ルノアール西武新宿店 12月
「海外いきたいと思っています」
目の澄んだ20歳くらいのシライくんが言う。
「えー、どこに行きたいんですか」
キラキラさせながら、同級生っぽい女の子が答える。
丸顔でやさしそう、茶色の長Tに黒いパンツ。
「そうですね、スペインのトマト祭りとかかなあ。
カナダも行ってみたいです」
「いいですね」
さらに目がキラキラする女性。
並んでいる二人、カップルかと思うが
向かいの席にグラスがあることに気づく。
トイレから帰ってきたのは、やたらとデカい白いパーカーに
白いキャップの男性。
「お待たせしました」
カップルではないのか。
白い男の一言は意外なものだった。
「僕らがやりたいことはね、教育、なんですよ。教育。
今日は、マーケティングと教育の話をします。
僕らはね、先生になって欲しんですよ。みんなに」
白い男は続ける。
「先生っていうと、自分には無理って思うかもしれないけど、そういう時代じゃないんだよね。みんなが先生になれる時代なんだよね」
白男は、スマホをスクロールし始める。
「この人はね、フォロワー10万人なんだけど、自分の使ってる化粧品とか美容の情報とか発信してるんだけど、見たことある?」
「あ、見たことある」
女性が笑顔になった。
白男は、さらにスクロールする。
「この人はさあ、子育ての悩みを知ってて、その情報を発信してるの。この人は歴史が好きでまあ趣味なんだけど、そう情報だけ発信してフォロワー増やしてるんだよね」
白男が、少しためて言う。
「この人たちに共通するのはさあ、専門家じゃないんだよね。自分の好きなことを発信して、それを有益だと思ってくれる人がいるから、フォロワーが増えて、講師になるんだよ。
つまり、好きなことで講師になって、収益をあげて欲しいの」
女性の目が光る。
「そう、あなたも講師になれることがあるはずなの。旅行が好きなんでしょ。そしたら、きっとあなたの旅行の情報を求めている人に届けるだけで、役に立って収入にもなるんだよ」
そこで、女性がシライくんと目を合わせる。
シライくんが口を開く。
「なんか不安があるみたいで」
女性が言う。
「なんか、自分でもフォロワー増やしたくて、やってみたんですけど、増えなくて」
白男が言う。
「あー、そうか。やってみても上手くいかなかったんだ。
そうかそうか、コピーライティングって知ってる?」
「聞いたことはあります」
「コピーライターって言う、文章だけ書いて生活してる人たちがいてね、うちに登録すると、このコピーライターから拡散や発信のコツを教えてもらえるんだよ」
「へえー」
「電通って知ってる?広告代理店があるんだけど、そこの人たちは、まずコピーライティングを学ぶんだよね。だからね、これを勉強することが講師として成功する秘訣なの。うちだとこれが学べるから、みんな講師になれるんだよね」
「キャッチコピーとかそういうやつですか」
「そうそう。よく知ってるね。そう言う人に講師として成功してほしいの。成功して欲しいから、まず、コピーライティングを学んで、webマーケティングを学んでもらいたいんだよね」
「どのくらいで講師デビューできるんですか」
「人によるけど、3ヶ月くらい勉強すると成果が出てくる人はいるね。あとね、うちは好きなときに始めて好きなペースで学べるからね。期限がないのも魅力なんだよ。とにかく自分のペースで稼いで欲しいからさ。就活と並行してやってる子もいるし、就活中に講師の成果がでて、内定蹴ってそのまま仕事にしちゃった子もいるよ」
「頑張ってもダメな人っているんですか」
「続けてる人はだいたい大丈夫だね。続けられるか、がポイントかな」
白男は淀みなく話す。
「どう?なにか質問はある?」
「最初の30万は、分割でもいいんですか」
「いいんじゃないかな。先に10万払ってあとで、20万とかでも。あと、いろんなマーケティングのセミナーとか受けると毎回1000円かかるから」
「だったら払えそうです」
「講師になったら、何やりたいの?」
「海外旅行に行きたいです。バックパッカーとかもやってみたいし」
「ええ、そうなの。一人で?彼氏が反対するんじゃない?」
「そう、かもしれないですね。海外とか好きじゃないし」
女性が言う。
「体育会の柔道部なんでしょ。遠征とかないの」
「ないみたいです」
「そうなんだ。じゃあ、海外行くだけでも心配する感じかな」
「そうですね。でも世界一周とか行きたいです」
女性は目をキラキラさせて言う。
「そうか、世界系だね。じゃあ、頑張ろうよ。ビジネス、覚えようよ。コピーライティングも一生ものだからね。じゃあ、一緒に頑張りましょう」
「はい」
「じゃあ、次は契約書、読み合わせますか。いつが空いてますか」
女性の顔が曇った。
「実は、今月厳しくて、親に借りようかと思って」
白男が言う。
「なるほど。これは俺からの提案なんだけど、ビジネスを始める時の心構えとして、親御さんに相談するよりも、自分の力で始める方がいいかもしれない。まあ、話してみてもいいかもしれないけど。わかった。今月のスケジュールいつが空いてるの?」
「あのー、24日の20時なら空いています」
「えええ。イブなのに、彼氏大丈夫?」
「彼が練習終わるのが22時なんで」
「よし、そしたら、イブの20時にしよう。親御さんに相談するとしたら、なんて答えが返ってきそう?まあ、理解してもらえる状態でやれたら、いいよね。でも、親御さんの理解が得られなかったら、どうやったらできるか、一緒に考えよう」
「ありがとうございます」女性が言う。
「たぶん、母は、OKしてくれると思います」
白男は目を丸くして聞く。
「え?どうして」
「だって母はビジネスに敏感なんです。
ずっとフリーランスでやってきたから、
応援してくれると思います!」
柔らかい雰囲気の彼女が、突然キリッとした声になった。
「ま、俺から一つ言えるのは」
白男は言う。
「彼氏には言わないほうがいいよ」
白男と女性の話に
にこにこうなずいているシライ君のシャツは
黒だった。
さらに、席を立って振り返ると
白男のパンツが黒だったことに
気づいた。
12月10日 ルノアール西武新宿店
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