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人工知能化する食〜数理科学者・松田雄馬さんと「食べる」を語る

糖質が多いのもは太るから食べられない。
目の前に出された食べ物のカロリーがわからないと、怖くて食べられない。だから誰かと外食することはとても難しい。

数理科学者の松田雄馬さんが書いた『人工知能はなぜ椅子に座れないのか』を読み、私は、栄養素や体重を気にしてしまう形で、拒食や過食に苦しむ人がしばしば口にする言葉を思い出していました。

松田さんの本にはもちろん摂食障害のことは何も書いてありません。

ですが人工知能の観点から「人間とは何か」を見つけようとする松田さんが描く世界には、現代社会を生きる上で私たちが軽んじがちな、人間を含む生き物がもともと持つ力への洞察が描かれています。

なので松田さんの本を読んだ時、「食べることに難しさを抱える人たちにもこれは絶対響くはず!」という確信から講師をお願いしました。

5月31日(金)からだのシューレ『人工知能とご飯を食べたら』のオープニングでは、今回どうしてもお話をして欲しかった、無限定空間中央制御を中心に人工知能の概説を30分でお願いしました。

時間はだいたい守れない(笑)

初めは時計を見ながら「絶対時間は守ります」と言っていた松田さん。やっぱり時間は足りなくなり、最後は時間のことは言わなくなりました(笑)

講師が時間を守ると言いながら、しっかりオーバーすることは「シューレあるある」なので、進行の磯野はいつも、どういう風に時間がなくなるのかをにやにやしながら後ろで見ています。

これまでの歴史を辿ると…

湯澤規子さん(地理歴史学)「あなたの胃袋の誰のもの?ー食と社会の200年」:最初の100年で全90分のうちの80分を使ってしまい(胃袋Tシャツへの着替え含む)、残りの100年を10分で話すという離れ業を披露。

比嘉理麻さん(文化人類学)「ブタと生きるーいのちをもらって食べるということ」:前日入りまでして丁寧に準備をしてくださっていたにも関わらず、愛するブタ「うまこ」の話におそらく時間を使いすぎた結果、質問は一人のみで終わりという結末に。

宮野真生子さん(哲学):「恋愛の哲学ーなぜ私たちは恋をして生きるのか」:婚活サイトのコピーなど前振りで盛り上がりすぎ、最後の見せ場であるご専門の九鬼周造を、3分足らずでまとめあげるという暴挙に出る

といったラインナップになっており、松田さんもこの伝統をしっかり引き継いでくださいました。

時間よりも参加者の皆さんが楽しそうにしてくれていることが大事なので、これはこれでいつものお楽しみです。

さて少々話は脱線しましたが、概説の後、無限定空間と中央制御の観点から松田さんと「食べる」を語りました。


無限定空間と中央制御の限界

無限定空間、中央制御は大体次のようなことを指します。(正確には松田さんのご著書を読んでくださいね。)

無限定空間:日々変化する私たちが生きる世界のこと。これに対し、人工知能の活躍する世界は、環境が安定していることを前提にすることが多い

中央制御:世界のありようについての情報を、完全に集められる(あるいは確率的に予測できる)ことを前提とし、それらをプログラムとして入れ込むことで、実世界で起こる様々な状況に対応させようとすること。

もう一つ、フレーム問題についても話していただいたのですが、これについては会場の皆さんとだけの共有にさせてもらいます。

松田さんのお話のポイントは、中央制御によって動く人工知能は無限定空間の中で、うまく動くことができず、この空間で自在に動けること能力こそが現在の人工知能が持ち得ない、私たち力であるという点です。

例えば、実世界で椅子に座ることのできる人工知能を作るとします。そうすると椅子とは何かという状況を人工知能に入れ込まなければなりません。

ですが椅子とはなんなのでしょう。4本足のものもあれば、3本足のものもあります。座面の形状も様々、形も様々です。加えて私たちは、道端に落ちている石や、その辺の段ボールも状況に応じて椅子のように使うときがあります。また状況に応じて座り方も変化させ、フォーマルな場では背筋を伸ばし、くつろいだ場では眠れるような体勢をとったりします。

同じ椅子しか置いていないような、環境の変化が少ない空間の中では人工知能は椅子に座ることができます。しかし実世界の、時には机すら椅子として使わなければならないような空間の中では、人工知能はまずもって椅子を認識できませんから、当然椅子に座ることはできません。

事前にそのような状況を想定して、プログラムとして入れ込んでおけばいいという人ももちろんいるでしょう。でも、無限定空間で起こりうる環境の変化は数が多すぎ、また再現性も乏しいため、それを事前に決め打ちする中央制御の形で対応させようとすると、それを作るエンジニアが先に力つきるだろうと松田さんは説明します。


食の人工知能化

 私たちの食は、常に無限定空間の中で展開されます。食べる量も、その内容も、そして食べる環境も日々変わり続けます。「ふつうに食べられる」ということは、そんな無限定空間のなかで出会う食べ物たちを、身体全体で感じ取り、それらを頂いていくということです。そしてそれができないと、私たちは、日々変わりゆく世界の中で食べて生きていくことはできません。

このように身体全体を世界と関わらせながら食べるやり方は、これは食べていい、これは食べてはならないと、あらかじめ覚えこませ、その通りに身体を従わせる中央制御の食べ方とは圧倒的に異なります。なぜなら中央制御の食べ方には、出会いに応じて食べ方を変化させる余白が存在しないからです。

このような無限定空間で食べる力が私たちには備わっているにも関わらず、昨今の私たちは自らの食を逆方向の中央制御的な食べ方に引っ張りすぎていないでしょうか。

食べ物を栄養素の観点から徹底的に数値化し、決して身体では感じ取れない科学的な概念に分解した後、専門家の提示する「正しい」知識を学び、それに従って食べること。その姿は、エンジニアがやっていいこととやってはならないことを事前に決め打ちしておくと同じ、中央制御的な食べ方です。

ですが、松田さんのいうように、この食べ方では、無限定空間である実世界に対応しきれません。中央制御的な食べかたを徹底すればするほど、私たちはふつうに食べることができなくなります。

目の前の食べ物の糖質量がわからない。
初対面の人と食べる必要がある。
いつも食べているものが手に入らない。

事前に決め打ちした状況を超える世界が目の前に現れると、中央制御的な食べ方をする人は、対応ができずフリーズしてしまいます。

私たちの社会では、食べ物は常に栄養素に分解され、そして数値化されます。その結果、その言葉を巧みに操る、全く知らない第3者の私たちの食への介入が可能になります。

専門知識を用いた言葉は整然としていて、大変説得力があるので、私たちは長い時間をかけて培ってきた、身体全体を使って、世界を感じ取りながら食べる力を、そのような言葉に明け渡しがちなのです。

私たちは正確性では人工知能にはかないません。ですが、現在の人工知能にが持ち得ない、無限定空間で生きる力を私たちは持っています。そして、その力が「食べる」ことに現れることの偉大さを、数理学者の松田さんのお話から感じました。

愉快な参加者の皆さま

今回のシューレもー

・このイベントのためにわざわざ金沢から足を運んでくださったお二人。しかもお一人は、東京2回目という完全なる修学旅行状態。

・六本木からタクシーを飛ばしたのに、開始時間を1時間間違え、ウィメンズプラザで電話会議をし、会場の電話台を机がわりにして仕事をするという、無限定空間での身体能力を存分に発揮してくださったバリバリのビジネスパーソン

・「楽しかったかな?」と心配していたら、息子さん的にも実はヒットの内容で、帰りの車内はシューレの話で盛り上がったと教えてくださったお父さん

などなど、たくさんの楽しい方が参加してくださっており、その意味で企画側も大変豊かな時間を過ごさせてもらいました。

「人工知能がご飯を食べたら」はおそらく第2回も開催されます。ぜひみなさん足を運んでくださいね。

 

歌って踊れる助産師、シオリーヌさんが再登場!

さて次回のシューレは、前回摂食障害の元当事者として登壇くださった、助産師の大貫詩織さんが、今度は本職、性教育の講師として再登場くださいます。

AV男優のしみけんさんとのトークなど、最近全国で大活躍の大貫詩織さんですが、今回のシューレでは、セックスを含めた性についていまいちど丁寧に考える大人のための性教育をテーマに講演をお願いしています。

どなたでもご参加できるイベントですので、ご関心のある方こちらもぜひご検討ください!

からだのシューレ vol.19「大人の学び直し・性教育」
2019年7月5日 (金) 19:00 - 20:45
東京ウィメンズプラザ 視聴覚室C 東京都渋谷区神宮前5-53-67

詳細とお申し込みはこちらから。

頂いたサポートは、シューレの運営、イベント企画のためにすべて使わせていただきます。ご協力いただければ大変光栄です。