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掌編小説集『いろごと/されごと』

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2019年10月の記事一覧

掌編小説『弱き者よ汝の名は女なり』

 鏡の前で呟きながら、右手の指先を顎に当てる。そして左手を右肘に添えて、思案に暮れるポーズをとってみる。  ついでに小声で、「キリッ」と擬音も添える。斜めに構えて、上目づかい。鏡の中のワタシ、けっこう凛々しい……。 「行くべきか、行かざるべきか、それが問題だ」  まてまて、ハムレット王子を気取ってみたところで答はでない。  それにわたしゃハムレットなんかより、オムレットの方が好きだね。ふわっふわの生地にたっぷりの生クリーム、イチゴかベリーが添えてあれば最高だ。果物の酸味は

掌編小説『恋の始まりは晴れたり曇ったりの四月のようだ』

 不倫なんてまっぴらごめんだ。今だってまだ、そう思っている。  けれども、好きになってしまったのだから仕方がない。燃え始めた恋の火を消す方法なんて、ワタシは知らない。障害が大きいほどに強く燃え上がるのが、恋の炎というものらしい。パッサパサに乾いていたワタシの恋心はきっと、音を立てて盛大に燃え上がることだろう。  仕事から帰り、ジャケットも脱がずにベッドに倒れ込む。前のオトコと暮らしていた時は手狭に感じていた部屋も、独りになってしまえば何とも広く感じる。  バッグからスマート