見出し画像

KGB強制収容所

エストニアに来ている。

今朝、タリンのKGB強制収容所跡地に行った。
私の泊まった宿から徒歩15分、旧市街の真ん中にある建物だった。
街の中に、普通にあり過ぎだった。
塀に囲われているわけでもなく隣の家と密接していて、そこから徒歩30秒の距離に教会がある。

入って皮膚が粟立った。
去年アウシュヴィッツ・ビルケナウに行ったとき、「あれ、想像してたより平気……」と思ったことを思い出していた。
ここの何が、身体に作用してるんだろう。
(あるいは今の日本の状況が去年とは違っているからとか、受信側の問題もあるかもしれない。)

「建物の壁が証言している」というキャプションが添えられて、ひと部屋目の監房では映像が壁にプロジェクションされていた。

砂で絵が描かれ、どんどん上書きされて物語が進んでいく。
砂の絵は、砂で図が描かれたかと思うと、今度は置かれた砂が脇へ除けられてできた空白部分が図に変わったり、図と地の関係が目まぐるしく変わり続けることで成立している。
エストニアにソビエト軍が侵攻してきて街と人を占領・支配し、ドイツ軍が取って代わって、またソビエト支配に戻り、たくさんの人がシベリアに送られて……

描かれているもの自体は、脆くてはかない。
どんどん変形させられ、消されていく。
描かれるものより、描いて描いて描いていくアーティストの影が重要なんだと思った。

エストニアに限らず、支配してきた国々でKGBのやったことの証拠をロシアは消そうとしていて、独立した国々はそうはさせじと、残されたものを公開しつつあるそうだ。
でもそれが実現され始めたのは本当に最近らしく、このKGB PRISON CELLSが公開されたのも先月末ということで、びっくりした。
http://balticguide.ee/en/tag/prison-cells/

この房に入れられた人が何か刻んで、それが削り取られて無くされて、ということがこの壁にあったかもしれないと思った。
この壁にこの映像を映して見せることには、強い意味があると思った。

今までライブペインティングに価値を感じたことがなかったけれど、これはとても身体的に感じるところが大きかった。
(彫刻の人がパフォーマンスに行きがちなのも、何なのと思ったことしかなかったけれど、なんかこういうことなんだろうか、と思ったりした)

2013年にベルリン郊外のザクセンハウゼン強制収容所跡地に行ったとき、大戦の終わりの方にソビエト軍がやって来て、「ナチスの悪行から我らが人々を救った」という記録を残したんだけど、後から連合軍が来てみたらソビエト軍がナチスに対して同じかそれ以上に酷い扱いをしていて、「いやいや我々こそが悪を排除した by連合軍」ということが最終情報として提示されていて、そのときは「上書きされてしまうんだ……」というのが私の最終的な感想になっていた。
でもどんなに言葉を駆使して(ときには事実をねじ曲げて)記録を作ったり消したりしても、上書きは上書きに過ぎなくて、あったものはあった。

ということを、今日は思った。
(上書きしていくことで描かれるアニメーションなのにそれが感想になるのは、なんだか矛盾している気もするけれど)

↑これは入って来たドイツ軍が、ソビエトを馬鹿にしているところ。

外へ出たら、やはり大変明るい普通の街で、変な気持ちだった。

「連行されるのはいつも夜中だった」と言ったって、周りの人は絶対絶対分かっていて、それでもそのことは絶対言えなくて、「普通」に暮らすしかなかったと思うと……。
(そして支配する側は、その状態をよく理解した上で積極的に利用していたと思うと……。)

その後、占領博物館にも行った。
入口の言葉が印象的だった。

今回は時間切れになってしまったけど、ここもすごく気になった↓

ホテル・ヴィルとKGB博物館このホテルは現役のホテルで、外から見るとそこにワンフロアあるようには見えない、隠された13階があるらしい。
エストニアに行く機会のある人がいたら、行ってみて話を聞かせて欲しいです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?