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さよなら、平成最後の夏
『真夏のピークが去った。天気予報士がテレビで言ってた。』
今年の日本は酷暑真っ只中らしい。らしいと言えるのは、避暑地となるような国へと避難しているからだ。アフリカ偏見あるあるその1として、めちゃくちゃ暑いと思われがちなのだけど、ルワンダは常に24度から27度くらいで非常に過ごしやすいのだ。
なので、今年は平成最後の夏と騒がれているのだけど僕の中から平成最後の夏の記憶はごっそり削除されることになる。
でもそんな風に夏から離れることで考えたのは、夏ってとても素敵なものではないのかということだ。今酷暑に苦しんでいる皆様からはお叱りを受けるかもしれないけれど。
こんなことを考えたきっかけは冒頭に書いたフジファブリックの若者のすべてを聞いたからだ。この歌は夏の終わりの若者のなんとも言えない心を歌っているのだけれど、この哀愁はなんたるものか。
夏というのはしばしば他の季節より、始まりと終わりについて語られる季節だ。それはきっと僕らが子供の頃の夏休みという経験とリンクしているのだと思うが、夏というのはどこか自分の知らない世界へ連れてってくれるような気がするのだ。
サマーウォーズにしろ、デジモンアドベンチャーにしろ、夏休みと田舎と冒険はもうセットといっても過言ではないだろう。そして夏の終わりを感じるような夕暮れはどこか一つの物語の終わりのような寂しさを感じさせてくれる。
また四季というのはとても日本の文化に影響しているのではないかと感じた。日本では輪廻転成という、繰り返し巡るという考え方があるけれど、まさしく四季そのものではないか。
僕らは四季を繰り返すことで、その季節ごとの記憶を回帰し、そしてまた次の年へと渡していく。そこから時間の流れや年の流れを季節の風景とリンクさせて感じているんだろう。
ルワンダでは乾季や雨季はあるが四季はない。もちろん過ごしやすさや空気の綺麗さなどそれはいいところはたくさんある。
でも、少し日本から離れてみることで、また好きになるものもあるのだなと少し気分が良くなった。森山直太朗の夏の終わりもいいんだなぁ。
大阪大学の理系学生(休学中) アフリカが足りないという言葉に魅せられ、ルワンダに4か月間のインターンシップに来ています。主にこっちでの生活で感じることを徒然なるままに綴っていきます。