TONKIN'S HOT NIGHT!
[あなた(プレイヤー主人公♂)と漢方屋蜥蜴のユメショ風SSです。トンキン旅行楽しんで!]
深夜2時。
飛行機からボーディング・ブリッジに降り立った瞬間に、独特な異国の匂いと生暖かい空気を全身で感じた。空は黒く、滑走路はオレンジ色の光がまぶしい。
母国から飛行機で5時間。途中パルムフォードで乗り継ぎ、そこから小型の飛行機でさらに2時間。空港にある見慣れない言語の案内板と見慣れない種族のCAを見て、ようやく戻ってきたんだ!と実感して嬉しくなった。
飛行機の中が肌寒くダウンのコートを着ていたため、この蒸し暑さで肌にべとつく。はやくTシャツと短パンに着替えたい!整備されてないガタガタのエスカレーターでロビーに降り立ち、ボコボコのスーツケースを受け取り、もう閉店していてシャッターが降りている両替所の前を通り過ぎて、空港から外に出た。
外はより一層蒸し暑かった。
目の前のロータリーは深夜だからかほとんど誰もいない。
バンパーが凹んでいて窓の中が見えない怪しいタクシーが数台と、キラキラ赤いミニスカートを履いた誰かを待っている風のお姉さんがひとり、ベンチでイビキをかいて寝ている浮浪者風ののんきな若者が数名いるだけだった。
「哎呀!オソーイ!早く後ろ乗ってー」
不意に後方から、よく聞き慣れた甲高い声と、見慣れたどっしり大きなシルエットが視界に入る。以前からなんやかんやで縁が切れない漢方屋の蜥蜴(トカゲ)のお兄さんがぶっきらぼうに言い放った。
出迎えに来てくれた蜥蜴は使い古されたバイクにまたがり、眠たげな、不機嫌そうな表情をしている。
スーツケースはどうすればいいのか聞いたらその上に座ればー?なんて適当に言われた。忘れていたがこの国の者たちはすべてが適当なのだ。
久々に会ったというのに、これといった再会の喜びの言葉などなにもなく、すこし寂しいような安心するような感じがした。
深夜のトンキン郊外。排気ガスの匂いが充満している。オレンジ色の街灯がやけに広い感覚で並んでいる。市内よりは車通りも少なく、少し閑散としている。
安っぽいネオンの看板を横切る。こんな時間なのにホッカでは多くのモンスターたちが切れかけの蛍光灯の下でわいわい酒盛りしている。
赤いプラスチックのイス、ステンレス製の簡易テーブル、ぬるいジュースの缶、やけにからくて味の濃い料理の匂い。懐かしくなって胸いっぱいにその空気を吸い込み…そして咽せた。
生暖かい夜風をきって進んでいく。とくに何も会話はなく、バイクからする壊れかけのエンジンの音と、蜥蜴がスマホから垂れ流してる、ふだん自分じゃ絶対聞かなそうなノリのいい曲だけがガビガビとした音質で響いている。
でこぼこした整備されていないアスファルトと、荒い運転のバイクから振り落とされないように蜥蜴の背中にしっかりとしがみついている。
蜥蜴の背中の体温と、異国の夜の非日常感で気分が高揚して、気付かれないように少しだけ、さっきよりも強く蜥蜴を抱きしめた。
「あのさぁー」
不意に話しかけられ、バレたかな?とドキッとした。
「そこのホッカでなんか買ってかネー?」
見た目がやたらグロテスクな機内食をスルーして、おなかぺこぺこだったから、嬉しい提案だった!
ホッカで食べて行きますか?と聞いてみたら、今は人目につくところに行きたくないらしく、結局テイクアウトする事にした。
また何かやらかしたんだな…と苦笑した。
ホッカでつまみやらお酒やら買い込み、そのままバイクで夜の海に向かった。紙袋からギットリと油が染み出していた。
海沿いに行くにつれて店や街灯が減っていき、倒壊寸前のようなふるーい家がポツポツとあるだけでとても静かだ。夜の海岸線をトカゲのうしろで見遣る。
昼間はあんなドス黒くて汚い海も、夜になると月の光が綺麗に映ってなんだか幻想的な感じに見える。
・・・・・手前の岩場でゴソゴソと蠢く大量のネズミたちのことを考えなければだけど…
排気ガスの匂いに混じってトカゲから独特の薬草の匂いがふんわりとする。蒸し暑さと、薬草の匂いと、蜥蜴の背中の温もりでクラクラする。
腕にいっそう力を込めて、トカゲを抱きしめた。
「思ったんだけどさぁー」
また不意に話しかけられてあたふたした。
「うちで食べてきなヨ!」
「!!!」
蜥蜴の家、入れてくれるんだ!
ずっと秘密主義なタイプだと思っていたから、心を開いてくれたみたいで少し嬉しくなった。
「海に来といてなんだけどさ、ここ暗いしドブ臭いし、まあドライブってことで!市内モドロー」
久々のトンキン市内。
相変わらず深夜なのに住民でごった返している。蒸し蒸しと暑く、路上の屋台、マッサージ店、ステンレス製のお椀を前に置いた物乞い、胡散臭いネオンの看板、充満した排気ガス、いつも通りで安心した。
1車線で5台ものバイクが横に並び、どれも重量オーバーどころじゃないほどの人数で乗っていたり前の見えない大きな荷物を積んでいる。
深夜なのにクラクションの音がそこかしこで鳴り響いていて、母国では考えられない無秩序さに、なんだか楽しい気分になってきた。
「…ったく 割り込みしやがってヨぉー」
イラついてぶつくさ言ってる蜥蜴を横目に、このひと一体どんなおうちに住んでるんだろう?と内心とてもわくわくしていた。
バイク一台分くらいしか幅がない裏路地を曲がった先で、ここが我が家だよーと降ろされた。
・・・・・
あれ…?
想像してたものとだいぶ違う外観に戸惑った。
ゴシック調の飾りのついた白い壁にオシャレな黒と金色のプレートが付いていて…思ってたよりずっと綺麗で、ちゃんとしていた。
もっとボロくて倒壊しそうなあやしい秘密基地のようなものを想像していたのに…
期待していたものと違いなんだか無駄にガッカリしている僕をスルーして家に入っていった。
「おじゃましまーす。」
・・・・・中はガランとしていてひとけが全く感じられず、数点の綺麗な家具以外何もなかった。
本当にここに住んでいるの・・・?
「何してンの?こっちこっちー」
!!
綺麗な家具を退かし、地面にある隠し扉のようなフタを開けて地下に行くように促される。
ああ、やっぱりそうきたか!と変に納得してしまった。
ギシギシ軋む簡易ハシゴを降りて、地下に行った先は………あまりにもひどいものだった。
「あ、上はカモフラね。どお?まさかこんなところに秘密の"ラボ"があるなんて…ケッコーバレなそうでしょ?哈哈哈哈哈!」
暗い地下の室内はものすごい異臭がして、EDMのような曲が爆音でガンガン鳴り響き、たくさんのフラスコやら試験管やら「調理器具」が所狭しと並んでいた。
どこのメーカーかもわからないあやしげなガジェット類がそこかしこに散乱し、ベッドもぐちゃぐちゃに乱れている。
棚にはアクセサリーやら男物の香水やら並んでおり、意外とおしゃれなんだよなーこの人、と思ったりした。ブランドなどには疎いが、どれも高級そうなものばかりだ。まあ蜥蜴のことだから正規品ではなさそうだが…
棚の下の引き出しには、様々な種類の"大人のもの"がごちゃごちゃに突っ込まれており……
慌てて見て見ぬフリをした。
この混沌とした部屋の中で唯一、枕元の壁にあるボロボロになった誰かの写真だけは丁寧に、大切そうに貼ってある。…相当、古いものに見えるが…。
これ誰ですか、と聞こうとしたところで、触れちゃいけない事のような気がしてぐっと我慢した。暗くてよく見えないが……太極拳の…使い手…のように見えた。
天井は低く暗く、部屋の見通しも悪いのでとりあえずベッドに腰掛けさせてもらった。居心地は悪いが…蜥蜴の秘密を垣間見れたようで少しドキドキした。
「てか、会うのひさびさジャネ!
どっか行ってたのー?」
酒をプシュッと開けた蜥蜴が隣に腰を下ろしてきた。狭い室内なこともあって、膝同士が触れ合う。蜥蜴が身を乗り出し、首を傾げてこちらの目を覗き込んできた。距離が近すぎる。ナチュラルにこういうことをしてくるんだこの人はいつも…
「このまえ蜥蜴さんところの配達バイトでまとまったお金が入ったから、久々に母国に帰ってたんですよ。」
「へー、あっそーう。」
興味なさそうな蜥蜴はのんびりとタバコを吸いはじめた。
出発前も言ったじゃないか。なんだかイライラしてきて、気が大きくなってきた。
「今日もう遅いから泊めてくださいよ!」
「エーー…」
「シャワーとかないんですか?」
「あるっちゃあるけどサビついた水しか出ないよ?
いつも外泊したときに浴びるからうちでは基本入んないね〜」
不意に出てきた外泊という言葉でいろいろ想像してしまいドギマギした。
不意にピコンと光ったスマホの通知を見て、しまった、という表情をした蜥蜴は、さっさとベッドから立って行ってしまった。
「やることあるから、先寝ててー」
・・・・・本当に泊まっていって良いんだ。
夜遅くまで遊んだり、カラオケでオールとかはしたことあったけど、こんな狭い室内で、同じベッドで一夜を共にするのは初めてのことで、内心ドキドキしていた。全然ムードはないけど…
なにやら真剣そうにゲーミングPCと対峙するトカゲの横顔を、爬虫類って小顔でキレイだなーなんて酔った頭でぼーっと思いながらうつらうつら微睡んでいた。
・・・・・・
気付いたらとなりに蜥蜴の感触がある。
あまりの狭さにベッドから落ちそうになり目が覚めた。冷房をガンガンにきかせており寒い。
シングルベッドに男ふたり。狭すぎて背骨が軋む。
隣にいるトカゲは横たわって壁の方を向いたまま、ずっとツタタタ…とせわしなく両指を動かしスマホで誰かに返信している。
・・・寝ぼけたフリをして、後ろから抱きついてみた。
「・・・・・・」
特にこれといった反応はなくて少しホッとした。
爬虫類、あったかすぎるだろ…安心して大きな背中を抱きしめたまま、幸せいっぱいで…眠りについた。
・・・・・
翌日。
久しぶりのトンキンで目覚める朝。
横を見たら…蜥蜴はこつぜんといなくなっていた。
上の階からバタバタと騒がしい音がする。
…外からは数台のパトカーのサイレンが聞こえる。
・・・・・ウソだろ・・・・・
枕の上になにやらメモがある。
「不好意思!之后就拜托了♪
(ごめーん!あとはよろしく)」
ずる賢くて憎めない、漢方屋のトカゲのお兄さんは、小さなメモ書きと僕を置き去りにしたまま、枕元の写真と一緒にするりと姿を消していたのであった。
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