居場所を求めて〜メンタルトレーニングに出会って資格取得するまでの道のり①〜

私は、心理学とスポーツ心理学を専門とするスポーツメンタルトレーニング指導士です。スポーツ心理学研究では博士号(学術)の学位も取得しました。今はトップアスリートや指導者、教員、保護者、医師、ビジネスパーソンといった様々な方のメンタルトレーニングに携わっていますが、私自身はトップアスリートではなく、医師でもありません。そんな私が信じられるものは「心理学の知識を“持っていること”」、いや、正しくは「心理学の知識を持つに至るプロセスと、知識を活用して実践してきた経験が自分に“在ること”」です。

では、そもそもなぜ私がスポーツ心理学やメンタルトレーニングの勉強を始めたのかは、2002年、大阪府立天王寺高等学校に入学したことに遡ります。中学校時代は陸上競技部に所属していましたが、高校進学を機に、大学受験に向けて勉強も大変なのはわかっていたので、それでも時間をかける部活動は、今の自分が一番やりたいスポーツをすると決めました。そこで、学生時代サッカー部だった父の影響で、記憶にない幼少期からボールを蹴って遊ぶのが日課だった私は、「女子サッカー部を創ろう!」と勧誘ポスターを作成し、入部を呼びかけました。しかし、入部希望者は0人。でもこの集まらなかったことが、結果的にはメンタルトレーニングとの出会いに繋がるのです。

私は当時のサッカー部の顧問、今でも私の人生の恩師である先生のもとを訪ね、「サッカーをしたい」という想いを伝えました。すると、「天高サッカー部は男子サッカー部ではない、サッカーを愛する者の部だ」という力強いお言葉が!こうして私はサッカー部へ入部しました。先生はサッカーにおける心技体の重要性を感じ、当時出版されていたメンタルトレーニングの書籍を元に、サッカー部にメンタルトレーニングを導入していました。サッカー強豪校でもなく、進学校の部活で、しかも15年以上も前からメンタルトレーニングを導入していたのは珍しいことだったと思います。これが私と「メンタルトレーニング」との出会いでした。

そして、本来は監督である自分がメンタルトレーニングの指導もするのではなく、他の誰かがこの役割を担ってくれることがベストだと以前から考えていたという先生は、「熟読すること」と一言だけ言って、ジムレーヤー著の「メンタルタフネス」という一冊の本を私に手渡しました。先生の考えなど全く知らない当時の私は、「えっ私がメンタル弱いってことかな?」と思いながら熟読しました。

その直後のサッカー部のミーティングの時です。先生が「選手の中から一人、メンタルトレーナーという役割を担ってもらおうと考えている」という話をされました。それを聞いた私は、「え!?まさか私のことか!?」とドキドキしながら返却しようと手に持っていたメンタルタフネスの本を握りしめたのを、今でも鮮明に覚えています。そして、ミーティングが終わると私を読んだ先生は、またもたった一言「やるか?」と聞き、私はその場で「やります」と即答しました。これが私と「メンタルトレーニングを伝える立場」との出会いでした。私が高校一年生の冬の出来事です。

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