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おおきなつぶやき 3/16






なんで大人になるほど今までへっちゃらだったことに傷つきなおすんだろう

過去は溢れる度どんどん歪になる
いい思い出だと思ってたことも
よくよく考えるとなんか変
なんで変かを考えると
子供にはどうしようもなかったことに行き着く
遡れば遡るほどどうしようもなかったと気づく
それでも後悔する

LINEのアイコン
小さい頃の自分の写真な知り合い
全員ちょっとすきじゃない
ほらね
自分への不寛容さがそのまま
他人への拒絶になっている

いい加減今を生きないと大変だよ

なんでこの街にいるの

なんでもないよ

でも聞いてほしい

21歳一人暮らし上京して
高校のころから住みたかったのは高円寺で、いざ自分が行ったときは高円寺にいい物件の空きなくて、全然違うこの場所紹介されたのでもうここでいいやとなったからここにいる

高円寺にあった思い入れ
誰にも言わないまま思い入れて
誰にも言わないままいつの間に捨てた

どんなにどうでもいいことでも
「なんで」「どうして」を
誰にも言わないまま終わると寂しい
なのに言っちゃえば途端にひもじい

言葉にすると失われる
それは実際そうらしい
脳は抽象的なことの方がかえって豊かに理解できていて、言葉によって具体的になることでその豊かさは失われるんだと

そうは言ってもさ、どんなに豊かな内的世界を持っていようと、それを外の世界と共有できないのは人として豊かじゃないんじゃないの

シーソー
なんでもそうだよね
高円寺に限った話じゃない
LINEのアイコンだけじゃない
過去の話だけじゃない
どちらかに傾くと
反動で跳ね上がった方は足着かない

仕事も暮らしも人間関係も 今が一番大事
シーソー降りて両足べったり
地面に足着けると
よくわかる一方
よその人生のイベントの話からは
逃げ出したい自分がずっといて
夕飯の匂いにはハブられて
どの美しい景色にも
なんとなく嫌な思いをする

酒も嫌いタバコも嫌い
ギャンブルなんて大っ嫌い
恋愛嫌い友情怖い
どうすればいいかわからない
人前で褒められるのが怖いけなされてたい
認められたり許されるより
罵られてる方が落ち着く
知った誕生日は忘れられない義務
知ってて言えない「おめでとう」が
カレンダーを蝕んでいくから
部屋に飾らないと決めている
関わりたくない人間に
自ら進んでなっているくせ
寂しいはどうかしている

もっとうまくやってみたかった

どうしたら迷惑かけずにいなくなれるかって
どうやっても絶対迷惑はかける

写るんですの写真もガラケーの写真も
“幸せだった”と語っているけど
そもそも幸せじゃないときに
写真を撮ったりはしないよね
写真がすっぽ抜けている期間になにがあった
能天気にアルバム眺めて幸せを信じられたのは
ただの無知だっただけ

余計な知識をつけるほど
過去の解像度はあがる
恐怖がどんどん増していく

なんで生かされたんだろうとか
生かされた割に今の自分はこんなもんとか
そんなこと考えてわざわざ傷つきなおす

今までへっちゃらだったことがあらためて怖い

これ以上知るのは無駄
切り上げて今を暮らしていく
それがやりたいから毎日ご飯の写真撮る
こんな毎日なんになるのって
そんな毎日でもちょっとずつ
積み上げるのが大事

川辺で石詰むみたいな
蹴られても蹴られてもまた最初からやるように
切り上げて今を暮らしていく
自分のこと考えると憂鬱になるからやめないと
人のこと考えようは押し付けがましいから控えて
所有しないけど忘れないで
淡々と暮らしたい
10年後どこにも残らない
どうでもいい毎日を

大丈夫になるとき
それはいずれ訪れる
根拠ないけど大丈夫

ここは川辺で 石は山ほどあって
時間は有限だけど
やるべきことはそんなにない

やるべきと思ってるほとんどのことは
誰がやっても大丈夫
自分じゃなくていいことだらけ
それはそんなに悲しいことじゃない
そのおかげで好きなだけ石詰めるから
毎日暇でどうもありがとう







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