窃盗

 

つい最近話を聞かされたばかりだからまだ全然整理がついていない。


あの人はもうここに住まないし、多分もうよりは戻らないだろう。
修復はないだろう。
彼女を思い出して笑顔になるのは時間がかかるだろう。
そのことがリアルな真実として、まだ納得がいかない心の中にただショックな音をたてて響いてきていた。   
『アムリタ 下』よしもとばなな 


空気が、別れの気配を吸い取って静かによどんでいる。昨日まで、この時間には同じ屋根の下で眠っていた人が、多分永久にその暮らしに戻ることはない。
どんなに言葉で言おうとしても、その圧倒的によせてくる淋しさの力にはかなわなかった。打ちのめされて、泣きそうになった。泣ければもっといいのだろうが、起こったことの妙な遠さに、ただとにかく息がつまるだけだった。
 『アムリタ 下』よしもとばなな 


彼女に対する思いを心の中で言葉にするうちに「思い出して笑顔になるには時間がかかるだろう」というフレーズが浮かんできて、調べたらドンピシャだった。今のわたしの感情はこれです。


9ヶ月続けたバイトを今月(8月)辞める(はずだったが事情が事情なので続けることになった。この時はまだ辞めるつもりで感傷的)。はじめての長期バイトで続けられるかすごく不安だった。短期バイトで働き始めからから辞めるまでを指折り数えるような働き方しかしてこなかったから、それはもう不安だった。

でも職場は同世代の年上の女の方ばっかりで、すごく楽しい職員さんたちで、みんなで話している時は頬が引き攣るくらい笑っていた。女子校の雰囲気によく似ていた。

正社員さんが3人いた。仕事をよく教えてくれ、優しく気遣ってくださって、お姉さんがいたらこんな感じなのかなあと思ったりもした。バイトは大抵朝から夜までやっているので、2回ある休憩で一緒にお昼を食べてタピオカを飲んだ。

その正社員さんの一人が、みんなの財布からお金を抜いていることが、分かった。(文字にすると重さが違うな……)

発覚は別の職員さんが気づいたからだが、多分常習犯で、抜かれていた自覚のある職員さんもいた。

この気持ちをどう表現すればいいのだろう、わたしはアホなので財布に今いくら入っているか把握してなくて、でも大金は持ち歩いていないから多分そんなに抜かれてないんだと思う、全員の財布をチェックして抜いている感じだった。


女だけの職場なので距離も近く年も近く、部活みたいな感じだった。仲が良かった。


正月絶対出勤しなければいけないバイトだったので帰省せずに一人暮らしの家にわたしは残ったのだが、大晦日の出勤がその人と被り、「今年一番最後に会う人は◯◯さんでしたー」なんて話をして別れて、疲れて正月1日寝ててあけましておめでとうのLINEすら明日どうせ全員に会うからその時に言えばいいやと思い送ってなかったのに、◯◯さんだけ年明け時間ぴったりにおめでとう!とLINEをくれた。純粋に嬉しかったし、わたしが「◯◯さんが最後」と言ったのを嬉しく思ってくれてるのが文面から伝わってきて、心が暖かくなった。

気前のいい人で、「これこの前話してたやつ!」となんの脈絡もなく物をくれることがしばしばあった。本当にお姉さんみたいだった。

一緒にいて絶対この時盗っていただろう、という時間があることに苦しくなるし、異様にケチなのにブランド品にこだわるところ、彼氏に貢ぐ癖……思い出すととにかく苦しくなるし、同じくらいで憎い。時給1000円行かない職場でお金を稼ぐのがどれだけ大変か。泣くのを我慢しているみたいな喉に何かがつかえている感覚が消えない。

さっきLINEを見たら使っていないグループが上に上がってきていて、「◯◯がグループを退出しました」と書かれていた。

行き場のない気持ち。

駅で別れる時にっこり微笑んでくれるのが好きだった、勝ち気で強い女なところも、なんだかんだ彼氏とうまくやって幸せそうなところも、彫りの深い美しい顔に施されるメイクや煌びやかな爪、センスの良い小物、なんだか恋していたみたいに思い出す。あるいは故人のような。故人ならまだ救いようがあった。綺麗な形で思い出せるから。全部だめになった。


もう二度と会うことは無い。どうなったか知ることもない。職場で働いていると、◯◯さんはここでいつもこうしてたよなとか思い出してしまう。気持ちの整理がつかない。憎い憎い憎い淋しい。好きだった。

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