観測者二次創作SS:ある局員の日常 中層

ヴィルーパ中層。
「あー・・・。」
寝起きでしょぼくれた目を細め、ゲート付近の人込みを遠くから見ている。

彼女・・・総務部ソルベノ局員はいつもの癖で三日ほどラボで働きづめた。
流石に部長も見過ごす訳にはいかず、つい先ほど「仮眠所を住処にするな。休め」とどやされ、ラボを追い出されてしまったところだ。
意識していないと、このように働き詰める癖がある。

(とはいっても、予定も何もないし・・・)
どうしたものかと懐を探り、煙草を取り出そうとするが・・・直後に禁煙区域と気づき、渋々と煙草をしまう。
充てもなくさ迷っていたが、このままでもいけないと思い、近くに見つけたスパ&クリーニングへ入ることにした。

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スパ&クリーニング『オイガミ』
日々の疲れを癒し、着ている衣類や靴に至るまで洗濯・乾燥をしてくれるというコンセプトの銭湯だ。
ビジネス街や観光区を中心に、比較的人気のあるスポットである。

ソルベノはオイガミへ入店し、「女性」と書かれた暖簾をくぐりトークン販売機へ向かう。
オイガミでは料金に応じて各種サービスの質を選ぶことができる。
自販機の前で少し思案し、「マツ」と書かれたボタンを押す。
値段が表示されたのを確認し、給与口座が紐づけされたカードを差し込む。
こうすることで口座から料金が引き落とされる仕組みだ。偽造や複製などは意味をなさない。

「ご来店、ありがとうございます。ごゆるりと。」トークン販売機から、専用トークンとともに合成音声の案内が流れる。
ソルベノはトークンを受け取り、指定されたルームへ向かう。

マツはオイガミでも良質なサービスを提供される。
個室の浴室に衣類の丁寧なクリーニングにプレス。そのサービスからビジネス区画で好評のようだ。
観測者でも何名かが愛用していると聞く。

「えーと・・・マツ、マツ・・・マツの・・・188・・・ここか。」
びっしりと構えられた個室のドア。
おおよその検討をつけ廊下を進み、目当ての部屋へたどり着く。
ドアに設けられたトークン受けにトークンを差し込むと、ドアロックが解除された。
ドアを開け、部屋へと入る。

室内は脱衣所と浴室に分かれており、洗濯物は専用のかごへ入れるようになっている。
ここのかごへ入れると、回収レールによって回収され、徹底したクリーニングがなされる。
今日の服はラボにいても不自然じゃないようにスーツだ。
問題なくクリーニングしてくれるだろう。

ポケットに入っているものをすべて取り出し、専用のロッカーへ放り込む。
いかに優れたクリーニングシステムといえど、ポケットの中身まで分別はしてくれない。
衣類を脱ぎ、かごへ随時放り込んでいく。ジャケット、Yシャツ、ネクタイ、パンツ、シャツにショーツにブラジャー・・・。
全てを入れ終わり、「洗濯」ボタンを押すと衣服を載せたかごは奥へ引き取られていく。
かごには部屋ごとの電子タグがつけられており、決して間違いが起きることはない。
かごのそばにある液晶にクリーニング終了予定時間が映し出された。

それまでは浴室でゆっくりしていればいい。
眼鏡をはずしタオルを片手に浴室へと入る。
程よく温まった床、ほんのりと漂ういい香り。
全てがリラックスできるように配慮された空間だ。
シャワーのスイッチに触れると天井からお湯が出てくる。
「ふーぅ・・・」
眼を閉じ温かいお湯を浴び、息をつく。

お湯を浴びて初めて分かるが、体にこびり付いていた見えない疲労感や汚れというのが流れ落ちていく気がする。
暫く浴びた後にシャンプーを手にとり髪の毛を洗っていく。
毛穴や頭皮にまとわりつくものを根こそぎ落としていくと、頭が次第にすっきりと冴えてくる。
そのままボディーソープとタオルで一気に体も洗っていく。

身体がすっきりした。
顔をタオルで拭い、湯船に浸かる。
足を十分に延ばしてなお余裕のある広さだ。
「・・・いい匂いするな・・・くぁ・・・」
程よい水温に包まれ、入浴剤の香りを吸い込むと再び眠気が襲い掛かる。
大きくあくびをしながら、時間まで転寝をすることにした・・・。

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「あー、すっきりした・・・。」
時間ぎりぎりまで堪能したソルベノの表情は、幾分かすっきりとしていた。
くたびれていたスーツは、まるで新品を卸したようにぴしっと決まっている。
さながら上層企業のオフィスレディーといった雰囲気だ。
・・・一応観測者は上層企業だが。

さて、身なりが落ち着くと物足りなさがこみ上げてきた。
思えば昨日の夜から何も口にしていない。
「そうだな・・・やっぱり、腹ごなししたいなあ・・・。」
独り言を呟きながら、空っぽのお腹をさする。

今日は少し多く食べたい気分だ。
オイガミを出て少し歩くと、飲食店が立ち並ぶ区画に出た。
ゲートからそう遠くないとあって、中層・下層の入り混じったなんとも言えない雑多性がある。
「さて・・・」
ぼんやりと辺りを見回し、何を食べようか考える。
合成肉ステーキ・・・良い。だが、最近は脂っこいものばかりだったのだ。
では、さっぱりと・・・栄養食として完璧なわかバランス食品をテイクアウトか?いや、違う。
そうではないのだ。

今は程よくお腹に重量感を感じたい。
しかし、それは脂をしたたらせる高級肉でも合成肉でもない。
もっとお手軽な・・・ファストフードほどではないものを食べたいのだ。

「んお・・・?」
そんなことを考えながら歩いていると、ふと看板に目が留まる。
看板には【合成麺&ドンブリ サークル・トータス】と厳かな字体で描かれていた。
そういえば、とラボ内での会話を思い返す。

最近中層に出来たリーズナブルなヌードルとドンブリ・ライスを供する店がある。
程よい値段でそこそこの量、味は決して上等ではないが素早くありつけると評判、らしい。
「確か・・・あそこだな・・・。」
今の腹具合にも丁度良いだろう。
(ええい、ままよ)ソルベノは意を消してその店へと入った。

ズンズン・・・ズズ・・・ブーンブブーン・・・イェー・・・
決して広くない店内に、それぞれの席同士は間仕切で仕切られている。
なるほど、食事に集中させるスタイルなのだな、と感心した。
「22バンセキ、ドウゾ。」マスプロダクションのナビゲートボットがソルベノを指定された席へ案内する。
店内は最近流行りのインディーズバンド「フライング・モンキー」が送る奥ゆかしい音楽が流れている。

席に着くと、目の前は販売機のソレだった。
カードの差込口に、紐づけカードを差し込むと液晶画面が点灯する。
合成ヌードル、各種ドンブリ。無論セットも可能だ。
「んー・・・ヌードルは太めで・・・この際だ、ミート・ドンブリも頼もう・・・あとは・・・飲み物・・・」
すきっ腹にはどのメニューも魅力的だ。
とりあえず注文を済ませる。

程なくして、目の前の仕切りが開くと注文したメニューが供される。
ヌードルとドンブリの器を受け取り、トープで採取された茶葉から作ったお茶も受け取る。
「・・・。」
まずは合成ヌードルだ。
今や手慣れた箸を使い、するすると麺をすする。
合成たんぱくで作られた理想的な麺は、ほどよい歯ごたえだ。
ズズッ・・・とヌードルのスープを啜る。なるほど、決して上等な味ではないが、かといって粗雑なものでもない。
次にミート・ドンブリ。
「これは、合成肉、か・・・」
味付けされた細かいキューブ・ミートと、トープで収穫されているワイルド・ライスがよく合う。

気が付けば一心不乱にヌードルとドンブリをほおばっていた。

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「ぐあ・・・満腹だあ・・・」
正直食べすぎたかもしれない。
しかし、この安っぽい満腹感はおかげで空腹感を十分に満たした。
喫煙コーナーへ足早に趣き、胸ポケットから煙草を取り出す。
幸い今は誰もいない。このコーナーを独占できる・・・。
煙草に火をつけ燻らせ、これから何をして過ごそうかと考えるのだった。。。