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「日本企業の72%が職場でのChatGPT利用を禁止」という虚言を信じてしまう心理

ChatGPTが公開された2022年11月30日から1年以上が過ぎても、ブームは収まりそうもない。IDCが10月26日に発表した調査では、生成AIの適用を検討中であると回答した日本企業は50%となり、世界平均の49.2%とほぼ同じだった。また、年内に生成AIに投資すると回答した日本企業は32%で、世界平均の28.7%を上回った。IDC Japanは、この種の調査で日本企業の動向が世界平均を上回るのは「比較的珍しい状況」だとしている。

一方で、大手メディアが怪しげな調査結果を報道しているのも気になる。日経クロステックZD JapanITmediaインプレスなどの各社は、通信機器メーカーBlackBerryの独自調査をコピペで記事化、「日本の組織の72%が、業務用デバイス上でのChatGPTおよび生成AIアプリケーションの使用を禁止する方針である」と報じた。

2023年9月7日 – BlackBerry Japan 株式会社(本社:東京都港区、執行役員社長 Area Vice President:吉本 努、以下BlackBerry)は本日、新たな調査結果 < https://blogs.blackberry.com/en/2023/08/why-companies-ban-chatgpt-ai > を発表し、日本の組織は72%が現在、職場でのChatGPTやその他の生成AIアプリケーションの禁止を実施、あるいは検討していることを明らかにしました。

BlackBerry独自調査、日本の組織の72%が、業務用デバイス上でのChatGPTおよび生成AIアプリケーションの使用を禁止する方針であることが明らかに

誰もBlackBerryのリリース原文を読んでいない

リリースに原文へのリンクが示されているのだから原文を読もう。

New BlackBerry research reveals that 75% of organizations worldwide are currently considering or implementing bans on ChatGPT and other generative AI applications in the workplace.(BlackBerry の新しい調査によると、世界中の組織の 75% が現在、職場での ChatGPT およびその他の生成 AI アプリケーションの禁止を検討または実施していることが明らかになりました。)

Why Are So Many Organizations Banning ChatGPT?

職場でChatGPTの利用を禁止しているのは全世界の75%の企業であって、日本の72%ではない。noteでも、この報道を真に受けて「衝撃」という記事を書いている人がいるが、BlackBerry Japanのリリースが間違っているのだから仕方がない。BlackBerry Japanは、日本向けに恐らく国内の調査結果である72%という数字を使ってセンセーショナルに扱っているが、そうであれば日本は全世界より禁止率が3ポイントも低いのだ。さらに、ニュースリリースを書き写しているだけで、原文の確認すらしないメディアはChatGPT並みの虚言症(ハルシネーション)なんだろう。

より悪質なのは、BlackBerryのリリース後半だ。

“At BlackBerry, we pioneered AI cybersecurity, and we are innovating with enterprise-grade generative AI while keeping a steady focus on value over hype,”(BlackBerryは、AI サイバーセキュリティの先駆者であり、誇大広告ではなく価値を重視しながら、エンタープライズ グレードの生成 AI による革新を進めています。)

The BlackBerry View on Generative AI

ようするに、このリリースは生成AIを安全に使うには、うちのサービス使いなよ、という宣伝でしかない。over hypeではなく、hypeなのだ。

「(世界とは違って)日本企業の72%がChatGPTを禁止」を信じる心理

こういう虚言を疑いもせずに信じてしまうのは、ニュースを受け取る側の心理を考えないといけない。AIを推進している人は「逆境にもめげずにAI普及に労を惜しまない俺らは偉い」と悲劇のヒーローになれる。職場でChatGPTの活用を推進する若手リーダーを苦々しく眺めるおじさんは「言わんこっちゃない、世の中では生成AIは禁止なんだ、俺たちが多数派なんだ」と安心できる。情シスやセキュリティベンダー、ITベンダーは社内利用を規制することでポジションが作れるし、IT系メディアは「ChatGPTは危険、企業向けのAzure OpenAI Serviceは安全、マイクロソフトさん、広告案件ください」といえる。誰にも心地よい嘘が「(世界とは違って)日本企業の72%がChatGPTを禁止」なのだ。