「全裸監督」の題材となったセクシー女優さんの「権利処理」はすべきだったか

お待たせしました。お待たせし過ぎたかもしれません。

AkifumiMochizukiさんよりバトンをいただきました、マギー住職を申します。本記事は、法務系Advent Clendar2019(#legalAC)のエントリーです。

【傑作「全裸監督】

みなさんNetflixで配信中のドラマ「全裸監督」はご覧になったでしょうか?
私は観ました。とても良いドラマでした。まさか自分が、駅弁ファックで涙するとは思っていませんでした。これを観るためにNetflixの会員になり、今でも解約はしていません。思う壺。

さて、そんな「全裸監督」ですが、各所でその出来の良さが賞賛される一方、こんな指摘がありました。

Netflix「ご本人は関与されていません」
https://joshi-spa.jp/946821/2

ご覧になっていない方のために簡単にご説明すると、本作は、一世を風靡した実在のセクシー女優(以下、「Aさん」とします。※1)と、彼女を見出したとされる実在の映画監督の、波乱の人生を描くものです。

本作にAさんは活躍当時の名称で登場しています。したがって、
彼女の全盛期を知っている世代にはそれを思い出させ、
知らない世代には新たに彼女の名前を知らしめることになりました。

Aさんは、90年代前半に活動を事実上引退し、その後は彼女について注目を集める報道等を行うメディアに対し、複数回訴訟を提起しています。

訴訟の提起は、彼女からの明確な「そっとしておいてほしい」というメッセージだと思いますが、「全裸監督」のヒットにより、そのメッセージはことごとくかき消されたわけです。

【自己紹介】

Advent Calenderへのエントリーは初めてなので、私の経歴を簡単にご説明します。

法務歴は約15年です。旧司法試験の受験経験はあるものの、無資格法務部員です。
前職場は放送局のIT子会社でした。
現職場はいちおうIT系だとは思うのですが、ビジネス領域が広すぎて、私は勝手に「IT商社」と呼んでいます。

前職では、テレビ番組に関連したコンテンツを配信することがあり、ドラマの出演者さんの「待ち受け」(懐かしい)や、「ボイス」(懐かしい)の配信のための権利処理を、よくやりました。
現職では、1度だけですが「セクシー女優さんの権利処理」のような案件に遭遇したことがあります(後述)。

こんな感じで、私の法務人生は、おおむねエンタメの近くにありました。
そして個人的にも、映画やドラマや演劇のエンタメが大好きです。

ですので、「全裸監督」が良いドラマであればあるほど、話題になればなるほど、上記の指摘が、喉にひっかかった小骨のように気になってくるわけです。

【「全裸監督」の題材となったセクシー女優さんの権利処理はすべきだったか】

後ほど詳細に検討しますが、この問いに対して、法的な問題という意味ではあまり見解の分かれるものではないのではないかと思っています。
だからこそ、Netflix側は、Aさんにコンタクトを取らずにことを進めたのではないかと思います。

・・・が、本当にそれでよかったのか?
もし私がこの件を事業部から相談された法務部員だったら、どのようにアドバイスするか?
というのが、本エントリー書く上で私が考えたことです。

【前提】

1 本作は、本橋信宏さんという方がお書きになった書籍「全裸監督 村西とおる伝」を原作としたNetflixオリジナルドラマです。
この著書にAさんは複数回登場するものの、Aさんは執筆自体にはまったく関わっていないと推測されます。

2 前述の「女子SPA!」の報道によると、本作の制作・配信に、

「村西さん同様、Aさんご本人は関与されていません。
あくまでも本橋信宏著『全裸監督』という原作に基づいた作品です。
権利関係に関してこれ以上お話しできることはありません。」(Netflix)

とのことです。

3 私はこの問題について、報道されている以上のことは知りません。


【法的検討】

1 Aさんに実演家としての権利があるか
本作にAさんご本人は出演していません。
また、本作にAさんご本人の過去の映像や音声が登場するということもありませんでした。
演技を行った実演家は、その実演について録音・録画したり、放送・優先放送したり、送信可能化することなどに関し権利(著作者隣接権)を持ちますが、本件では過去の実演も含めて使用がありませんので、Aさんが実演家としての権利を主張することは難しいでしょう。

ちなみに、本作に出演しているAさん役の女優さん※2が、「Aさんのものまねをしている」と考え、そのようなものまねがAさんの実演家人格権を侵害すると考えることはできないでしょうか。

実演家の権利が及ぶ範囲は、すべて当該実演それ自体に限られます。
したがって、歌手である甲の歌唱(実演)を乙が声帯模写した場合のような、当該実演の物真似には及ばない。
(岡村久道「著作権法<第4版>P335)

実演家人格権からのアプローチも、難しいようです。

2 芸名がそのまま使われていることについて、Aさんは何か権利主張できないか
「A」は、本名ではなく芸名だそうです。
本作では、「朝まで生テレビ」のシーンがありますが、田原総一朗さんらの登場人物については配慮がされ、仮名になっています(その仮名化に意味があるのかは別)。
ところが、Aさんだけは、「A」のままです。

Aさんはセクシー女優として活動していた時期、自身をあらわす名称として「A」を使用していたわけですが、このことを根拠に何か主張はできないでしょうか。
例えば、芸名のパブリシティ権が侵害されたという主張です。

芸名については昨今、能年玲奈(のん)さんの件などが話題になりました。
また、音事協が作る芸能人の専属契約ひな形について、公取の要請により見直したという報道も記憶に新しいところです。

芸能界の闇に公取が切り込んだ」は本当か ジャニーズ問題で注目を集めた両者が目指す芸能契約の近代化と日本の特殊事情

新しい「標準契約書」は公開されていないようで確認ができませんでしたが、過去の「専属芸術家統一契約書」には、芸名について以下のような記載がありました。

第4条
1.乙(タレント)が第7条の業務を行うに際して用いる芸名に関する一切の権利は甲(事務所)に帰属します。
2.乙が第7条の業務を行うに際して自己の氏名を用いる場合には、これを芸名とみなします。
3.乙がこの契約の存続期間中に使用した自己の芸名を契約終了後に使用する場合には、乙は事前に書面による甲の承諾を得なければなりません。
4.乙が前項の承諾を得ずに自己の芸名を使用した場合には、乙は甲に対し、無断使用によって甲の蒙るべき一切の損害について賠償しなければなりません。その場合に、甲は、無断使用によって乙が得るべき利益の額を甲の蒙るべき損害の額とみなすことができます。
(久保利英明他著「著作権ビジネス最前線<第3版>」P132)


そうか能年玲奈さんはこの条項にやられたのか、という感じですが(新しい「標準契約書」ではこのあたりも修正されいるんですかね?)、
仮にAさんの芸名についてこのような明確な契約が存在しなかった場合(AV業界という特殊性と時代背景を考えると、存在しなかったのではないかと推測しています。)、Aさんご自身は「A」という芸名について自身のものであるとしてパブリシティ権を主張できるでしょうか。

① 「A」は、Aさん自身のものか
「A」がAさんの本名であればともかく、芸名です。
「A」は、Aさん自身のものといえるでしょうか。


・・・調べたのですが、よくわかりませんでした。誰か教えてください。

前述の記事にもある「事務所としては、(タレントが)売れるまでに多額の投資をして、歌や踊りや演技をトレーニングし、さらにテレビ局などへのプロモーション」する、という理屈からいくと、本名ではない芸名については、本人ではないところに権利があるという整理にも、納得感はあります。

ただ、こと問題は、「名前」です。本名であるか否かにかかわらず、その氏名とご本人には強い結びつきがあります。
それを、売れるまでの投資という、金銭面からの観点だけで権利帰属を決めてしまうということには、いささか疑問が残ります。

・・たとえば、上記の「専属芸術家統一契約書」にはあえて「乙(タレント)が第7条の業務を行うに際して用いる芸名に関する一切の権利は甲(事務所)に帰属します。」と記載があるところ、このような取り決めがない場合は、芸名「A」はAさん自身に帰属する、と考えるのは・・・無理筋ですかね・・?


② 仮に「A」がAさん自身のものであった場合、Aさんは「A」のパブリシティ権を根拠に本作について何か言えるか。
パブリシティ権については、みんな大好き「ピンクレディー判決」が、以下のような基準を示しています。

肖像等を無断で使用する行為は、
①肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用し、
②商品等の差別化を図る目的で肖像等を商品等に付し、
③肖像等を商品等の広告として使用するなど、
専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合に、パブリシティ権を侵害するものとして、不法行為法上違法となると解するのが相当である。

んーーーーーー、ちょっと難しそうですね。

本作においてAさんは重要なファクターではあるものの、やはり主題は村西監督自身のエピソードです※3。
芸名「A」について、①ブロマイドのように肖像自体が売り物になっているわけでもありませんし、「A」という名前を入れただけで一定の価値がつくグッズ(アーティストのライブグッズとか)を販売しているということでもありません。
②「A」という名前を付したことで本作が他のドラマ・映画から差別化されている、という説明ももしかしたら可能かもしれませんが、ちょっと弱い気がします。
③「A」という名前を広告として使用もしていません。

ちなみに、その権利者は誰かということはさておき、芸名を商標登録し、商標権に基づいて権利主張するということも考えられますが、残念ながら「A」の登録はありませんでした。

【法律論を離れた検討】

1 雑誌社に対する訴訟
Aさんは事実上の引退後、彼女について書かれた記事を出版した出版社複数社に対し、訴訟を提起しています。

そのひとつである、徳間書店(当時の社名は「芝ホールディングス」)に対するものの一審判決を読むと、「週刊スペース芸能」という雑誌の記事に、

①活躍していた当時の、私生活に関わる事実が掲載されている。
②Aさんが出演していた「裏ビデオ」の内容を詳細に描写する内容が掲載されている。
③活躍していた当時のAさんの当時の写真等が掲載されている。

ことを不服として訴えを提起しています。

本作は、フィクションではあるものの、彼女の「私生活」が重要なファクターとして描かれています。
また、前述した通り、彼女の役名は仮名化されずそのまま登場していますし、彼女の活躍当時の風貌や立ち振る舞いをかなり再現した内容にもなっています。

雑誌社に対して訴訟を提起するまでに、私生活の開示や当時の写真の使用を嫌っていたAさんが、本作を「(雑誌の内容とちがって)フィクションだから良いか」と許せるものでしょうか。

少し話は脱線しますが、私が現職で遭遇した「セクシー女優さんの権利処理のような案件」というのは、あるセクシー女優さんの肖像を、ある商品に使うというものでした。
肖像といっても着衣の写真で、商品はアダルトビデオなどではない、一般に街中で見かける商品です。

一方、前職の放送局子会社で私が経験していた権利処理のやり方は、通常の契約業務です。
タレントさんの肖像の使用態様などを記載した契約書を事務所に送り、事務所と内容の合意をし、事務所との間で調印するというものでした。
当然ですが、当該実演家さん(俳優など)に直接内容のご説明をしたり、当該実演家さんに直接押印したりしてもらうといったことはありません。
当該実演家に対しては事務所の方から適切な説明がなされ、了承がとられているということが大前提です。

ところが、上記のセクシー女優さんの件では、まず事業部は、契約書の他に、肖像の使い方を非常に分かりやすく説明したパワーポイントの資料を用意していました。
そして、そのパワポを使って、まずセクシー女優さんご本人に、今回の案件のご説明を直接するということでした。
そして契約書の署名欄には、所属事務所の印はもちろんのこと、セクシー女優さんご本人にも押印いただく予定だとおっしゃっていました。

「仮に、商品が制作されて発売された後にセクシー女優さんから待ったがかかったら、どうするのですか?」と伺ったところ、「そのようなことが生じないよう事前に丁寧に調整はするが、仮にそのようなご要望があったら、おそらく商品を回収すると思う」とのことでした。※4


私が事業部に「全裸監督」の件を相談されたら、まず、Aさんへ事前にご説明して了承を得ることはできないのか?と問うと思います。

2 了承が得られなかった場合
では、Aさんの了承が得られなかった場合は、どうしたらよいでしょうか。
Aさんの引退後の振る舞いを見ると、到底了承は得られないことが予想され、そうであるならば、また、Aさん側に文句を言う法的根拠が薄いのであれば、藪蛇にならないようにコンタクトすら取りたくないというのが、おそらく事業部の本音です。

これについて、私は明確な回答は持ち合わせていません。

でももし私だったら、まず、Aさんの了承が得られないにもかかわらずその作品を作る意義を問うと思います。

エンタメ好きの端くれとして言わせてもらうと、視聴者はバカではありません。何のポリシーもなく1週間で作った作品は、1週間で飽きます。
炎上狙いで過激な題材を扱っても、尖ったキャッチをつけても、そこに問題に向き合う真摯な姿勢がなく、できうる限りのリサーチや検討がなされなければ、ネット上で叩かれて、引っ込めて終わりです。

ひとりの人間の「そっとしておいてくれ」というメッセージを踏みにじってまで、本作を世に出す意義や覚悟があるのか、と、問うと思います。

そしてさらに現実的な視点としては、起きうる最悪のことを想定して、それに対応する労力とコストを覚悟できるかという点も確認すると思います。

起きうる最悪のこととは、Aさんご本人からの抗議(訴訟の提起も含む)、視聴者からのクレーム・社会問題化、作品の配信中止、スポンサーの引き上げ・賠償請求等々です。

「そんなことが起きたら対応できないし、会社潰れちゃう・・。起きないといいな・・。」程度だったら、「やめちまえ」と言うと思います。


【まとめ】

とりとめのない話になりましたが、法務をやっていると、「法的にはセーフだが、それ以外の観点から見ると微妙な案件」に遭遇することがけっこうあります。
その点にどこまで口を出すかについては、その会社での法務の立ち位置、事業部との関係性、案件の特殊性等によってケースバイケースとしか言いようがありません。

本件については、作品のクオリティを絶賛する意見が多かった一方で、「Aさんに了承を取らないなんて法的にアウトだろ!」という意見も目にしましたので、ほんとうにそうかな?と思い、題材にした次第です。

特に「法的検討」の箇所、ご意見やご指摘等があれば、歓迎します。
ぜひお寄せください。

次は有賀之和さんです。ナイスですね!


※1
「全裸監督」についてググれば彼女の名前はカジュアルに登場しますが、後述するように、彼女は話題になることを望んではおられません。とすると、本エントリーでも、なるべくその意志を尊重したいと思っています。

※2
森田望智さん。素晴らしかった。監督に二回戦をねだる姿が、女性でヘテロセクシャルの私ですら、ぐっときた。

※3
原作である本橋信宏著「全裸監督 村西とおる伝」も読みましたが、原作では、よりAさんの存在はエピソードのひとつに過ぎない扱いになっています。

※4
誤解を避けるために念のため言及しますが、「AV強要問題」について事業者側から言い訳をしているわけではありません。「AV強要問題」は過去に存在し、おそらく現在もなくなってはいないと思います。この問題を撲滅するために日々活動されている方々には、敬意を表します。

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