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大臺神楽闇夜 1章 倭 2 襲来1

迂駕耶から少し沖に出ると有名なオノゴロ島がある。其処から更に沖に進むと高天原と呼ばれる大きな島に辿り着く。
 言わずと知れた人気スポットである。人気の理由は矢張り初代大神であるイワレビコの産まれた場所とされているからだ。だが、此処に観光地としての何かがあるのかと言えば其れは皆無であると言える。有るのは大きな集落が二つ、中ぐらいの集落が一つ、そして八重国が誇る海軍の砦が北と南に一つずつあるだけである。海軍の砦はオノゴロ島にも有るのだが、オノゴロ島には集落が無い。オノゴロ島は高天原からも迂駕耶からも行きやすい場所にある為駐屯兵は何方かの島から通っているのである。
 とは言えオノゴロ島に駐屯している兵は常時であれば五、六人程度である。つまりオノゴロ島には将軍、この時代で言う吼比(くひ)や大吼比(だいくひ)は駐屯していないのだ。
 海軍に大吼比はいないので海軍を統括する吼比は高天原の砦にいる。この高天原から更に沖に出た所に更に小さな島がある。この島には高見台があるだけである。
 この島から黄粉があがる。
 上がったは良いが水平線を見やっても何も見えない。悪戯なのか ? と、言えばそうではない。この高見台の役を受け持つ兵士は非常に視力が良いのだ。普通の人には見えない小さき物が瞳に映るのである。つまり水平線の向こうに何かがいると言う事なのだ。
 高見台から立ち登る黄粉を見やり高天原の高見台にいる兵士が黄粉を焚き銅鐸を鳴らす。 
 コーン
 コーンと銅鐸の音が鳴り響く。
 すると瞬く間に高天原全体から数本の黄粉が上り始めた。
「なんじゃらほい…。銅鐸が鳴っておるぞ。」
 農作業をしている三佳貞(みかさ)が耳を澄ます。
「ほんまじゃのぅ。なんかありよったんか。」
 と、隣で農作業をしている多間樹(たまき)が答える。
「あんれま。ドンタクがなっでおるぞぉ。」
 島民の娘が言う。
「ドンタクが鳴るだ変だでよ。」
 と、三佳貞は高見台の方を見やる。
「黄粉だ…。」
 高見台の方を見やっている多間樹が言う。
「だんべな…。黄粉が上がってんべ。」
「おめさ見でぎだらどないよ。」
 多間樹が言う。
「じゃな…。我はちと見て来よる。」
 と、三佳貞は農作業をほっぽり出して牛に跨ると高見台の方に向かって行った。
「あんでま…。あの娘っ子、ベコさまだがっていぎよったべさ。みごでもあるめえし、危ないべさ。」
 と、島民の娘が言う様に牛に跨って移動するのは三子族だけである。良識ある者は牛車に乗り移動するのが主なのである。
「ナダのニニはダベ子じゃしかたあんめ。」
「怪我したら大変だべ。」
「まっだくだぁ…。」
 と、多間樹も農作業をやめ牛の所にテクテクと歩いて行く。
「おめさもどこいぐだ ?」
「わでも見にいぐんだ。」
 と、言って多間樹も牛に跨り走って行った。
「あんれま…。ヨシのニニもダベ子でねえかぁ。」
 と、島民の娘は走り去る多間樹を見やり、視線を黄粉に移す。彼方此方から鳴り響く銅鐸の音と立ち登る狼煙は島民を不安にさせた。
 高天原に住む島民は遥か昔から住んでいる者も少なくはないが、その大半は砦に駐屯する兵の家族である。
 その昔、イワレビコの祖父である迂駕耶は高天原に住む人々と共に迂駕耶(その当時は名も無き島)の制圧に向かった。激しい戦いの末に少しばかりの領土を手に入れた迂駕耶は島民を招き其処に集落を築いたのだが、その時島に残った人々が今現在も高天原に住んでいる地の島民なのである。が、其れも長い年月の中で入れ替わり立ち替わりしているので、遥か昔からと言うのは何とも信用に欠ける物がある。
 まぁ、何にしても大半が兵士の家族であるから島民達はこの島がどの様な場所なのかは理解しているし、当然黄粉の意味も知っている。
 まぁ、知っているから不安にならぬのかと言えば其れは別問題である。兵士の家族と言えど兵士と言えど戦等無いに越した事はない。其れに八重建国から数百年…。海を渡り誰かが来たなんて事は一度も無い。だから、秦が攻めて来るなんて話は高天原であっても眉唾なのである。否、第一の砦であるからこそ島民はそんな事は無いと思い込んでいたのだ。 
 その呑気な思いが…。願いが今まさに打ち砕かれ様としている。
 登る黄粉に鳴り響く銅鐸の音を聞きながら、島民達は何をすれば良いのか分からずただボーっと黄粉を見やっていた。

 さて、高見台に到着した三佳貞は大声で兵士を呼ぶ。
「お〜い。お〜い。」
 下から何度も呼びかける。聞こえていないのだろうか返事が無い。仕方がないので三佳貞は石を投げた。
 まぁ、勝手に登れば良いのだが、高見台には梯子が無い。丸太を積み重ねて作られている高見台を登るには、よじ登って行かなければならないのである。此れは正直面倒くさい。
「いで !」
 と、声がしたので三佳貞は更に石を投げ続けた。
「な、なんだ ! 襲撃か !」
「襲撃なもんか…。いい加減にしろ ! 誰だ !」
 と、聞こえたので、”別子の三佳貞じゃ。無視するでないぞ !”と叫んだ。
「別子 ?」
「三子だ。卑国の娘だ。」
 と、兵士が上から顔を覗かせた。
「まったく…。ちゃんとおるではないか。無視するでないぞ。」
 と、三佳貞が言うと兵士は怪訝な表情で、”何が三子だ。嘘をつくな。”と言った。
 兵士が嘘をつくなと言ったのには理由がある。其れは三佳貞が紬を着ておらず、島民の娘と同じ様にボサボサの頭、化粧を施していない顔だったからである。
「嘘ではない。我は別子の三子じゃ。」
「…。三子になりたい娘の相手をする暇はない。どっかに行け。」
 と、言って兵士の姿が消えた。その対応にイラッとした三佳貞は高見台を登り始めた。
 別子の主な任務は情報収集、内偵、暗殺であるが、その他に罠を設置する役目も担っている。此の罠は木の上に設置したりもするので、別子の娘は高見台程度なら難なく登る事が出来るのだ。
 展望台に登ると三佳貞は兵士を押し退け沖を見やった。
「なんじゃぁ…。何もおらんでは無いか。」
 と、言う三佳貞に兵士は驚いた表情で、”な、なんと…。登って来たんか。”と、言った。
「そんな事より、何で黄粉が上がっておるんじゃ ?」
「な、何で…。まぁ良い。ほれ、彼処に空と海がくっついているだろう。」
 と、兵士が指を指すと、三佳貞はその方向を見やる。
「見えんとは思うが…。その先の更に先にぼんやりと見える影がある。」
「ほうほう…。何も見えん。」
「見えんで当然だ。だが、儂らは目が良い。だから監視の役を担っておる。」
「じゃかぁ…。其れでその影がなんなんじゃ ?」
「まだ分からん。だが此方に向かって来ているのは確かだ。」
「向かって…。船じゃか。」
「其れも大量の船だ。」
「大漁じゃか…。一杯とりよったんじゃな。」
「何をだ ?」
「船じゃから、魚であろう。」
「なんの話だ ?」
「大漁の話じゃ。」
「そうではない。つまり、船団だ。」
「せんだん ? なんじゃかそれは ?」
 と、三佳貞は首を傾げる。三佳貞は船団の意味を知らないのだ。と、言うより船団と言う言葉を使うのは海軍だけである。
「大量の船だ。」
「一杯とりよったんじゃな。」
「だから、そうではない。だから…。船が千隻だ。」
「せ…。其れは大変じゃか。」
「あぁぁ…。だが、まだ分からん。」
「何がじゃ ?」
「何をしに来るのかがだ。」
「ボケた事を言うでない。千の船が来るんぞ。間違いなく侵略じゃ。」
 と、三佳貞が言った所で下から多間樹の呼ぶ声がしたので三佳貞はヒョイっと顔覗かせた。
「三佳貞 ! 何が見えよるんじゃ ?」
「船じゃ。大量の船がこっちに向かって来ておる。」
「大漁じゃか。」
「そうじゃ。」
「其れは良かったのじゃ。」
「何がじゃ。」
「大漁の船が帰ってきよるんじゃろ。魚が一杯食べれよるではないか。」
「そうではない。じゃから船団じゃ。」
「せんだん ? なんじゃそれは ?」
「じゃから大量の船じゃ !」
「大漁の船が帰って来よるんじゃろ。」
「じゃから…。あれじゃ。せ…。千じゃ千の船が向かって来ておるんじゃ。」
 と、三佳貞は高見台を降り始めた。
「千…。」
「じゃよ…。」
「大変じゃか…。」
「じゃよ。眞姫那(まきな)に報告じゃ。」
「じゃな…。いよいよじゃか。」
「おうじゃよ。秦が攻めて来よった。」
「じゃぁ何で黄粉なんじゃ ?」
「呑気なんじゃ。侵略かどうか分からんとか言うておる。」
 と、高見台から降りた三佳貞は牛に跨る。
「じゃかぁ…。」
「兎に角報告じゃ。」
 と、三佳貞は牛を走らせた。多間樹も其れに追従し二人は高見台から離れて行った。
 二人は牛を走らせ…。と、言っても牛はそうそう全力で走り続ける事はない。偶に走り暫く歩く。何処かで草を食べ水を飲み糞をする。その間三佳貞達は舞を踊ったり喋ったりし乍時間を潰す。そして、又牛に跨り進み始める。暫く進むと先程の集落にたどり着く。三佳貞達はその集落を通り過ぎ更に進む。
 テクテク
 テクテク
 テクテク進んで行くと山道に入る。山道を更に進んで行くと開けた場所にたどり着く。其処に中程の大きさの集落がある。三佳貞達は牛から降りると手綱を柵に縛り付け中に入って行った。
 中程の大きさの集落とはいえその収容人数は四百人。パッと見渡せる程狭くはない。三佳貞達はその中を迷う事なく進んで行く。
 高天原の集落の住居は全て竪穴式住居である。その中にポツリポツリ倉庫の様な建物があり、所々に広場が設けられている。普段なら女子供が賑やかに暮らしているのだが黄粉と銅鐸の音が人々の不安を煽り雰囲気は異常な程暗かった。
 農作業を営む男達も、狩をしている男達も愕然と迫り来る不安に押し殺されそうな面持ちで黄粉を見やっているだけである。
 その様な人々を見やる事無く三佳貞達は更に奥に進み、高天原支部に使用している竪穴式住居に入って行った。
 中に入ると既に七人の娘が真剣な面持ちで話をしている。其の中の一人が陰三子を務める眞姫那である。
 別子の位は次の通りである。別子を統括する闇三子、次の闇三子になる星闇三子、将軍職を担う夜三子、隊長職を担う陰三子(かげみこ)、上級兵である影三子(えいみこ)、中級兵である印三子で構成されている。
 三佳貞は影三子であり、多間樹は印三子である。その他の娘は陰三子である春吼矢(はくや)影三子である音義姉(ねぎし)日美嘉(ひみか)印三子である貞人耳(さとみ)である。
 三佳貞と多間樹を見やり早々に眞姫那が、”待っておったぞ。其れでどうであった ?”と二人に問うた。
「大量の船じゃ。」
 三佳貞が言った。
「大漁じゃか…。」
 目を輝かせ眞姫那が言う。
「じゃよ…。此れは大変な事じゃ。」
「じゃな。大宴会が始まりよる。」
 と、眞姫那は拳を握りしめる。
「何を言うておる ?」
「大漁の話じゃ。」
「そうでは無い。じゃから船団じゃ。」
 多間樹が言う。
「せんだん… ? なんじゃかそれは ?」
 首を傾げ乍ら春吼矢が問う。眞姫那達も”せんだん ? せんだん ?”とガヤガヤと騒めきたつ。
「じゃから、あれじゃ…。ーなんじゃ ?」
 と、多間樹は三佳貞に問う。
「さぁ、知りよらん。」
 と、三佳貞は首を傾げる。
「つまり、なんじゃ ? どうなんじゃ ?」
 眞姫那が問う。
「じゃから、大量の船じゃ。」
 三佳貞が言う。
「宴会じゃか。」
「じゃから…。せ、千じゃ。千隻の船が向かって来ておる。」
「千…。」
 と、眞姫那は言葉を飲んだ。
 娘達が言う千は正式な数を示しているのでは無く数えきれない程の量と言う意味である。
「とうとうじゃか…。其れで見よったんか。」
 春吼矢が問う。
「我には見えよらんかった。じゃが高見台の兵には見えておるみたいじゃ。」
「じゃかぁ…。と言う事はまだ少し時間はありよる。」
 眞姫那が言う。
「じゃぁ、言いよっても明日には付近まで来よるはずじゃ。」
 音義姉が言った。
「じゃな。ー侵略か友好か…。千の船が向かって来ておる以上友好では無いのぅ。」
 眞姫那が言う。
「じゃな。どうなりよるかは分かりよらん。じゃが、我等は我等のすべき事をせねばいけん。」
 と、春吼矢が言った所に男がヒョッコリ顔を覗かせ娘達を見やった。
「娘っ子がこがなどごで何しでるだよ。まだ日はだけぇぞ、皆さ働いてるだよ。おめさらも働け。」
「わがでおる。だども、わっちら大事な話してるだぁよ。あどでいぎよる。」
 と、眞姫那が返答する。
「こんな時に大事な話もないでよ。黄粉さ登ってるだよ。働いて兵士さ助けんでどうするだ。」
 どの時代にも意識高い系の人はいるものである。この男もかなり意識が高い。
「わっちらは朝廷中だど。すごし外されよ。」
「何が朝廷だ。神さみたいな事言うでねぇぞ。」
 と、男がひつこく言うので眞姫那はジロリと男を睨め付けた。その刹那眞姫那の雰囲気が変わった。
「我は外せと言うておる。命かけぬ者が偉そうに言うでない。立ち去れ !」
 と、眞姫那なが力強い言葉で言うと男は逃げる様にして出て行った。
「まったく…。さて、秦が来ておるとなると我等は動かねばならん。正子の軍勢が迂駕耶に到着するは三月後じゃ。其れ迄、出来るだけ長く高天原に引き止めておかねばらなぬ。」
「じゃぁ、言いよっても正子の軍はたったの三千じゃ。三千では話にならんぞ。」
 三佳貞が言った。
「大丈夫じゃ。赤粉が上がりよったら卑国から残りの兵が出発しよる。」
 日美嘉が言う。
「じゃかぁ…。じゃぁ、じゃぁ言いよっても我等はたったの九人ぞ。迂駕耶の別子は来よらんのか ?」
「駄目じゃ。迂駕耶の別子には迂駕耶の別子の任務がありよる。九人でやるしか無いんじゃ。」
「否、十人じゃ…。」
 と、ヒョッコリ中に入って来た娘が言った。
「美佐江ではないか。どうしたんじゃ ?」
 首を傾げ眞姫那が言った。美佐江は迂駕耶の一部と高天原の別子を統括する夜三子である。
「吼比に話がありよったから来ておったんじゃ。」
「じゃかぁ…。」
 と、一同美佐江をジッと見やる。
「子作りじゃか…。」
 眞姫那が言った。
「じゃな…。」
「紬がはだけておる。」
「慌てて来よった証拠じゃぞ。」
「まったく…。こんな時に…。」
「これこれ…。変な事を言うてはいけんぞ。我はちゃんと吼比と話をしよったんじゃ。」
「ほぅほぅ…。其れで、何回はてよったんじゃ ?」
「さ、三回じゃ…。」
「やっぱりじゃぁぁ !」
 と、皆は大はしゃぎであれやこれやとつまらぬ話に花が咲き始め、先程迄の真面目な話は消え去って、秦の脅威は何処へやら。気がつけば自分達の子作りの話で大盛り上がりになっていた。
 さて、このままでは話がドンドン其れて行くので美佐江は小さな…。其れは手の中にスッポリと収まってしまう程の小さな銅鐸を鳴らした。
 トゥィ〜ン 
 トゥィ〜ン
 何とも妖しげな音色が響き渡る。すると娘達はピタリと話すのを止めた。
「無駄話は其のぐらいにじゃ。娘達よ。海軍はなんとしよっても此処で秦軍を止めたいと考えておる。其れは我等とて同じ。じゃぁ、言いよっても先走りはいけん。我等が攻める時は相手が敵じゃと認識しよった時じゃ。」
 皆が静まるのを見計らい美佐江が言った。
「其れは赤粉が上がりよった時じゃか ?」
 三佳貞が問う。
「其れは否じゃ。赤粉が上がりよらんでも、その時が来よったら攻撃開始じゃ。じゃから、合図を待たれよ。」
「分かりよった。」
「其れで配置についてじゃが…。どうなっておる ?」
 と、美佐江は眞姫那を見やる。
「海上ニ、陸五、伝令ニじゃ。我と音義姉とで秦の船に乗り込みよる。陸は春吼矢が大将、三佳貞に鐘を任せよる。伝令は多間樹と貞人耳に託すつもりじゃ。」
「なら、陸の鐘は我がつとめよる。眞姫那は三佳貞を連れて行かれよ。」
 鐘とは戦場にて、鐘を鳴らす事で相手の位置を知らせたり布陣を変更したり作戦の変更を伝えたりする軍師の様な役割を担うものの事である。だが、この鐘を鳴らす者は戦場から離れた場所から鐘を鳴らすのでは無く、戦場の中に入り鐘を鳴らす。その為自ずと敵に狙われやすく殺され易いのだ。だから、鐘の役を担う者には冷静さと強さ何より正確な判断力が求められる。
 基本的には月三子や夜三子が其の役を務めるのだが、三佳貞の様に次の夜三子を担う者が務める事もある。
「何を言うておる…。三佳貞を殺すつもりじゃか ?」
 眞姫那が美佐江を睨め付け言った。
「一隻二隻の船ならいざ知らず…。千の船相手に鐘無しでは死にに行く様なものじゃ。まったく…。眞姫那こそ何を言うておる。其れに、三佳貞は強いぞ。」
 と、美佐江が言うと三佳貞はニンマリと笑みを浮かべ無言で何度も頷く。
「じゃか…。」
「じゃよ。其れから…。死を覚悟しよるのはええ事じゃ。死ぬ気で戦う事は間違ってはおらぬ。じゃが、我等は死ぬ為に戦うのでは無い。勝つ為に戦うんじゃ。」
「分かっておる。」
「なら良い。ー三佳貞は我の後を継ぐ者じゃ。ちと、不安は残りよるが大丈夫じゃ。多分…。」
「多分…じゃか…。」
 三佳貞がボソリ。
「三佳貞は褒めよると調子に乗りよるからの…。さぁ、我等は戦に備えての準備じゃ。」
 そう言って眞姫那が三佳貞のお頭を撫でる。三佳貞は口をプクリと膨らませ美佐江を見やる。美佐江はニヤニヤと二人を見やりながら”お似合いじゃな。”と、言って表に出て行った。
 表に出やると各々は隣の倉庫から道具箱を持ち出し、集落を出て山の中に入って行く。其れを見ていた男連中は何が始まるのかと気になりコッソリ後をつける。其れに気付いてはいたが娘達は気にする事無く山を登り其の道中で花と草を集めた。
 此の花と草は適当に摘んでいるのでは無くちゃんと決まった花と草を選び集めている。当然男達は娘が何をしているのかは分からない。サッパリ理解出来ないままやがて川に辿り着いた。
 川に着くと娘達はまず穴を掘り、其の周りを石で囲み、その中に大量の落ち葉や木の枝入れ、鍋を沸かす暖炉を作る。火がつくと鍋に水を入れ火にかける。その中に摘んで来た花を入れ、今度は草をすり潰す。草は全部で五種類…。其の草に樹液を混ぜグニグニとこねる。
 其れが終わると衣服を脱ぎ川に入ると体の汚れを落とす髪を洗う。その後岸に上がり先程の草を全身に塗り生毛やらを剃り始めた。生毛は自分で剃らず誰かに剃って貰うのが慣わしである。基本的に眉から下の毛は全て剃る。そして、剃り終わると又川に入り草を綺麗に洗い流すと又岸に戻り真っ赤な紬を纏った。
 春吼矢達陸組は夏用戦闘紬を纏うのだが、眞姫那達海組は夏用戦闘紬下を纏う。戦闘紬は言わゆる袖の分厚い夏用の真っ赤な紬である。紬下は冬に着る肌着を改良したものである。
 まぁ、はたして肌着と言って良いのか分からぬが、兎に角冬は下にもう一枚紬を来ているのだが、下に着る紬の袖は長くない。分かりやすく言うと長そでの服の様な感じになっている。そして袖が捲れない様に紐が二本付いているので、その紐を人差し指とお姉さん指にかける。下は幅広のスカートでは無く、サルエルパンツの様な形状のズボンに変更されている。色は同じく赤である。
 娘達は各々紬を着やると髪を結い最後に化粧を施す。あ、忘れていた。
 花である。
 花入れて沸かした湯は適度に冷めてから紬にその湯を振りかける。すると何とも甘い香りが紬から漂うのだ。
 其れ等をやり終えると娘達は道具箱を持って又来た道に戻る。と、其処には鼻の下を伸ばした男連中がいた。
 男達は娘達の変わり様に驚き乍もその妖艶な美しさに見惚れた。娘達はそんな男達をチロリと見やるが何も言わずテクテクと歩いて行く。
 過ぎ去ろうとする娘達を見やり先程の意識高い系男が言った。
「おめだちみごだが ?」
「じゃよ…。」
 後ろでに振り返り眞姫那が言った。
「やぱさ秦さ攻めてくんだな。」
「かも知れん。」
「だか…。おめさら儂等守てぐれんだな。」
「守る ? 何を言うておる。我等は其方等を守る為におるのでは無い。我等は此の地を守る為に此処におる。死にとうないなら戦えば良い。」
「わ、儂等はただの民じゃ。戦は兵士がするもんだ。兵士が儂等守らんでどうすだよ。」
「じゃな…。じゃがその兵士がおらん様になり、我等が死んだ後其方等はどうするんじゃ ? 何もせず両手バンザイじゃか…。兵士が我等が助けんかったからと他人を責めよっても置かれた現実は何も変わりよらんぞ。」
「か、勝手なごど言うでねえぞ。儂等は戦う武器さもねえんだ。」
「武器が無いがなんじゃ。無いならクワで殴れば良い。其処等の棒で殴れば良い。怖いなら遠くから石を投げれば良い。ー良いか、守って貰う事を当たり前に考えるな。此の地は兵士や我等だけのものでは無いんぞ。此の地に産まれし其方等の物でもあるんじゃ。忘れるな、侵略者を前に兵士も三子も民も無い言う事を。この戦は皆で戦わねば奪い取られてしまいよるんじゃ。」
 と、眞姫那は男達を睨め付けた後踵を返し又テクテクと歩いて行った。
 眞姫那の言葉が通じたのかどうか、その後男達は暫く無言であった。
「なんども…。恐ろしい娘じゃ。」
 少し間を空けて一人の男が言った。
「んだども、みごはオッかねぇさ。」
「んだ…。だどんも。言うておるごどはあってるさね。」
 意識高い系の男が言った。
「だよ…。ごごは儂等のぐにだ。」
「戦うさね。」
「だよ。秦さにごのぐにはやんね。」
 と、男達は決意を胸に山を降りて行った。どうやら、眞姫那の言葉は届いていた様である。


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