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日常に還る

悲しかった。なんて書き出してみたら、眉間にぎゅっと力が入って、瞼の奥がぎゅっとなる。ここではいつも素直な話をしていたい。悲しいだけの話はしたくないけど、なんとなくきれいにまとめたりもしたくない。

だから今、心の真ん中にあることは書けない。だけど今、自分のことばで何か書かないとたぶんぐずつく。そうならないために、書きたいと思う。

今から書くのは、いつも以上にとりとめのない、ひとりごとのようなお手紙です。

出がらしについて

冬の号の編集作業が終わりました。今は印刷工場に回っていて、出来上がりを待つばかり。一冊分の編集作業を終えるといつも私は、少し気が抜けたようになります。気力も体力も通常時の7~8割の状態になってしまうんです。

その状態を伝える表現が見つけられずにいたけど、たまたま「出がらし」という言葉が目に留まったときにピンと来ました。校了後の私は、出がらし。何度も何度も頭を絞って、言葉を尽くし、出し尽くした状態。もうおいしいお茶は淹れられません。出がらしなりの、過ごし方をしよう。たとえば、畳掃除に使われたり、消臭効果を期待されたり。

北海道について

北海道はいつも、ものすごく広い。どこまで走っても北海道の中だし、景色はどこまでものびやか。だけど時々、広すぎて、どこにも行けないような感覚になることがあります。遠くへ行く手段は知ってる。本当は、どこへだって行ける。なのに時々、勝手に心を窮屈にさせてしまいます。そんな風に思うのは、今が冬だからかもしれません。

色彩としても、物理的な意味でも、静かな北海道の雪景色。思考を内側へ向かわせる景色だと思います。悲しいときには、少し冷たい。あの日、ここを離れたくなってしまったのは、きっとそういう理由。春が近づいて、また心が満ちてきたら、そのときは雪解けを少し寂しく思えるはずです。

日常に還る

どんなに落ち込んでも、つらくても、あたりまえに朝が来て、夜が来ます。心の中がどうであれ、仕事があり、生活があります。

たとえば結婚式に出ても、お葬式に出ても、何らかの理由で表彰されたとしても、みんな次の日にはなんてことない顔をして日常に還っていく。普通のようで、すごいことだと思います。

今日たまたま出会って、他愛のない話をした人の、昨日の気持ちを聞くことは少ない。すべての人に思いを巡らせたり、慮ったりすることは難しい。でも、今日もどこかで、お揃いの気持ちを抱えた人が一生懸命日常に還ろうとしているかもと思うと、ひとりじゃないんだと思えます。

還るべき日常があるというのは、思っていたより幸せなことかもしれません。大切な人たちが、そういう日常を送っていたらいいなとも思います。

あまりにも、とりとめのないお話をしてしまったので、そっと公開して、そっと下書きに戻してしまうかもしれません。だけど書けたことで、心の中に空気の通り道ができたような気がします。書くという手段を持っていて、よかったです。

容赦なく冷え込むけれど、光が春の色になった北海道より。

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