本山藻原寺の看板にみる文章コミュニケーション論
ツイッターを眺めていたら、こんな投稿が流れてきた。
千葉県茂原市の本山藻原寺の境内に設置された看板のようだ。
ポケモントレーナーの皆様へ
本日は当山にお越し頂きご苦労様です。境内に居るであろうポケモンは仏様のお恵みです。本堂前で感謝の気持ちを込めてお参りしてから存分に捕獲して下さい。なお、境内にゴミを捨てたり荒らされますと、お寺の職員とリアルバトルになります。充分にご注意の上、お楽しみください。
素晴らしい。
長らく広告業界の界隈に生息していたが、人を動かすコミュニケーションを専門とする広告屋でも、ここまで秀逸な文章を書ける人間は少ないと思う。
人を説得して意図した通りに動いてもらう技術というのは、どんな人生を送っている人にとっても必要なものだろう。特にツイートのいいね数を増やしたい人とか、このワードセンスから得られるものは大きいと思う。(ツイッター弱小勢のぼくが言えた義理ではないが)
そんなわけで、この文章のどのような点が優れているのかを分析してみようではないか。
ステップ1. 主張を読み解く
この文章で伝えたいことは何か。それを探るために、まずはこの看板が設置されるに至った背景事情を汲み取れってみよう。
主張 ①
本日は当山にお越し頂きご苦労様です。境内に居るであろうポケモンは仏様のお恵みです。本堂前で感謝の気持ちを込めてお参りしてから存分に捕獲して下さい。
巧みに言い換えられているので少々わかりにくいが、つまるところ、ポケモン捕獲のためだけに境内に入ってくるポケモンGOプレイヤーを問題視しているようだ。
主張 ②
なお、境内にゴミを捨てたり荒らされますと、お寺の職員とリアルバトルになります。充分にご注意の上、お楽しみください。
「なお」以下の補足文からは、境内でポイ捨てをする人間にも悩んでいるということがうかがえる。
ここまでで、主張は理解できた次のステップに進もう。
ステップ2. ダメにしてみる
ちょっと意外な見出しをつけてみたが、秀逸な文章を見つけたとき、それを改悪してみると色々な気づきがあるものだ。これは、コピーライター橋口幸生さん(@yukio8494)の言でもある。
というわけで、看板に書かれた秀逸な文章を、あえて凡人の発想で書き換えてみよう。書くべき内容は、ステップ1でまとめた通りだ。
パターンA
下記の行為を禁止します。
・ポケモン捕獲のための境内立ち入り
・境内でのポイ捨て
シンプルに主張だけをそのまま伝えるパターン。それでいて、ある意味「いかにも看板に書かれていそうな内容」でもある。
主張を伝えるという意味では、これで十分なはずだ。相手にどうしてほしいかが明記されているわけだから、「命令」としては機能している。これがもし職場の上司からの通達であれば、この表現でも問題ないとも言える。
ただ、ポケモンGOプレイヤーたちに、この命令に従う義理はあるのだろうか?
閑話休題
広告コミュニケーションとしての文章を考える職業であるところのコピーライターたちは壁打ちとしてこういった社会的課題に取り組むことがよくある。
「違法駐輪をやめさせるコピー」「早起きしたくなるコピー」「結婚したくなるコピー」などが"お題"の例だ。
以降のパターンは、新米コピーライターが考えがちな方向性に基づいて、パターンAをリライトしてみる。
パターンB
下記の行為を行った方には、罰金1万円をお支払いいただきます。
・ポケモン捕獲のための境内立ち入り
・境内でのポイ捨て
下記の行為を行った方には、即刻立ち退いていただきます。
・ポケモン捕獲のための境内立ち入り
・境内でのポイ捨て
下記の行為を行った方には、仏の罰が下るでしょう。
・ポケモン捕獲のための境内立ち入り
・境内でのポイ捨て
業界用語で恐怖訴求と呼ばれるものだ。禁止されている行為を行った場合、どのようなデメリットがあるかを伝える路線。パターンAと比べれば、命令に従うべき理由が提示されているわけだから、わずかばかりの抑止効果改善は期待できるだろう。
しかし、このやり方には2つの問題点がある。
1つ目は、実現性・信憑性の問題だ。罰金の徴収や立ち退き依頼を、現実的に行うことができるかどうか? 対象者の判別の時点でつまづいてしまいそうだ。「仏の罰」というのも一見それらしいが、お寺の運用上の都合で看板が作られていることは目に見えているわけだから、信じる人は少ないだろう。
2つ目は、反発心の問題だ。恐怖訴求の最大のデメリットは、言われた方の気分がよくないということだ。この不快感はメッセージの発信者との対立を生み、対立は反発心をもたらす。
「北風と太陽」の寓話になぞらえるなら、これは北風のやり方。方法として間違っているわけではないが、できることなら気持ちよく従ってもらった方がいい。
パターンC
下記の禁止事項にご協力くださる方には、抽選で1万円プレゼント!
・ポケモン捕獲のための境内立ち入り
・境内でのポイ捨て
下記の禁止事項にご協力くださる方には、きっと幸せが訪れるでしょう。
・ポケモン捕獲のための境内立ち入り
・境内でのポイ捨て
「守らなかったときのデメリット」を「守ったときのメリット」に言い換えるパターン。これが太陽型。反発心を持たせず、気持ちよく従ってもらうためには、このようなポジティブな言い回しのほうがよいことが多い。
ただし、実現性・信憑性の問題は依然として残っている。
メリットにせよデメリットにせよ、十分な説得力のあるものは生み出せそうにない。そうなると、最終手段は同情を誘うことだ。
パターンD
下記の禁止事項にご協力いただけると、職員一同大変助かります。
・ポケモン捕獲のための境内立ち入り
・境内でのポイ捨て
下記の禁止事項にご協力いただけると、参拝中のみなさまにも安心してご利用いただけます。
・ポケモン捕獲のための境内立ち入り
・境内でのポイ捨て
これが同情を誘うアプローチ。人間は群れをなすことで野生環境を生き抜いてきた動物なので、他者の喜びを自分の喜びに置き換える(共感する)本能がある。
「こうしてもらえると、幸せな人が増えます」というのは、じつは立派なメリットの提示になるのだ。言われた方も悪い気はしない。
強いて問題があるとすれば、形式的すぎるということだ。人は、見慣れたものに対しては意識が向きにくい。どれだけ納得感のあるメッセージでも、ありふれたものであればあるほど、無視されやすくなってしまうということだ。
以上を踏まえて、再度原文を見てみよう。
ステップ3. あらためて原文のよさを味わう
ポケモントレーナーの皆様へ
本日は当山にお越し頂きご苦労様です。境内に居るであろうポケモンは仏 様のお恵みです。本堂前で感謝の気持ちを込めてお参りしてから存分に捕獲して下さい。なお、境内にゴミを捨てたり荒らされますと、お寺の職員とリアルバトルになります。充分にご注意の上、お楽しみください。
「ポケモン捕獲のための境内立ち入りとゴミのポイ捨てを止めてほしい」という主張を通すための「止めるべき根拠」は何だろうか。
「境内に居るであろうポケモンは仏様のお恵みです」「お寺の職員とリアルバトルになります」というのが根拠に該当する部分だ。
が、言うまでもなくこの2つの根拠は出まかせである。これを読んで真に受ける人間はいないだろう。
ではなぜこれが説得として機能しているかといえば、ユーモアがメッセージの発信者への共感を強めているからだ。「お寺」と「ポケモン」の接点を結び付けることで、相手に歩み寄って仲良くしようとする意思表示になっている。
表現がお寺らしくないというのも有効なポイントだ。この異質さは、看板に目を留めさせ、無視させないようにする役割を果たす。
同時に注目していただきたいのは、文中で徹頭徹尾ポジティブな表現だけを使っているということだ。
本日は当山にお越し頂きご苦労様です。
この文がなくてもメッセージとしては成立するが、あえて入れている。目線を低くするためだ。
本堂前で感謝の気持ちを込めてお参りしてから存分に捕獲して下さい。
本来のメッセージは「参拝しないなら境内に立ち入るな」であるはずだ。これを「立ち入るなら参拝しよう」に言い換えている。
充分にご注意の上、お楽しみください。
「充分にご注意ください」だけでも成立するが、「お楽しみください」をつけ足している。
こうして見ると、メッセージの主軸にあるポケモンに絡めた描写だけでなく、細かい表現にも配慮が行き届いていることがよくわかる。迷惑に思っているはずの「参拝しないポケモンGOプレイヤー」に対し、徹底的に歩み寄っているからこそ、この看板を読むといい気分になり、従いたくなるわけだ。
まとめ
相手を説得・行動喚起するメッセージを作るためには、以下のやり方を試してみるといい。
・相手が動くべき理由を提示する
・ポジティブな表現に言い換える
・形式的な表現でないユーモアを取り入れる
(その際、言及対象の属性と自分の属性をこじつけでもいいので結び付けられないか考えてみる)
この「こじつけ」が機能している一例として、こんな話がある。
最近、全国各地の温泉を巡るというサイコーな仕事をしていたんですが。
露天風呂に入ってると、とある立札が目に入ったんです。
「虫さんも葉っぱさんも温泉が大好きです。もし入ってきたら、そっとすくってあげてください。」
身も蓋もないことを言えば、目的はクレーム防止なのだろう。これもユーモアを用いた共感生成が巧い。
こういったユーモアの取り入れは、日々広告屋もウンウン唸りながら考えているものなので、決して楽に思いつくものではないのだけれど、説得や行動喚起に行き詰った際には、ぜひ挑戦していただきたい。
補足:ネガティブもそう悪いもんじゃないよ
なお、念のため補足しておくと、ネガティブな表現は頭ごなしに否定されるべきものではない。これが効くケースというのも多分にある。単純に悪として否定するのではなくユーモアを利かせれば、ネガティブな要素を気持ちよく受け入れさせることも可能だ。
ダイハツの軽自動車"WAKE"のCMは、一般車種が抱える課題を表現方式だ。ただ課題を示すだけでは、一般の自動車オーナーの反感を買ってしまうが、誇張表現を用いることで、不快感を中和しつつ新鮮な印象を与えている。
ぼくのnoteでは、広告表現の知見をもとにした文章コミュニケーションの考え方について、気が向くごとに投稿を行っているので、ぜひフォローしてみていただけるとありがたい。
文:アドライター(@ad__writer)
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