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2016年アルゼンチン旅 あとがき

久しぶりの日本

......といっても1ヶ月半しかアルゼンチン行ってないが

冒頭のお写真はアルゼンチンの田舎式バーベキューの様子です

さて

恒例の所感をまず......

私も、いろんなひとが世界中にいて、いろいろな事情があることは百も承知ですが...

印象として

どこへ行きたいのか、本当にどこかへ行きたいのか、どれくらい行きたいのか、前へ進みたいのか、ホントは行きたくないのか?!  

何したいのかわからん人

どこ行きたいのかわからん身体の人が多いような気がします


前に行きたいなら、前に進もうよ?

前に進むためになんで腰をひく?

前に進むはずなら、なぜ身体で、一番重い頭を後ろと下へやる?

歩きたいのか、歩きたくないのか

歩きたくないなら、何したいのか?どうしたいのか?

義務感から?不安から?何のために歩くのか?

何をみているかわからない目、進まない胸、何もしてない下垂した胴体といやいやながら、しぶしぶ出る足たち

推進力のない歩き、やたら短い歩幅

私にはさっぱりわからない宇宙人のように見えるのです


地面を触らないようにしているかの動き、地面が嫌なのか?!
空間にあとをつけない動き、影響をなるべく与えまいとしているかのような動き

なるべくスペース取らないようにの配慮なのか?まるで生きてないみたいに思える悲しさ


だらんだらんとただブラ下がるだけの腕.......なんも感じてないのかな?

捨てられる足が哀れ

立ってない胴体、みんなで重力に負けてどーするー?とツッコミます

究極の省エネ、まさかの!「受け身」なのかしら?


さて...「『いつか』やりたい」と言っていることは、たいしてやりたくないことと実感した1ヶ月半の今回のアルゼンチン滞在でした

そう、いつかって...

毎月あちこちで聞きますけど、一体いつのことなんだろう?

そんなことを感じ考えた久しぶりの日本での今週でした

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お写真はアルゼンチン、ウシュアイアの刑務所!あとです

地の果てでいろいろな事情で犯罪者(と冤罪もあった時代でしょう)が独房にいたのか...

いつの時代も、ありえたかもしれない自分、ありうるかもしれない自分に置き換えて、想像する職業病も悪くないと思ってます

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