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大壹神楽闇夜 2章 卑 3賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) 7

 伊波礼毘古(いわれびこ)と正妻は翌日の朝、集落を出発し一月掛けてア国に向かう。綺麗な道があり、最短で行ける道が有れば有難いのだが、その様な道は存在しない。しかも、日が落ちれば真っ暗な闇夜である。だから、必要以上に時間も日にちも掛かるのだ。
 テクテク従者を連れてセッセコ進む。馬車も牛車も無いから歩いて進む。仮にあっても平坦な道は少なくその殆どがデコボコ道であるから馬車も牛車も役に立たない。
 そんな道を一月掛けて歩きア国に到着すると、既に五瀨の正妻が母上とアレやコレと話し込んでいた。二人は木陰に座り込んみオヤツを食べ乍らプンプンである。
「姉上は不機嫌そうだな。」
 五瀨の正妻を見やり伊波礼毘古(いわれびこ)が言った。
「怒っているのです。」
「だな…。さて、私は父上に会って来る。」
「母様には会わないのですか ?」
「その…。女会議が終わってからで良い。」
 姉上の機嫌が悪そうなので伊波礼毘古(いわれびこ)は近寄りたくなかった。
「女会議は明日です。」
 と、正妻は伊波礼毘古(いわれびこ)の腕を掴んでテクテクと母様の所に歩き始めた。テクテクと歩いて行くと二人に気づいた母上と姉上はスッと腰を上げ二人の下に歩み寄ってきた。
「母様、姉上。」
「幼妻…。ちゃんと無事に来れたのですね。」
 と、母上は幼妻をギュッと抱きしめた。
「余裕です。」
「そう。其れは何よりです。」
 と、母上はチロリと伊波礼毘古(いわれびこ)を見やる。
「余裕ねぇ…。」
「伊波礼毘古(いわれびこ)は別の用事で来たのです。」
「ほぅ…。別の。」
 と、母上はクスリと笑った。
「少し過保護にしすぎではありませんか ?」
 姉上が言う。
「真逆…。私は妻を厳しく躾けるので有名です。」
「其れは初耳です。」
「初耳でしたか…。其れでは私は此れで。」
 と、伊波礼毘古(いわれびこ)はソソクサと離れて行こうとする。が、其れを姉上が止めた。
「伊波礼毘古(いわれびこ)…。其の服は良い物でありましょう。」
 姉上が言った。幼妻は豪華装備をチャッカリ国に置いてきたのだが、伊波礼毘古(いわれびこ)はフル装備であった。
「これが文明なのかと思い知らされました。」
「私達に文明は必要ありません。」
「否…。必要です。ただ…。」
「ただ ?」
「其れは今では無いと言う事です。…其れでは私は此れで。」
 と、伊波礼毘古(いわれびこ)は逃げる様に去って行った。
「逃げた…。」
 ボソリと幼妻が言った。
「あの子らしい…。」
 と、母上は幼妻を連れて木陰に戻って行き、伊波礼毘古(いわれびこ)は迂駕耶(うがや)を探しに行った。と、言っても居る場所は大体分かっている。迂駕耶(うがや)も又畑を耕しているに違いなかった。
 キョロキョロと周りを見やりながら歩いていると、セッセコと畑を耕している迂駕耶(うがや)を見つけた。
「父上…。」
 伊波礼毘古(いわれびこ)が声を掛けると迂駕耶(うがや)は大きく手を振った。
「伊波礼毘古(いわれびこ) ! 久しぶりだ。」
 と、迂駕耶(うがや)は伊波礼毘古(いわれびこ)の下に駆け寄って来た。
「お元気そうで。」
「当たり前だ。其れよりどうした ? お前も女会議に出るのか ?」
「真逆…。妻の護衛です。」
「そうか…。で、其の服はどうなんだ ? 王たる服か ?」
 伊波礼毘古(いわれびこ)の服を見やり問うた。
「さぁ、分かりません。ですが、着心地は良いです。」
「着心地か…。」
「父上は着ないのですか ?」
「私は良い…。」
 と、迂駕耶(うがや)は木陰を見つけ腰を下ろした。
「兄上が拗ねますよ。」
 と、伊波礼毘古(いわれびこ)は其の横に腰を下ろす。
「かもしれん…。だがなぁ伊波礼毘古(いわれびこ)。奴婢を物として扱い作った服を私はどうしても着る気になれんのだ。」
「お気持ちは分かります。」
「そうか…。まぁ、お前は先住民と上手くやっているからな。」
「甘いだけです。」
「否、お前は素晴らしい息子だ。奴婢を物として扱えば私達は華夏族と同じになってしまうからな。まぁ、確かに文明を発展させる事は良い事だ。私達の国は海の向こうの国に比べ千年…。否、三千年は遅れている。」
「そうですね。未だに此の様な家に住んでいるのは私達ぐらいでしょう。」
 と、伊波礼毘古(いわれびこ)は竪穴式住居を見やる。
「そう言う事だ。」
 と、迂駕耶(うがや)は畑を耕す先住民と入植者達を見やった。
「今一度語り合うべきか…。」
「父上が望むならそうすべきです。」
「望むならか…。何か秘策はあるか ?」
「頭を下げてみてはどうです。」
「頭を ? 大王がか ?」
「はい。」
「本気か ?」
「勿論…。」
 と、伊波礼毘古(いわれびこ)が言った所に残り四人の正妻がやって来た。
「大王…。お久し振りで御座います。伊波礼毘古(いわれびこ)も元気でしたか ?」
 四人の正妻が言った。
「あ、姉上…。今到着ですか。」
「はい。途中渋滞しておりましたので。」
「渋滞 ?」
 と、伊波礼毘古(いわれびこ)と迂駕耶(うがや)は首を傾げて見せた。
「従者と奴婢を百人連れて来たのですが、途中で姉上や妹と合流しましたので。」
 と、正妻が言った。此処で言う姉妹は其々の立ち位置であり年齢では無い。つまり、長男の正妻は誰から見ても姉であり、六男の正妻は誰から見ても妹となる。何より女には名前が無いので姉上、妹と呼ぶのだ。だから、六人が集まり話を始めると誰が誰のことを言っているのかサッパリと分からなくなる。だが、不思議な事に女達には分かるらしく話は盛り上がるのだ。
「成る程…。四百人で立ち往生してた訳か。」
「はい。」
「そうか…。ご苦労だったな。ゆっくり休むと良い。」
 奴婢と従者を見やり迂駕耶(うがや)が言った。
「はい…。ですが、先に母様にご挨拶を。」
「其れなら向こうの木陰に…。」
 伊波礼毘古(いわれびこ)が言った。
「そう…。では、参りましょう。と、其れはそうと何故伊波礼毘古(いわれびこ)が此処に ?」
「あ〜。偶には父上の顔をと…。」
「父様の ?」
 と、三男の正妻が目を細め言った。
「これ…。揶揄うでありません。伊波礼毘古(いわれびこ)は幼妻が心配なのです。」
 次男の正妻が言う。
「あ〜。そう言えば幼妻は十一になったとか。」
「え、ええ…。先月十一になりました。」
「其れは御めでたい事です。ちゃんとお祝いはしましたか ?」
「はい…。」
「そう。其れでは…。」
 と、正妻達は迂駕耶(うがや)の服をチロチロと見やった後テクテクと歩いて行った。
「フフフ…。気に入らぬか。」
 迂駕耶(うがや)が言った。
「何がです ?」
「服だ。」
「あ、あ〜。」
 と、伊波礼毘古(いわれびこ)は迂駕耶(うがや)の服を見やった。
「まったく…。女は面倒臭い。」
「そうですね…。あ、女と言えば海の向こうの島には女しかいない国があるとか。」
「其の様だな…。どうやらイ国に攻め入ったのも、其の国の女がたぶらかしたとかなんとかだ。」
「相当な強さだと聞いております。」
「あぁぁ…。だが、統率は皆無だ。」
「はい。ですが、私達も他人の事は言えません。早急に国を固めねば。」
「分かっている。周国を知らぬ国に、此の地を任す訳にはいかぬからな。」
 と、迂駕耶(うがや)は畑に戻って行った。
「私も手伝いましょう。」
「そうか…。助かる。」
 と、二人は畑に行き日が暮れる迄セッセコと働いた。
 日が暮れ始めると女達はご飯の用意を始め、日が沈む前には焚き火に火が灯される。宴の始まりである。皆は飯を食い酒を飲み、歌って踊って…。気がついたら寝ているのである。そして日が昇ると同時に目を覚まし新たな一日が始まるのだ。
 パチクリと目を覚ますと女達は川辺に行き、水を汲むついでにオシッコとウンチを済ませて顔を洗う。其の後髪を整え少しお喋りしてから集落に戻る。其れから朝の支度を済ませると女達は男を起こして仕事に行かせるのだ。其れから少しホッとしてから女達も自分達の作業場に向かって行く。母上と正妻達が竪穴式住居の中に集まったのは矢張りホッとしてからである。
 今回の女会議は五瀨の正妻の話から始まった。五瀨の正妻は自分が見た何とも酷い仕打ちの話を聞かせ、其の様な事をやめさせなければならないと強く皆に訴えた。だが、五人の正妻の反応は今一であった。
「姉上…。私達は知っておりました。」
 次男の正妻が言った。
「知って…。其方は知って尚咎めなかったと ?」
 五瀨の正妻が言った。
「何故咎めるのです ? 決めたのは父様です。」
「確かにそうです。ですが、父様は奴婢を物として扱えとは言っておりませぬ。」
「奴婢は物でありましょう。」
「違います。人なのです。」
 五瀨の正妻が強く言った。
「姉上の言葉が分かりません。奴婢は物なのです。物だから奴婢なのでは ?」
 四男の正妻が問うた。
「其の考えが間違っているのです。奴婢であろうと何であろうと、人は人なのですよ。」
「人であるなら、奴婢ではありません。」
 と、正妻達は五瀨の正妻の言葉を理解しようとはしない。其れを黙って聞いていた母上が娘達を見やり言った。
「娘達よ…。確かにそうです。ですが忘れてはいけません。私達は華夏族では無いのです。華夏族と同じ考えでは駄目なのですよ。良く考えなさい。奴婢を物とし文明を築いたとしても、国は固まらず、固まらぬまま文明を先行させれば其の前に私達は滅ぼされてしまうでしょう。迂駕耶(うがや)が先住民を奴婢としたのは、奴婢として生きるよりも私達と共に歩む道を選ばす為なのです。」
「共に歩む ? 其れを拒んだのは先住民ではありませんか。」
 次男の正妻が言った。
「分かっています。だからと言って其れで良い訳ではありません。良いですか。戦をすれば必ず多くの兵を失う事になります。兵を失えば補充せねばなりません。ですが、補充するにも限りがあるのです。今の幼子が戦力になるには少なくとも十年は掛かります。兵が減り続ければやがて私達の国は最弱の国となるでしょう。だからこそ先住民の力が必要なのです。」
「奴婢を兵にすれば良いだけの事ではありませんか。」
「思いなく国は強固にはなりません。私達が強くあれたのは思いがあったればこそ。奴婢にあるのは私達にたいする恨みだけです。そうなれば必ず裏切られる。」
「裏切られ、反旗をひるがえされれば次に奴婢となるのは私達です。」
 五瀨の正妻が言った。
「確かに…。其れで私達にどうしろと ?」
「豪華装備を捨て、私達の意志を示すのです。」
「意志を ? 豪華装備を捨てても兄上は納得されませんでしょう。其れに、奴婢に対する体罰を咎めれば夫婦仲が悪化してしまいます。」
「私も全てを咎める気はありません。ですが、体罰を与える必要の無い体罰は咎めねばなりません。特に女の足首を切り落とす理由はありませんでしょう。」
「否、女は強かです。姉上は知らぬ事と思いますが、奴婢は何度も反乱を起こしているのです。しかも反乱を促したのは、全て女なのです。しかも、其の反乱に乗じて何度も逃亡を企てております。」
「そう…。だから、女全員の足首を切り落としたと。罰は首謀者だけで良いではありませんか。何故全員の足首を切り落とす必要があるのです。もし、其方が同じ目にあったとしたら、其方はどの様に思うのでしょう ? 切り落とした足は二度と元には戻らないのですよ。」
「そうですね…。ですが、私達に止める術は有りません。国の取り決めは男が決めるもの。女は従うしかないのです。」
「だからこそ、態度で示さねばならぬのです。」
 五瀨の正妻は更に強く言った。母上は其のやり取りを見やり言う。
「確かに国の取り決めは男が決めます。でも、男の考えは女で変わるもの。其方ら正妻が多くの妻を巻き込んで示せば考えも変わるでしょう。」
 と、母上が言うと正妻達は少し理解出来たのか理解を示し始めた。其れからも長々と話は続き気がつけば日は傾き始めていた。
「良いですか…。私は人を奴婢とする事に反対はしていません。ですが、其れは私達を苦しめた華夏族であって、此の地に住む人々であってはいけないのです。私達は一つにならねばならないのです。」
 と、最後に母上が上手く纏め話は終わった。幼妻は退屈だったのか終始地面に絵を描いていた。
「ほれ、幼妻。退屈だったでしょう。」
 と、母上が幼妻を膝に座らせた。
「そ、そんな事はありません。」
「構いません。」
 と、母上は大きな欠伸をした。

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