現代魔女って何?【第1回】
現代魔女とペイガン
現代魔女(Modern Witch)は、1940年代頃から欧米ではじまったとされている現代のペイガニズム(異教運動)です。突然難しいですね。
ペイガン(Pagan)とはキリスト教以前の多神教やアニミズム、自然崇拝などを実践する人たちのことでそれぞれが多様な実践をしています。彼らは季節に合わせた祝祭、儀式などを行っており、現代魔女はこのペイガン中で大きな人数を占めているといわれています(注1)。ドルイド、アサトル教会など、それぞれの異教運動には個性があり、時に魔女とクロスしながらも異なる活動を行っています。他のペイガンたちと魔女は何が違うのかなどは実践しながら学んでいきましょう。
アンチウィッチクラフト法(注2)がなくなった1951年以降、現代魔女運動(Modern Witchcraft Movement)は表に出てきます。
「私は魔女です」という発言をする人たちがメディアに現れたのです。これはこの当時の社会的背景を考慮すると大変エクストリームでした。
現代魔女運動の中で大きな影響力を持ったのが「ウイッカ」(Wicca)です。ウイッカはジェラルド・ガードナーという人物たちによってはじめられた一つの魔女の宗派です。彼は古代から続く魔女のカルトの生き残りに自分は接触したと発言した人物でした。彼はマーガレット・マレーという文化人類学者の影響を強く受け、魔女のカルトを豊穣の宗教と考えていました。
しかし、時が経つと魔女の実践や考え方が多様化し、エコロジカルな自然宗教や、宗教であるというよりもスピリチュアルな実践や道、生き方のように考える魔女たちも多くなっています。
また政治的な活動を行う魔女の人もおり、現代魔女自体が非常に政治的ともいえます。フェミニズムや環境運動、気候危機の問題などに取り組む魔女の人も多くいます。さらに、魔女という言葉がキリスト教の人びとにとって脅威であることは意識する必要があるでしょう。
近年では既存の一神教に居場所がなかったクィアの人びとにとってモダンペイガンのコミュニティは安心できる一つのオルタナティブなつながりの場になりつつあります。
現代魔女の歴史を考えるとき、ウイッカだけが現代魔女でないことも重要です。確かに1952年以前ジェラルド・ガードナーより前に「私は魔女だ」と公の場で発言した人はいないのですが、1940年代に魔女を自認し、活動していた人が他にもいることがわかっています。
例えば、北米ではヴィクター&コラ・アンダーソンという後にフェリ派の開祖となる夫婦が魔女の実践をはじめており、現在では北米で大きな影響を持っています。
オーストラリアには「キングクロスの魔女」と呼ばれたロザリン・ノートンと呼ばれる画家の女性がいました。彼女は悪魔と交わり、独自の魔女の実践を持っていました。
非常に興味深いのは彼らがジェラルド・ガードナーと文通もしていたことです。
また、ウイッカ黎明期には数人の魔女たちがガードナーのライバルとなり激しくガードナーを批判しました。ロバート・コクレンはガードナーを激しく批判した魔女の一人ですが、彼の残した実践は新しい時代の魔女たちに大きな影響を与えています。おかしなことですが、昔から魔女同士の間でも考え方の違いで衝突が絶えませんでした。また、ジェラルド・ガードナーも自分以前に魔女達が複数いることを示唆する発言をしており、彼は自分が魔女の流派を作ったとは考えていませんでした。失われかけたものを復興させたのだと考えていたのです。また、ガードナー派の女司祭たちもガードナーとは別に魔女たちが存在するという発言をしています。これらの理由から世界中の至る所で自分は魔女だと気がついた、あるいは同様の実践をしていた人物たちが同時期に複数おり、多様な実践が存在したことがわかります。その中で最も影響力が大きかったものがウイッカでした。
魔女は危険な存在?悪魔崇拝!?
みなさんは「魔女/ウィッチ」という言葉からどのような印象を受けますか?現在はポップカルチャーやアニメ、漫画の世界で「魔女」が可愛らしく、けなげな存在、あるいは尊敬される女性、魔法少女といった形で描かれているので「子どものころから魔女に憧れていました」という話を聞くのも珍しくありません。しかし、この言葉は今でも悪口としても使用されており、非常に侮蔑的な意味の言葉であることを覚えておいてください。他の人を指して「あいつは魔女だ!」と言うことはとても失礼なことだったのです。
また、国家の基盤にキリスト教があるアメリカ合衆国において「魔女」という響きには社会転覆を目論む邪悪なニュアンスが今でもあります。現代魔女たちの面白いところは、自ら魔女であることを名乗ることによって、この言葉の意味を書き換え、換骨奪胎している点です。魔女という言葉はきわめて文脈依存的なのですが、現代魔女研究の第一人者であるロナルド・ハットンは魔女は現代では4つの意味で使用されている言葉であるといいます。1つ目は、 超自然的な力をもち害悪魔術を行う人物。2つ目は 善い魔術であれ悪い魔術であれ、魔術を使う人物。3つ目は ペイガン宗教の実践者であり、自然崇拝を行う実践者。4つ目は 独立した女性に関連するフェミニズムの象徴といったニュアンスで使われるケースです。
大変ややこしいですね。1つ目の意味合いが最も一般的で頻繁に使われている魔女です。
私はわかりやすいように20世紀になって出てきた3つ目と4つ目を「現代魔女」という呼び方でわかりやすく伝える場合があります。
また、アフリカやインドなどの特定の地域では現在でも魔女狩りが起こっており、1つ目の意味で魔女とみなされた人物が殺されているケースが現在でもあります。これには2つ目の呪術医、サービス魔術師、所謂ビジネスで対抗魔術を行っている人びとが加担しているケースもあるため、状況は非常に複雑です。
ロナルド・ハットンは2つ目のさまざまな国のウィッチドクター、カニングマン(狡猾な男) 、ウィザード 、ワイズウーマン、チャーマーなどの民間魔術を行う人たちを、悪い侮蔑的な意味合いで使われる魔女とは区別し、サービス魔術師と呼んでいます。彼らはよく白魔女という呼ばれ方をしますが、これはもともとは一部の地域だけで使われた言葉です。
これが現代ではよく善い魔女のモデルのよう扱われるのですが、実際にはお金をもらって「悪い魔女に対抗する魔術」「呪いを解く」などを行っていた民間の医療家です。彼らの仕事はまじない、失せ物、盗品探しや占い、薬草を使った治療、産婆術まで幅広いものでした。彼らの仕事は善良な魔術のみを行うというよりは、霊を呼んだり、中絶を行ったりするなど、当時の時代背景を考えるとグレーゾーンの仕事を行っており、病院に行けない貧しい人びとから尊敬されると同時に畏れられてもいました。
呪いを解ける人は呪いをかけることができるとも考えられていたからです。教会から彼らの行動は批判されていましたが、民間の魔術師たちはキリスト教の祈祷文を使用していたため、多くは目溢しされていたのです。まれに、医療ミスを行った場合は魔女裁判にもかけられました。そのため、本人たちは魔女に対抗する魔術を行っているとうたっていたのですが、魔女と呼ばれ、魔女として告発されたケースがみられるのです。
いずれにせよ、実践者のみなさんが危険な目に合わないように、この言葉の背景を考慮したうえで実践する必要があります。どの意味合いで魔女という言葉が使われているかに意識的になってみてください。あくまで「現代魔女」という現象は欧米発のものであり、「魔女」という言葉がインドやアフリカなどの他の国では同じようには受け取られません。
また欧米では「ウイッチ」という言葉自体が欧米のキリスト教下で独自のニュアンスがあるため、他民族の「スピリットワーク」や「シャーマニズム的実践」に対して「ウィッチクラフト」という本来侮蔑的ニュアンスがある言葉を使用することが不適切ではないかという意見もあり、歴史家や現代魔女たちの一部は慎重な言葉選びをします。
現代魔女たちは「自分たちは悪い魔術を行う者ではない」と主張します。しかし、同時に、魔術には黒も白も存在しないと言うでしょう。これにはさまざまな理由があります。
魔女やウィッチクラフトは19世紀以前にはほとんどの場合、悪い意味合いで使われている言葉です。1950年代以降、現代魔女文化が出てきた当初、キリスト教圏では多くの嫌がらせがありました。タブロイド紙に追いかけられ、スキャンダラスに扱われ、悪魔崇拝者であると決めつけられ、酷い場合は家に火をつけられたり、仕事を辞めさせられたりということがありました。欧米で「私は魔女だ」と公で発言することは全く安全ではなかったのです(現在でも国や州によっては安全ではないと思いますが)。魔女を名乗ることはとても過激な運動でした。だからこそこの文化がパワフルだったのですが、安全を確保するために魔女の人たちが自分たちの居場所や儀式の場所を公開することなんて、そもそもありえなかったんですね。また、魔女同士の間でさえスパイ行為があったのです。
以上の理由などからウイッカの魔女たちは「悪魔崇拝者(サタニスト)」と混同されることを大変嫌う傾向にあります。これは現在でもかなりデリケートな話題です。
後に冤罪だと発覚するのですが、サタニックパニックといってアメリカでは児童性的虐待とサタニズムが結びつけられて社会問題になることが何度もありました。宗教保守の多い地域などでは聖書に反したり、規範から逸脱するものは今でも悪魔の儀式と見なされ攻撃されます。そのような風景をSNSなどで目撃することがあるでしょう。
このように魔女という言葉がその社会や時代の中でどのように使われてきたのかを知ることは大切です。私たちの文化圏ではあまり実感できないことかもしれませんが、魔女はこれまでの歴史上、ほとんど悪い意味でしか使われていませんでしたし、それは依然としてそうです。
それを知ったうえで、現代の魔女たちがどのようにその言葉をずらし、実践につなげていったのかをこれから見ていきましょう。
注1 ペイガンと現代魔女の人口調査:
ウイッカや現代魔女の人口統計を正確に把握することは、複雑な課題である。
以下のデータはイーサン・ドイル・ホワイトの研究をもとにしている。
多くの国でウイッカ信者の数が過小評価される傾向がある一方で、一部のウイッカ信者が自身のコミュニティの規模を過大に主張する現象も見られる。
ヴィヴィアン・クロウリーの調査によれば、国勢調査を行う国々において、多くの魔女たちは迫害される可能性を恐れて、そのような書類に自分の宗教的所属を記入しない。
イギリスの国勢調査で「ペイガン」と回答した人のうち、ウイッカ信者は約4分の1に過ぎない。「ウイッカ」と「魔女」を合わせても約3万人程度。しかし、プライバシーへの懸念や迫害への恐れから回答を控える人々も少なくない。これらを考慮すると、イギリスにおけるウイッカ人口は4~6万人程度、つまり全人口の0.06%から0.09%程度と推定されていると思われる。
スコットランドにおける2011年国勢調査でペイガンの数は、2001年の1,930人から2011年には5,194人と、150%以上増加している。この国勢調査では、スコットランドの異教徒連盟の働きかけもあり、ペイガンと記入する人が増えたといわれている。
アメリカにはさらに多くのペイガン・魔女がいると考えられている。国勢調査に宗教的所属に関する質問項目がないため、正確な統計の取得が困難だが、エイダン・ケリーの1992年の推計によれば、アメリカのペイガンコミュニティは8万3000人から33万3000人の範囲に及び、約3,000の活発なウィッカのカヴンが存在するとされている。これは書籍の販売やニュースレターなどを調査して導き出された推計である。
アメリカのペイガンを広範に調査したジャーナリストのマーゴット・アドラーは、より長期的な視点から興味深い数値を提示している。彼女の推計では、アメリカの自称ペイガンは1985年に5~10万人、2000年に20万人、2006年には40万人に増加したとされる。ただし、アドラー自身も「誰も正確な数字を知り得ない」と認めている。
カナダの2001年国勢調査では2万1085人の異教徒が記録されたが、研究者たちはこの数字も「不正確に低い」と指摘している。
オーストラリアでは、1996年に1,849人だった「ウイッカ」や「魔女」の数が、2001年には8,755人に増加した。
これらのデータは、その正確性に議論の余地があるものの、近年ウイッカや現代魔女の人口が増加傾向にあると考えられている。また、90年代に爆発的に若年の実践者が増えたことを指摘する学者もいる。
注2 アンチウィッチクラフト法:
1736年のウィッチクラフト法(Witchcraft Act 1736)は、イギリスにおける魔術を規制する法律。 この法律以前は、魔術を働かせることは犯罪とされ、魔女裁判などが行われていたが、1736年より、魔術そのものは犯罪ではなくなった。その代わりに、魔術を働かせると主張することや誰かを魔女と呼ぶことは違法とされた。
注3 サバト:
森や山奥など人里離れた場所で開かれると考えられた魔女の集会。現代のペイガンや魔女達は従来の悪魔崇拝のニュアンスを払拭し、彼らにとっては季節の祝祭を意味する。
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