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轍(わだち)のさき子さん

カラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラ…

今日もこの快音が近づいてくる。

もうずっとやっていないタバコ屋を通り過ぎるタイミングで決まってしてくる音。

振り返れば机に突っ伏したまま登校しているクラスのマドンナさき子さん。

机の足と椅子の足に計8つの駒がついている。

上履きを履いたままの両足は少し浮かしている。

タバコ屋を右に曲がると1分で校門なので、僕は早歩きすることもなく、下駄箱で上履きに履き替え、階段手前に到着。

と同時にさき子さんが僕の左横にピットイン!

…カラカラカラカラカラカラカラカラキーーーーーーバサン!

どういう原理で急ブレーキしてるの?とは聞けずにもう3週間が経つ。

僕が呼びかけるまでもなく適当な他3人が集まって、

 せーーのっ

で持ち上げて階段を上がる。

さき子さんは突っ伏したままで、さき子さんごと持ち上げて上がる。

なので机と椅子の相対高度を変えずに歩幅やスピードにも気を遣いながら運ぶ必要がある。

スカートに気遣って椅子は女子、机は男子と暗黙で決まっている。

今日もさき子さんの突っ伏した後頭部からシャンプーかなんかの上品な香りがする。

ここがさき子さんといちばん近づける瞬間で、同時にいちばん遠く感じる瞬間でもあり、いつも泣きそうになる。

さき子さんが転校してきて2日目で、さき子さんってどんな顔してるの?と聞いた男子が次の日めっちゃ腕を骨折して登校してきて、軒並みその類いの質問をした男子が次の日に高熱で倒れたり両親が離婚したりしていた。

階段を上がりきる2段手前くらいでさき子さんの駒はキュイーーーーンとミニ四駆を持ち上げたときのようなモーター音とともに待ちきれん待ちきれんとばかりに駆動し、僕らが廊下の進行方向の左へ半回転させ、

 せーの

とそっと置くやいなや散った火花に目をかばい終わって薄目を開けた頃には20メートルはある廊下を渡り切って奥の3-5の教室に急カーブで入っていく小さなさき子さんがギリ見えた。

 あっかん!腰やったかも!

という声に目をやると椅子を持っていた女子の1人が腰を押さえながら片膝をついていた。

 え、大丈夫?

と僕と他2人が口々に声をかけるが、

 大丈夫大丈夫!さき子さんのせいじゃないから!私が悪いから!

とわざとらしく背筋を伸ばして3-2の教室に逃げるように飛び込んでいった。

 (あした、死ぬかもな…)

僕はそれもいいかと笑みを浮かべた。

左腕の点の火傷を人差し指でさすりながら、愛おしい轍を歩いていった。

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