んでいるから💦

紗奈美は、大丈夫です。室長がそうお呼びしているの聞いていましたから。

そっか…良かった…それで涼君と話した時に、今度、秘書室に配属になった会計年度職員、俺の身内みたいなもんだからよろしくねって言われて、エッ?身内?と思って…ただ去年くらいから、涼君にいい人ができたって話しが、ちらほら噂されてて、本人に聞いたら、ニヤニヤして、内緒って言って否定しなかったからさ。

そこに来て、あなたのようなスタイル抜群の超美人さんが来て、俺の身内なんて言うから、もしかしたらそうかしら?と思って聞いてみたの。
突然、こんなこと聞いてごめんなさいねって、桂早苗は断りを言ってきたので…。

とんでもないです。職場には、そういったことで決してご迷惑をかけるようなことはしませんので💦気を使ってくださってありがとうございます。と紗奈美は、お礼を言った。

桂早苗は、笑って、大丈夫よ。
気にしないで。
って言うか、私と涼君のこと、聞いてる?と聞かれて、それこそ紗奈美は、何て応えていいのか迷っていると…。

その顔だとちゃんと聞いてるみたいね(笑)
大丈夫よ。もう完全に私もネタにしているから(苦笑)
でも、丘野さん。涼君は、冗談抜きでイイ男よ。
私もめっちゃアピールして、彼女にしてぇー❗️ってお願いしたけど、早苗さんは、俺ん中では、もう姉貴だから無理‼️って言って何度振られたことか…(苦笑)
涼君が、新採で入庁してきた時に、一目惚れしたんだけど、涼君はすでに結婚していて、めっちゃショックを受けたんだよねー。

まぁその後に私も普通に結婚して子供を2人産んで、育てて…旦那の浮気が原因で離婚しちゃったけど…(笑)そしたら、涼君も離婚したって言うじゃない❗️ついに巡り巡って来たチャンスじゃん‼️ってなって、めっちゃ口説いたんだけど、エーーーッ⁉️無理❗️無理❗️早苗姉ちゃんは、もう姉貴みたいなもんじゃん‼️近親相姦になっちゃうから無理‼️だって(笑)

まぁ涼君には、若い時から散々色々なことで愚痴って、甘えて、酒に酔って潰れて介抱されて…まぁよく出来た弟って感じだったからね(笑)

まぁ仕方ないって言えばそうなんだけどね(苦笑)でも、紗奈美ちゃん❗️大丈夫よ❗️あの子は、本当に女を大事にできる子だから‼️あたしが保証してあげる❗️私も紗奈美ちゃんのような素敵な女性だったら、安心だし、素直に応援できるわ❗️と桂早苗は、紗奈美の手を握って、ただね…私は、こんなんだからいいんだけど、まだ涼君のことは、狙ってる女子がいるから…気をつけてね。涼君は、大丈夫なのよ。涼君じゃなくて、紗奈美ちゃんのことを妬んで嫌がらせをしてくる女がいるから、何か嫌なことがあったらすぐあたしに言って来なさい❗️ちゃんと助けてあげるから❗️と、言ってくれた。

紗奈美は、素直にありがとうございますとお礼を言った。

そこにまた要注意人物のひとり、市原総務課長補佐が来て、紗奈美ちゃん❗️といきなり名前呼びされて、びっくりした。

桂早苗は、間髪入れず、補佐ぁ、いきなりの紗奈美ちゃん呼び、丘野さんだけじゃなく、周りの人間もみんなドン引きですよ。と突っ込んだ。

市原は、すでにかなり酔っていて、えぇ〜イイじゃん、俺、紗奈美ちゃん、めっちゃ好みのタイプゥゥゥゥと言って、さらに近付いて来たところに、人事の持永係長が来て、ハイ!補佐ぁぁぁ…セクハラアウトォォォ!飲み過ぎでーす!と言って、割って入って来た。
アッ❗️賢太郎だ❗️いいじゃん、ちょっとだけじゃん💦って言って、ねぇ紗奈美ちゃーんと諦めずに近寄ろうとすると、丘野さん、こういう人にはちゃんと言ってあげた方がいいから!中途半端な対応をすると勘違いしちゃう男がいるからね。無理なものは無理❗️ってハッキリ言ってあげてね。と言うので、紗奈美は素直に、ハイ。無理です。と冷静に言うと、市原は、はぁぁぁ…何で?何で?俺って、女子にモテないんだろう?と嘆いているところへ、桂早苗が、いやいや…そんな感じだからダメなんですよと、グサっとダメ出しした。

市原補佐は、しょげて、俺、トイレ行って来ると言って立ち上がって行った。

市原補佐がいなくなると、持永賢太郎は、紗奈美に向かって、人事係長の持永です。セクハラまがいなことを言われたり、されたりしたら、すぐに言って来てね。すぐに対応するから…と言ってくれた。
紗奈美は、ハイ。ありがとうございます。と頭を下げる。
紗奈美と涼の関係を知っている持永は、桂早苗に、早苗さんも丘野さんをいじめちゃダメですよって言うと、あぁぁ❗️あんた❗️あたしを誰だと思ってんの❗️あたしは涼の姉なんだよ❗️そんなあたしが紗奈美ちゃんをいじめるわけないでしょ‼️

すると、エッ?早苗さん知ってたの?と持永は驚いた顔をして紗奈美を見た。

桂早苗は、だって涼君からくれぐれもよろしくって言われたもん。アイツがあたしにそんな風に言ってくるんだから、そりゃわかるし。

はぁぁぁ…涼さんも罪深いお人だなぁ(笑)
まぁでも、それなら丘野さん、大丈夫だね。
この人は、涼さんのこととなると、相手が市長でも普通にケンカ売っちゃう人だから(笑)

紗奈美は、びっくりして早苗の顔を見た。

あぁぁ…それは涼君が出来すぎるもんだから、涼君を妬んだ奴があることないこと、市長に吹き込んで、それを魔に受けた市長が涼君をダメ出ししたから、あたしがキレて、市長に直接文句を言いに行って、しょーもない噂を立てた奴を見つけて、謝らせたのよ💢

エェェェェ⁉️で、どうなったんですか?

ん?市長にごめんって謝らせたよ(笑)

ねっ!すごいでしょ?この姉さん、まぢでヤバいから(苦笑)

紗奈美は、涼が、市役所内で多くの人から慕われていることを実感できて嬉しかった。

紗奈美は、市長、副市長、部長をはじめ、個々に挨拶をし、持永と桂から、涼が役所の中で、いかに多くの人から慕われているか…その反面、妬まれることも多く、敵も多いことなどを聞き、涼を支えて上げて…と頼まれ…紗奈美にとって濃い歓送迎会となった。

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