言語聴覚士の私が大切にしていること

1、言語聴覚士とは

 話す・聞く・食べるのスペシャリストで、1997年に国家資格となりました。脳卒中後の失語症など、ことばによるコミュニケーションの障害、発音や声の障害、聴覚障害、ことばの発達の遅れ、食べること・飲み込むことの障害をお持ちの方々に対応しています。これらの障害は子供から高齢者まで多岐に表れる為、言語聴覚士が関わる年齢層は実に幅が広いんですね。障害に対する評価・訓練だけでなく、たとえ障害があっても自分らしい生活が送れるよう支援していくことが大切な仕事です。

 一般社団法人 日本言語聴覚士協会ホームページ

2、私が言語聴覚士を目指したワケ

 私がこの職業を知ったのは今から20年ほど前です。いや、正確に言うと幼児の頃から知っていたと言ってもいいかもしれません。

 というのは、私は生まれて間もなく運動発達が遅いということで療育センターで過ごしていました。たぶん2、3歳くらいからだと思います。入所と退所を繰り返し、最終的には中学3年生まで居座りました。療育センターでリハビリを受けながら、併設の養護学校(今でいう特別支援学校)に通う生活でした。

 私のリハビリは理学療法(足のリハビリ)と作業療法(手のリハビリ)のふたつで言語療法はありませんでしたが、ことばのリハビリをする先生がいるんだなあということくらいは子どもながら理解はしていました。そういう意味では、すでにこの頃から言語聴覚士(当時は国家資格でなくこの名称はなかった)の仕事は見てきたといっても良いでしょう。

 学生時代の私は勉強があまり好きではなく、真剣に受験勉強もしないような子でした。短大に行ったものの、漠然と留学がしてみたいと思い準備を進めていたところも失敗に終わる始末。声を使った仕事がしたいと思いアナウンススクールの扉を叩いたものの通いは無理と言われ、通信教育で1年ほど勉強していました。その頃病院でのアルバイトに声をかけていただき、通信でアナウンスの勉強をしながら病院で働くことになりました。

 そこで言語聴覚士との出会いがありました。中学3年生まで過ごした療育センターでの記憶と、関心を持って勉強していた「声の仕事」という部分が自分の中でピタッと合わさり、そこからの行動は素早いものでした。

3、知るほどに深い言語聴覚士の仕事

 元々は「声」に関心があり発声や発音の勉強はしていたものの、学校では脳の機能や食べること・飲み込みに関する勉強が多くを占めており始めは戸惑いましたが、学ぶことの楽しさを知りました。

 3年間の学校での学びを終えいざ言語聴覚士として働き出して14年、この仕事は現場に出てからが本当の意味でのスタートだなと感じます。学校で勉強したことはほんの障り。話す・聞く・食べるのスペシャリストではありますが、一方で広範囲に渡る知識を持ったジェネラリストの側面も必要だと考えます。それゆえ、深い仕事だなと思うのです。

 例えば、言語聴覚士は食べること・飲み込むことについてのリハビリテーションを行います。食べること・飲み込むことには多くの体の器官が関わります。これらに障害が起こる原因も様々で、またその対応も千差万別です。一見医療や介護とは関係のないような知識が役立つことがあります。誰一人として同じ経過を辿ることはなく、そのたびに悩んだり考えなければならいことに直面します。その問題解決には、専門的知識だけでなく様々な視点で状態を捉える柔軟な頭があった方が良いと、私は思います。

4、言語聴覚士としての私の覚悟

 自分の関わる対象者の方が元気になって生活が送れるようになり、またもう一度社会と関わることができるようになることほど嬉しいことはありません。その為の支援を行うことが言語聴覚士の仕事です。

 しかし、一方でそのような方ばかりではない現実があります。病気の経過から身体機能の回復が難しく、命の終わりを宣告される方々とこれまでたくさん出会ってきました。食べることが難しいのに食べたいという方、死にたいという方、もう来るなという方…。このような方々とどう向き合えばよいのでしょうか。

 私は急性期の病院で働いています。急性期病院では、基本的には機能的改善が見込める方を対象にリハビリテーションをすることが多いです。ですから、もう改善の見込めない方に対しては積極的に関わる必要はないと考えてもいいのかもしれません。ですが、私はこのような方々から逃げずに最期まで関わり続けたい、関わり続ける必要があると思っています。

 地域リハビリテーション学の巨匠で医師の大田仁史氏は、終末期リハビリテーションを以下のように定義しています。

 『加齢や障害のため自立が期待できず、自分の力で身の保全をなしえない人々 に対して、最後まで人間らしくあるように、医療・看護・介護とともに行うリ ハビリテーション活動』

 最期まで人間らしくあるように、話すことや食べることに携わる言語聴覚士が関われることはあるだろうと思います。

 言語聴覚士は人を幸せにする仕事ではないかと、これまで私がこの仕事を続けてきて辿り着いた答えです。目の前の対象者の方が幸せになれるような働きをしていきたい、このことを大切にこれからもこの仕事を続けていこうと思います。

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