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第二の人生65

3月の半ば、紗奈美が以前、勤めていた出版社時代の上司から電話がかかってきた。

久しぶり!丘野さん!と元上司の立花係長は、以前と変わらず元気な大声で挨拶してきた。
歳は、30代半ば。33歳の私より3歳ほど上だったはずだ。

ご無沙汰しております。
どうされたんですか?と聞き返す。

立花の話しによると、紗奈美が勤めていた会社では、システム会社から導入した経理システムを使っていたが、そのシステムだけでは不十分な整理業務があり、これを補うために、アクセスのプログラムを組んで、独自のシステムでその業務を補完していた。
このプログラムを組んだのが紗奈美だった。

会社にいた頃は、運用の変更などがあった場合は、紗奈美がプログラムを修正して更新を行い、対応していた。

そのシステムでエラーが発生して、社内でアクセスのプログラミングができる社員が色々試してみたが、全く修正できず、このシステムに一番詳しい丘野さんに頼るしかないとなって、連絡させてもらったとのこと。

紗奈美は、退社する際、このようなことがあっても困らないように、操作、修正マニュアルと一緒にシステム構築の設計図等も作成して引き継いで退社したのだったが…。
修正を試みた社員が言うには、修正マニュアルを見てやってみたが、できなかったと…。マニュアル事態が間違っているのでは?と言い出したらしく、どうにも困っているとのことだった。

丘野さん…申し訳ないが、一度、社に来てもらってシステムを見てください。お願いします💦と、立花係長から、頼まれた。
声の感じから、その必死さは伝わって来たし、おそらく携帯電話を耳に当てたいまま、頭を下げているに違いない。
以前から、そういった姿を見たことがあるので、想像は容易かった。

立花さん…ちょっと人に相談した上で、改めて連絡させていただきますので、少しお時間をくださいとお願いして、電話を切った。

仕事から帰宅した涼に相談すると、即答で、困ってるんなら助けてあげないとね。ただ働きになっちゃうかもしれないけど…。

紗奈美は、ちょっと不安な思いがしたが、涼がすぐに…えぇぇーっと…と携帯を見ながら、明後日の金曜日なら大丈夫だよ。と言うのを聞いて、紗奈美は、エッ?何がですか?と聞くと。

うん。明後日なら仕事、休めるから、一緒に行けるよ。まぁ社内まで着いて行くことはできないけど、会社のロビーぐらいまでなら一緒行けるだろうし、せっかくだから向こうで美味しくのを食べに行こうよ!と言ってくれて、紗奈美は、ありがとうございます❗️と感謝すると同時にホッとした。
ひとりで行くのが不安で心細かったのだ。
涼からは、そんなの行かなくていいよって言われると想像していたところに、予想に反して行った方がいいねと即答され、えぇぇ?と思った。

でも、確かに困っているのなら助けた方がいいのは間違いない、けど、あの会社には、あの人もまだ働いているだろうし、ひとりで行くのが不安だったのだが、涼が仕事を休んでまで一緒に行ってくれると言ってくれたことが、とても嬉しかったし、安心することができた。

金曜日、涼の運転するプリウスで2人は、紗奈美が勤務していた出版会社に向かった。

紗奈美は、緊張していた。
社の人達から何て言われるのか?どんな目で見られるのか?不安で仕方がなかった。
その反面、涼はものすごく楽しそうだ。

涼さん…なんだか楽しそうなんですけど…。

うん…ごめんな(苦笑)
紗奈美は不安だろうけど…俺は、今日の紗奈美を見て、会社の連中がどんな反応をするのか…それを直接見ることができなくて…それがめっちゃ残念だけどね。
でも、みんなのびっくりした顔が目に浮かんで、それを想像すると、ちょっと楽しい(笑)

紗奈美は、はぁぁぁ…と、ため息を助手席でついた。

涼は、大丈夫だよ。当たり前に堂々とやることやって、ちゃっちゃと終わらせて帰っておいで…まぁ多分色々言われたり、聞かれたりするだろうけど、この後、約束がありますので!ってシステムに集中させてください!って言ってやったら、みんな指咥えて見てるだけで、何も言えなくなっちゃうから(笑)
で、もし、例の男と出会して、何か声をかけられたとしても…まぁ俺の予想だと、今日の紗奈美を見ても、見るだけで、声すらかけることはできないと思うけど、何か話しかけたら、無視して、失礼しますとだけ言って立ち去って来いよ(笑)

と、対応の仕方にアドバイスをしてくれた。

ハイ、そうします。と紗奈美は答えて、身を引き締めた。

紗奈美の会社の駐車場に車を停めて、2人は会社のビルに向かった。
涼は、1階のロビーのソファに座って紗奈美に頑張っておいでと言って見送った。
俺はここで待っているから…と言って…。

紗奈美は、ハイ。チャチャっと終わらせて戻って来ますと言って、エレベーターホールに向かった。

で、早速、その紗奈美の歩く姿に見惚れている営業っぽい男達の顔を見て、涼はニヤニヤしていた。

今日の紗奈美は、深い茶色い長い髪をアップにして、黒いスェードの大きなバレッタで綺麗に束ねている。
毛穴が全く見えないきめ細かいシャープない小顔に、キチっと化粧をして、まつ毛も長くクルッと上を向いてカールしている。
切れ長の大きな黒目には、キリっとした緊張感が漂っていて、プクッとした唇には、ローズ系の口紅が引かれてあって、口元の小さな黒子から女の色気が溢れている。

長い首筋とうなじが色っぽく、白い肌が眩しくシルバーの細いネックレスが全体的な品の良さを醸し出している。
真っ白なジャケットに、インナーは黒いサテン生地の黒いブラウスを着ている。
大きく膨らんだ胸が、周囲の視線を集める。
キュッと締まったウエストから大きく張り出したお尻が、ミニの黒いタイトスカートによって、はち切れそうだ。
スカートから伸びる黒い光沢のあるストッキングに包まれた程よい肉付きの長い足に高さ7センチのピンヒールをコツッ、コツッと鳴らしながら颯爽と歩いて行く。

約、半年前までは、毎日のように通っていた場所ではあるが、ものすごく遠い過去のように感じる。
エレベーターに乗り込むと、見た覚えのある営業部の係長が乗ってきた。
その係長は、紗奈美を誰とは気付かずに、こんにちわ…どちらの部署へ御用ですか?と聞いてきたので、経理部です。と答えた。すると、どう言ったご用件で?と聞いてきたので、表情を変えずに、お応えする必要がありませんとだけ応えた。すると、その係長は、アッ…それはどうも…失礼しました。と言ったきり、チラチラと紗奈美を見るだけで、あとは何も言って来なかった。
紗奈美は、4階に着くと、失礼しますとだけ言ってエレベーターを降りると、その係長も一緒に降りて着いて来た。

紗奈美は、気にすることなく、辺りをキョロキョロ見渡すこともせず、真っ直ぐに前だけを向いて、目的の経理部へ歩いて行った。

経理部のドアを開けて、失礼しますと言って事務室に入ると、手前に座っていた中野と言う経理社員…紗奈美よりも5つほど年配の元同僚が、いらっしゃいませ…と立って応対に立って来ると、一瞬、ん?と言う顔をしたので、丘野です。ご無沙汰しておりますと挨拶した。

すると、中野社員は、エッ?エェェェェ⁉️と声を上げた。中野社員は、すぐに後ろを振り返って、立花係長❗️と声をかけて、丘野さんが見えられました❗️と呼んだ。
他の社員も紗奈美を見て、エッ?丘野さん?本当に?めっちゃ綺麗❗️イメチェン⁉️ヤバっ❗️と言った驚きの声を隠さない。

立花課長が慌てて飛んで来て、やぁ丘野さん…今回は迷惑をかけてすまなかったね。わざわざ来ていただいて、ありがとう❗️
いやぁぁ…それにしても見違えたね❗️ちゃんとすれば、こんなにも美人だったなんて…などと言って来たので、時間が勿体ないので、システムエラーの確認をさせてもらってもよろしいですか?と言った。

立花係長は、慌てて、アッ!うん、そうだね。じゃあこちらへ…と言って、デスクへ案内してくれる。
紗奈美は、引き継ぎをした、吉野と言う紗奈美より5歳ほど若い男性社員の横のデスクに座ると、吉野君、私が引き継いだマニュアルを見せてください。と言うと、紗奈美の横顔に見惚れていた、吉野は、紗奈美からもう一度呼ばれて、アッ…あ…ハイ…マニュアルですね…ハイッと慌てて用意した。

紗奈美は、吉野からエラーが出たタイミングや、エラー内容の確認すると、修正マニュアルの索引から、今回発生したエラーコードから参照ページをめくった。
吉野君は、ここを見て修正を試みたのね?

エッ?ハ…ハイ…そうだと…思います。

そうだと思いますってどう言うこと?
自分でやって覚えていないの?

いえ💦やりました💦ちゃんとマニュアルどおりにやりました。

わかりました。と静かに応えて、マニュアルを見て、マニュアル通りにプログラムをチェックしていく…すると、吉野君、ここを見て。ここに入力されている関数式が、マニュアルに記載されている式と異なっているのがわかる?

ハ…ハイ…わかります。

前回、修正しようとした時、ここまでチェックしましたか?

アッ…いや…すみません…よく覚えていません…。

じゃあ、吉野君の手で、この関数式を修正してみて。と紗奈美は言って、席を吉野に譲る。
吉野は、マニュアルを見ながら、修正を加えていく…。
紗奈美は、マニュアルを吉野に確認させながら、その関数式を修正したら、影響が出るページがマニュアルに記載されているでしょ?次はその画面を開いて、同じように式と言語を確認して。

そう言って、紗奈美は吉野にマニュアルの内容を確認させながら、修正をさせていく。

1時間ほどで、修正を終わらせて…それじゃ更新の画面に戻って処理をやってみて。と吉野に指示を出して、吉野は言われたとおりに、通常の処理を行うとエラーなく、正常終了の文字が表示された。

吉野は、嬉しそうに、丘野さん!正常に処理が終わりました。と言ったが、紗奈美は、吉野君、あなた、ちゃんとマニュアル通りのチェックを行っていないでしょ?
あなた、今、見ていたから、わかるはずよ。私はマニュアルに記載されていないプログラムを追加したわけでもなく、マニュアルのとおりに修正をかけたの。

吉野は、しばらく沈黙した後に、すみませんでした。と断りを言った。
その様子を見ていた立花係長は、丘野さん…迷惑をかけたね。自分の指導不足だ。すまなかった。

いえ、大丈夫です。吉野君にこういったちょっと手を抜く傾向があるのは、知っていましたし、今回のケースも多分そうではないか?と疑っていましたが、やはりそうでした。

吉野は、俯いて何も言えなかった。

立花さん、今後はこういった状況になっても私を呼び出すようなことは、金輪際おやめください。
ただ、ひとつ言わせていただくと、今の基幹システムは、すでに旧式で現状の業務には、そぐわない部分がかなりありますので、早急に新しいシステムの入れ替えを検討なさった方がいいと思います。

それから、これは差し入れですので、皆さんでお食べください。大したものではありませんが…と言って紙袋を手渡した。

ありがとう。お礼をさせてもらわないといけないのは、私達の方だよ。どうだい?夕方以降、時間があるかい?

申し訳ありませんが、この後、予定が入っていますので、これにて失礼させていただきます。
と、言って頭を下げて、紗奈美は、経理部の部屋を出ようとすると、丘野ちゃん!すごい!めっちゃ綺麗になったね?なんでなんで?どうしちゃっとの?と言って、女子社員達が寄って来た。

紗奈美は笑って、傷心旅行でひとり旅に出たら、ボロ雑巾みたいになってた私を拾ってくれた人に綺麗にしてもらったの。と話すと、キャー❗️本当に⁉️いいなぁ❗️羨ましい❗️と騒ぐ。
紗奈美は、仕事の邪魔をしちゃってごめんなさい。じゃあ失礼しますともう一度、頭を下げて、部屋を出た。

部屋を出ると、先程の営業部の係長が立っていて、君は以前、うちにいた丘野さんだったね。
見違えるほど、イイ女になって、今夜どうだい?寿司でも一緒に食べに行かないか?ご馳走するよ❗️と捲し立てるように話してきた。

紗奈美は、黙って相手が話し終わるのを待ってから、表情を変えずに、所用がありますので失礼します。と言って会釈してエレベーターに向かった。エレベーターが来るまでの間、その係長はずっと横で、いいじゃないか?こんなに綺麗な女だったなんて知らなかったよ❗️と一方的に話しかけてくる。
紗奈美は、一切取り合わずにエレベーターに乗り込むと、その係長も一緒に乗って来た。

係長は、紗奈美の横に立って、今日がダメならいつでもいいよ。ほらっ、コレ、名刺を渡しておくから、携帯番号も書いてあるから、連絡してくれよ。そう言って名刺を無理矢理、紗奈美に押し付けてくる。

紗奈美は、キッと睨んで、あんまりしつこいと人事へクレームを出しますよ!と言うのと同時に1階フロアに到着して、真っ直ぐ涼の待つ、待合スペースへ向かった。係長は、慌てて追いかけて来て、丘野くん、いや、すまなかった💦そんなつもりじゃないんだ💦と言ったが、紗奈美が駆け寄った男性を見て、係長は固まった。

その強面の男は、係長に近寄ると、手に持っていた名刺をパッと撮り上げると、すぐに総合受付の女子社員のところに向かって、すまないが人事部に繋いでくれと言って来た。
女子社員は、その圧倒的な威圧感に気圧されるように受話器を取って、人事に繋いだ。
男は、その受話器を直接受け取って、つながった人事の相手に向かって、名刺を見ながら、今、御社の営業部第三係の係長の佐々木と言う男が、私のパートナーである、御社の元社員の丘野さんに執拗に迫って、セクハラまがいの迷惑を被ったよ。一部始終はここの受付の女子社員が見ている。厳重注意をお願いします。こんな風に女子にしつこく付きまとうような人間が、係長として営業指揮を取っているとなると、御社の看板に傷がつきますよ。すでに付いているのかも知れませんが。それでは、注意のほどお願いします。
と、一方的に捲し立てて、電話を受付の子に返して、佐々木なる男を一瞥すると、紗奈美を促して玄関から出て行った。

佐々木なる男は、その場に呆然と立ち尽くしていた。
ちなみに、この男、社内や営業先からも再三に渡りセクハラまがいのクレームが入っており、すでに何度も注意されていたのだが、涼の電話の一件で、受付社員からの目撃証言もあって、ついに降格となり、懲戒処分を受けることになったと、経理部の紗奈美の旧友から連絡で知った。

涼の腕を取って会社から出た紗奈美は、例の元彼と正面入口を出たところですれ違った。ちょうど外回りから帰社したのだろう。

その男は、紗奈美を見て、エッ⁉️と言う顔をして立ち止まったが、紗奈美は見向きもせずに涼に寄り添うようにして、駐車場へ歩いて向かった。

男は、その美しい後ろ姿が見えなくなるまで目で追っていた。

会社を出た車内で、涼は、今頃、紗奈美を見た誰もが、大きなため息をついてるよ。と笑って言った。

そんなことないと思いますけど…ただ経理部での反響は凄かったです。

だろうな。まぁ予測は出来ていたけどね(笑)
まぁその女っぷりのせいで、さっきの佐々木とかって言う男も、一瞬でのぼせ上がっていたもんな(苦笑)

ものすごく気持ち悪かったです。
まさか待ち伏せてしていたなんて…。

あの感じだと、あっちこっちでも同じようなことをやって、多分他からもクレームが出てるよ。

あなた…ありがとうございます…でもやっぱり仕事をお休みして、あなたに付いて来てもらって正解でした。

涼はまた笑って、俺は、この飛び切りイイ女は俺の女なんだぜ❗️って、てめーら見る目がなくて残念だったな❗️って思わせたくて、勝手に付いて来ただけだから、気にすんな❣️って言って笑った。

そして、紗奈美オススメの定食屋に車を走らせた。

その後、紗奈美がいた出版社では、丘野紗奈美の話題で持ち切りとなり、涼の予想どおり、男性社員達は、もったいないことをしたと…見る目がなかったと悔しがっていた。
紗奈美の元彼に至っては、青ざめた顔で、黙るしかなかった。

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