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小説での複数の人物の会話をどう描く?~読書会で学んだこと~(下)

(承前)

1)どういう「読書会」?

私は定期的な読書会に参加しています。
この読書会がいっぱんと違うところは、その小説を観賞するというよりは(それも含まれますけど)、「小説を書く仲間」が集まって、各回でテーマを決め、プロの作家がそのテーマをどのように書いているのか、どのような工夫をしているのか、どのようなレトリックを駆使しているのか等を、持ちよったテキスト(小説の一部分)を皆読んだうえで、意見や感想を出し合うという形となっていることです。

いわば、小説書きとしての実践的な読書会、とでもいいましょうか。

これはなかなかに面白く、皆で感想を出し合うことで、気づいたり学んだりすることがとても多いのです。

2)直近の「読書会」で学んだこと~複数の人物の会話をどう書き分けるか?

さて、問題意識は、メンバーの一人から出されたもので、多人数の会話を描くとき、どうしても単調になりがちだし、分かりにくくなる。どう工夫したらよいのだろう? という悩みから始まりました。

参考文献として出されたもののいくつかを、長くなりますが引用してみますね。(分かりやすいよう人物名を太字にしています。)

(ここからが新規の記事です)

少し長めですが引用します。
参考文献③今村昌弘『屍人荘の殺人』のワンシーン
大学生たちの別荘でのバーベキューのシーンです。

 空はとっくに闇に落ち、分厚い雲が星の光を覆い隠している。
 洗った鉄板と鉄網を高木と手分けして持ち、紫湛荘の玄関前を通り過ぎると、奥のエレベーターに乗り込む誰かの後ろ姿が見えた。一瞬のことだったが、OBの出目のようだった。
「もう解散したんですかね」
「さあ……」
 広場に戻ると、片付けを終えて駐車場のそばに集まった皆の間に白々とした空気が漂っているのに気づいた。先ほどまでの和やかな雰囲気が消えさり、互いに腫れものに触れるように顔を窺い合っている。
 見回すと、やはり出目の姿が見当たらない。それと星川名張のそばに寄り添い、慰めるように何事か言葉をかけているのが気になった。
「なにかあったんですか」
 近くに突っ立っていた明智さんに訊ねると、
「よくわからんが、名張嬢が出目氏の熱烈なお誘いをお撥ねつけになったらしい」
 そういって肩をすくめる。横で高木が舌打ちした。心配したそばからこれだ。あの出目という男、一晩も欲望を抑えられないのだろうか。
 微妙な空気のフォローに回ったのは立浪だった。
「皆、すまなかったな。あいつは昔から酒を飲むと気が大きくなって、女と手の癖が悪くなるんだ。女性に振られるのもしょっちゅうでね」
 そんな奴に酒を飲ませるな。
「後で頭を冷やすように言っておこう。ちょうどいい。あいつは罰(ペナルティ)ってことで、この後の肝試しでは脅かし役に回ってもらうことにするか。いいよな、七宮
「ああ、自業自得だ」
 どうやら三人の力関係は対等ではなく、七宮立浪が実験を握り、出目は道化役のようだ。出目が他の者に対して高圧的なのはその不満のせいなのかもしれない。
 すると高木がイベントの続行に抗議した。
「肝試しは明日に回してもいいんじゃないですか。疲れている奴も多いだろうし」
 嫌な思いをした名張を始め、星川たちもうんざりした様子なのを理解しての意見だったが、一人元気なのはしたたか──いや、下松だった。高木の抗議を受け流し、すり寄らんばかりの調子で七宮に聞く。
「肝試しって、どこに行くんですかぁ? さっきの廃ホテル?」
「いや、それとは逆方向だ。十五分ほど歩いたところに古い神社があるのさ。そこから二人一組で、札を取ってきてもらう」
 彼らはどうしても予定を変える気はないらしい。こういう時に泊めてもらっている立場は弱い。七宮たちは準備をしてくるから一旦部屋に戻るようにと言い残し、広場を後にした。仕方なく俺たちも階段に向かう。
「なによ、もう。自分たちの遊びに付き合わせたいだけじゃない」
「まあまあ……。腹ごなしの散歩と思えばいいじゃないか」
 星川の機嫌はまたも下り坂にさしかかり、新藤は彼女をなだめるのに必死だった。
 その時、空を眺めていた明智さんが呟いた。
「おや、あれはなんだろう」
 見ると、東側の山の輪郭がうっすらと光っている。まるで後光のようだ。
「きっとあれですよ。サベアロックフェス。山の向こうの自然公園で野外ライブをしてるんです。きっとそのステージの明かりでしょう」
 昼間は明るくて気づかなかった。今頃こちらの静けさとは対照的に興奮と賑やかさに溢れているのだろう。
「あれっ」
 鼻が詰まったような声に振り向くと、しばらく存在感がなかった重元だった。バーベキュー中は高木の言ったとおり、戦力外と化していたようだ。彼は手元のスマートフォンを覗きながら忙しなく指を動かしていたが、なかなか続きを言わない。
「なんだよ」新藤が辛抱できずに聞いた。
「ネットが繋がらないんです。ロックフェスのことを調べようとしたんですけど」
「ああ、それならさっきからよ。ここ、電波が入らないんじゃない」と下松。
「バーベキューの前までは通じてました。確かです」
 すると他のメンバーも自分の携帯を取り出し、口々に途惑いの声を上げた。
「ホントだ。全然通じない」
「えー、ちょっと困るんだけど」
 それぞれが持っている携帯は機種も契約会社も違う。ただの接続障害だとは考えられない。
「もし何かの障害だとしても紫湛荘には電話があるし、車を使えば町まで出られるんだ。大したことじゃないさ」
 新藤の言うとおりだ。それなのに俺はいいようのない不安を抑えることができなかった。明智さんの表情を見ると、いつもなら楽しげな彼の表情もどこか冴えない。
「外部との連絡の遮断、か。これもまた現代版のクローズドサークルといえるのかもしれんな」
「でもその気になればすぐ町に行くことができますよ」
「そうだな。いつでも可能だ。だからこそ、俺たちは今それをしようとは思わない。そうしているうちに逃げ道がなくなっていくもんなんだ」
 その言葉に余計不安を煽られ、俺はいつもの癖で時間を確認しようと左手を持ち上げた。だがむき出しの手首を見て、時計をバーベキューの時に外したことを思い出す。
 皆の輪から離れ、時計を置いた駐車場の電灯の下へと向かう。しかし。
「ない」
 そこには時計を包んでおいたハンカチだけが広げられた状態で残されていて、時計そのものはどこにも見当たらなかった。風で飛ばされたとは絶対に考えられない。時計よりも軽いハンカチがこうして残されているのだから。誰かが気づかずに蹴飛ばした? それとも──。
「どうしたの」
 俺の様子を気にした比留子さんが輪の中から声を飛ばした。
「ここに置いてあった時計が見当たらなくて」
 それを聞いた名張が声を上げた。
「私がさっき見た時、時計は確かにあったわ。そんなところにハンカチが置いてあったから気になって、中をめくって確かめたの」
 皆の元に戻り、詳細を訊ねる。
「いつ頃のことですか」
「バーベキューの終わり頃かしら。出目っていう人が絡んでくる直前よ」
 広場のバーベキューをしていた場所から駐車場までは約二十メートルほど離れている。そういえば比留子さんとしおりの部屋割りを確認していた時、名張出目と駐車場の壁際にいた。その時にはちゃんと時計があったのだとすると?
 事件の匂いを嗅ぎとったのか、明智さん名張に質問を重ねた。
「途中、時計に近づいた人はいましたか」
「いなかったわ。どうにかしてあの人との話を打ちきれないかきっかけを探していたから、誰かが近づいてきたら絶対に気づいたはずよ」
 どんな内容の話だったかしらないが、出目はずいぶんと嫌われてしまったらしい。
「そうしているうちに片づけが始まったの。チャンスだと思って離れようとしたら彼が親しげに肩に手を回してきたから、声を上げて振り払ったの。そして私は近くにいた星川さんに駆け寄って、そのまま」
 俺が高木と洗い場にいる間にそんなことがあったとは。
 明智さんが一人一人に確認するような口調で話した。
名張さんが声を上げてからは、出目さんだけが時計が置いてある壁際に立っていた。それ以前にこの壁際、または駐車場に近づいた人はいますか。もしくは誰かを目撃したという話でも構いません」
 すると数人が手を挙げ、バーベキューの準備の際に駐車場の倉庫にしまわれていた器具を運び出すため近づいたと話した。だがいずれもが俺が時計を置く前の話で参考にはならない。静原が恐る恐るといった感じで手を挙げた。
「あの、名張さんと出目さんが来られてから、私はずっと様子を見ていたんです。出目さんが何だか強引そうでしたから、名張さんが心配で……。だから、お二人が来られてからは誰もその場に近づいていないと断言できます」
 名張も同意し、それ以外の証言はでてこない。以上を踏まえて明智さんは言う。
「──ということは。我々の目が名張さんに向いている隙に出目さんが時計を拾い、そのまま持ち帰ったと考えるのが自然だ」
「そういえば」
 高木が硬い声を出した。
「去年も同じようなことがあった。確か江端さんが酔い潰れている隙に財布から万札が抜かれていたんじゃなかったっけ。なあ新藤
 彼女が言う江端さんとはおそらく映研の先輩だろう。
「……そうだったかな」
「そうだとも。……思い出した。あの時江端さんを酔い潰したのも確か出目だったはずだ。けど結局彼は知らないの一点張りだった」
 もしや、先ほど立浪が言っていた手の癖が悪くなるとはつまり、出目には盗癖があるという意味だったのか。他のメンバーからも出目に対する不信の声がちらほらと上がり始め、高木出目が犯人だと確信したようだ。
葉村、取り返しに行こう。あたしも一緒に行ってやる」
「ちょっと待った。出目さんが犯人と決まったわけじゃないだろう」
 新藤が慌てる。ここで騒ぎを起こすのはまずいと顔に書いてある。だが高木も退かない。
「犯人かどうかは直接確かめればいい。それとも他に怪しい奴がいるか、新藤?」
 彼は一瞬口ごもったが、すぐさま言い返した。
「それは……そうだ、その推理が成り立つのは名張さんの証言があるからだ。けど彼女の証言が間違っている可能性もある」
名張が嘘をついているって?」
 高木が反駁し、たちまち名張の目が吊り上がる。新藤が慌てた。
「そういうわけじゃないが、彼女が勘違いしている可能性もゼロじゃない。なあ明智君」
 話を振られた神紅のホームズは表情を硬くしながら、首を縦に振った。

今村昌弘『屍人荘の殺人』より

学生たちが別荘でバーベキューを行っているシーンですね。
ここの登場人物の多さはすごいです。

登場順にまず並べます。
・高木
・出目
・星川
・名張
明智さん
・立浪
・七宮
・下松
・新藤
・重元
比留子さん
・静原
・江端
葉村=俺=語り手

この作品は、トリックこそ斬新なものでしたが、わりとオーソドックスな本格ミステリーです。著者自身もそれを意識してこの一連のシーンの描写をしていると思われます。

(上)・(中)に比べると、多くの人物は出てきますが、それぞれの人物像やキャラクターはさほど重視されていないですね。誤解を恐れずにいえば、印象が薄いです。
それでいてこのシーンが面白いのはいかにも、という王道のミステリーめいた舞台装置がつくられ、そこで推理が繰り広げられる点。

つまりここでは、キャラクターの描写よりも舞台設定やミステリーの一種の定石を描写することに力が入れられていると思われます

そう考えると、(上)・(中)とは明確な目的の違いを持って描写がされていることに気が付くと思います。

実際、ここですべてを把握できなくても、多くの伏線が貼られていることに、読者はのちに驚くことでしょう。

■最後に

ごく少数の例ですが、読書会を通じて気が付いたことを中心に書きました。
・会話を単なる物語の説明に終わらせず、上手にキャラクター(登場人物)たちの性格や関係性を示唆する。
・会話の中からテーマを浮かび上がらせる。
・会話のシーンもしっかりとした目的をもって書いていく。

こういうことを意識して、自分でも書いてみたいと思います。


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