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大壹神楽闇夜 1章 倭 6敗走1


迂駕耶(うがや)と出雲
神楽、蘭泓穎(らんおうえい)、蘭樹師維  (らんうーしぃ)の海路
倭人勢力図
都と集落場所

             1

 倭人襲来から二年が過ぎた。此の二年は双方にとってとても大きな意味を持った。此の二年で渡来して来た倭兵秦兵の数は十万を超えたが制圧出来た国は末国と不国だけである。もしも時を戻せるのなら蘭泓穎(らんおうえい)は此の侵攻をやめていたかもしれない。
 亀浜の襲撃から十日後、蘭樹師維  (らんうーしぃ)が倭兵を連れ高天原に到着した。蘭樹師維  (らんうーしぃ)は蘭泓穎(らんおうえい)と二手に別れ迂駕耶(うがや)を攻めたが思うようにはいかなかった。其れから更に二月が経ち蘭蒼呵(らんそうか)が増援を引き連れやって来たが矢張り困難である事に変わりはなかった。其の一番の理由は食糧である。既に知っての通り高天原の田畑は三佳貞(みかさ)達によって壊滅させられ、木の実がなる木々も全て燃やされている。其処に追い討ちを掛ける様に蘭泓穎(らんおうえい)は山や森を焼き払ってしまった。此れにより殆どの動物が死滅してしまったのだ。つまり高天原には十万を超える兵や民を養うだけの力がないのである。高天原と迂駕耶(うがや)の間に位置するオノゴロ島には田畑は無いが木の実や動物はいた。が、矢張り十万を超える兵を養うだけの力はなかったのだ。蘭泓穎(らんおうえい)は急遽秦の民に田畑を耕かすよう命じたが焼石に水であった。
 そして此の食糧不足は倭人や秦兵を窮地に追い込んだ。そして此の食糧不足は兵が増えれば増える程深刻になっていったのだ。蘭泓穎(らんおうえい)は此の窮地を奪回すべく本国から食糧を運ばせたが海を渡らねばならない不便さから此れも思う様には行かなかった。
 本来なら討伐を諦め本国に戻るが得策である。だが、蘭泓穎(らんおうえい)は其れを良しとはしなかった。理由は明白である。神としての絶対的権力が失墜してしまうからである。だから、蘭泓穎(らんおうえい)は食糧不足の状況下であっても戦い続けたのである。何にせよ一つ国を落とせば食糧に困る事はない。蘭泓穎(らんおうえい)達はそう思っていた。

 だが其れは間違っていた…。

 食糧どころか其処には何も無かったのだ。田畑は焼かれ、挙句土偶や陶器の破片が土に混ぜられ、木々は全て炭となり、建物も全て燃やされていた。貯蔵されていたであろう食糧も無く此の国は既に死んでいたのである。
「此処は炭の王国か ? 炭炭炭…。全て炭か !」
 泓穎(おうえい)は兜を地面に叩きつけた。
 不国を落とすのに二年。やっとの思いで制圧した国が炭なのである。此の状況に心の底から泓穎(おうえい)はムカついていた。此処に八重の民でもいればいたぶって憂さ晴らしでも出来たのであろうが民どころか猫さへ此処にはいなかった。
 何も無い…。蘭泓穎(らんおうえい)達は何も無い場所を奪う為に二年もの月日を費やしたのだ。否、費やされたのだ。

 食料が有れば…。

 蘭泓穎(らんおうえい)は心底そう思った。海を渡っての戦が此れ程迄に自分達を苦しめるとは考えてもいなかったのだ。
 忌々しい…。そう思いながら水路を流れる水を掬い上げ一口飲む。
「ウゲ…。」
 泓穎(おうえい)は思わず水を吐き出した。何とも言えぬ不快感、気持ち悪さが鼻についたのだ。水路を流れているから腐っているわけではない。
「何なんだ…。水も飲めぬのか。」
 プルプルと怒りで手が震える。
「帥升…。此の水は駄目だ。」
 倭兵が言った。
「駄目 ?」
「あぁぁ。駄目だ。この先の水路に死体が捨てられていた。」
「死体が ?」
「そうだ。大量の死体だ。しかも全ての死体から腸が出ている。」
「腸が…。」
 と、泓穎(おうえい)はクスクスと笑い出した。
「何がおかしい ?」
「別に…。」
 と、泓穎(おうえい)はテクテクと辺りを散策しに行った。
 テクテクと歩き泓穎(おうえい)の目に映るのは見事に焼かれた建物に荒らされた田畑。八重の民は一人もおらず、ご丁寧に山迄焼かれている。そして水路には死体。
 つまり…。
 奪われる事が前提だったと言う事である。前提であったにも関わらず制圧に二年も掛かった。泓穎(おうえい)はボーっと周りを見やり首を傾げた。何故なら此の二年。八重は必死に此の国を守る為に戦っていたからだ。
 否、だからこそかも知れない。奪われるぐらいなら炭にしてしまえと考えたのか ? もしそうだとして何一つ食料が無いと言うのは如何な事か ? 一緒に焼いたとしても炭となった食料は見当たらない。何より八重の民が何処にもいないのが解せなかった。共に逃げたとしても民の死体が無いと言うのはおかしな話である。
 食料も無く、民もおらず…。その様な場所を何故八重は必死に守っていたのか ? 何とも奇妙な話である。
 泓穎(おうえい)は更にテクテクと歩き周りを見やる。と、其処に楊端和(ようたんわ)が話しかけて来た。
「帥升…。駄目だ。何も無い。」
「みたいだな…。」
「あぁぁ…。水も飲めない。ご丁寧に川の上流迄死体だ。」
「上流 ?」
「そうだ。川の上流にも腸を剥き出しにした死体が捨てられていた。」
「そうか…。」
 と、泓穎(おうえい)は八重軍が敗走して行った方向を見やる。
「まったく…白鼻芯に化かされた気分だ。」
「そうだな…。」
 心此処にあらずな返答である。
「…。納得出来ない顔だな。」
 泓穎(おうえい)の顔を覗き込み陽(よう)が言った。
「何か妙だ…。」
「妙 ? 唯の消耗戦に過ぎぬさ。此方の兵站が少ない事を見越しての作戦だろう。取り敢えず敗走した先に偵察隊を向かわせた。」
「二年は掛かり過ぎたか…。」
 と、泓穎(おうえい)がボソリ。
「仕方のない事だ。海を渡っての戦がこんなにも過酷とはな…。」
 陽(よう)が言う様に此の二年間は地獄の様な日々であった。八重軍は其れを知ってか、其れとも偶々そうなったのかは分からないが此方が消耗する様な戦ばかり仕掛けて来ていた。そのお陰で思うような戦が出来ず悪戯に刻だけが過ぎて行ったのだ。
「大将軍…。すまないが偵察部隊を後一組編成してもらえぬか ?」
「後一組 ? 其れは構わないが…。何を調べるんだ ?」
「出雲だ…。」
「出雲 ?」
「そうだ。此の国は確か二つの島で構成されていたはずだ。」
「…。あぁぁぁ確かに。項雲(こううん)大将軍が言っていたな。」
「頼んだぞ…。」
 と、泓穎(おうえい)は又テクテクと歩き出した。
 楊端和(ようたんわ)の言う様に此れは明らかに消耗戦である。だが、だからと言って八重の民もおらず、食糧も無く田畑迄滅茶苦茶にする理由はなんだ ? 此の場所だけがそうなのか ? 其れとも既に迂駕耶(うがや)には民はいないのか…。

 だったら迂駕耶(うがや)での戦は無駄。

 使い物にならぬ田畑がある炭の王国を制圧した所で何の意味も無い。寧ろ自分達が追い詰められるだけである。

 兵站は既に限界なのだ。

 全てにおいて優れていても食糧が無ければ生きてはいけない。つまり、戦え無いのだ。だからと言ってこのまま戻れば間違い無く反乱が起こる…。神としての威厳が地に落ちてしまうと言う事だ。
「既に引き返す事は出来ぬ。死体を喰らってでも我等は勝たねばならん。」
 グッと拳を握りしめ泓穎(おうえい)は悔しさを仕舞い込んだ。
 其れから間もなく楊端和(ようたんわ)は部隊を編成し出雲に向かわせた。部隊は小船に乗り込み亀浜から津国に向かって行った。
 さて、その頃神楽(かぐら)達一行は末国の領土から既に伊国の領土に入っていた。三佳貞(みかさ)の策により若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)を長とする部隊と伊都瀬(いとせ)を長とする部隊の二編成をとり若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)は三日月砦に向かい伊都瀬(いとせ)は亀浜砦に軍を置いていた。
 三佳貞(みかさ)の思惑通り倭軍は増援を三日月砦に向かわせた。後は刻を稼ぎ、女、子供、老人と食糧を出雲に運ぶだけだった。だが、老人達は出雲に行く事を拒んだ。理由は若者が戦に駆り出され年老いた自分達が何もせず生き永らえるのを良しとは思わなかったからだ。だが、若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)は戦場では足で纏いになると其れを拒んだが、年老いた者達は戦えなくとも矢を作る事は出来る。鎧を手入れする事は出来る。剣を研ぐ事は出来ると言った。又老婆は美味い飯を作ってやろうと言った。老人達は頑なだったので若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)は仕方なく其れを承諾した。その為出雲に向かったのは女と子供だけとなった。
 此の大移動の長は別子(べつこ)の三子達が請負った。移住の際子供を産める女は兎に角子作りに励んだ。此れは少しでも国力を低下させない為である。三日三晩休む間もない程女達は必死に子作りに励みそして策は実行された。
 後はどれだけ刻を稼ぐ事が出来るのか ? だった。何故なら舗装された道を進むのでは無い。道無き道を進むのだ。普段使う場所には勝手に道の様な物が出来てはいるが、敢えて作った物では無いし無限に続いている訳でも無い。其れ程人の行動範囲は狭いのだ。しかも大量の食料を運び乍となると殆ど命懸けである。だから、予想以上に月日を要したのだ。
 だが、結果は上手く行った。此れは年老いた者達のお陰である。毎日大量の矢を作成してくれたお陰で弓兵は矢切れの心配をする事なく矢を射る事が出来た。痛んだ鎧も、刃毀れした剣も翌日には元に戻っていた。何より美味い飯は力の源になった。二年間耐え続けられたのは紛れも無い年老いた者達のお陰なのだ。
 だが、此れもギリギリの状態だった事は確かである。出来る事なら炭となった国を見やり諦めて引き返してくれればと願う。神楽(かぐら)も吼玖利(くくり)も皆がボロボロなのだ。だから、神楽達は追い討ちを掛ける。伊国に入ったからと言っても末国は未だ目と鼻の先であるし、周りは険しい山林である。近くの集落に行くより末国の都に行く方が近い。神楽達は少し開けた場所に陣を貼り奇襲を掛けそして逃げるを繰り返す事にした。と、言っても此れも三佳貞(みかさ)の策の内である。
 既に水豆菜(みずな)を長とした奇襲組が水豆菜(みずな)の元に集まっている。水豆菜(みずな)達は休む間もなく攻めるつもりなのだ。
「しかし、追い討ちを掛けよる必要等無いと我は思いよるんじゃがのぅ…。」
 助菜山(ジョナサン)に跨り神楽が言う。
「何を言うておる。此処で畳み掛けねば盛り返して来よるじゃかよ。」
 愛牛七尾(ななお)に跨っている水豆菜(みずな)が答える。
「じゃかぁ…。」
 と、神楽は水豆菜(みずな)の横につく。
「じゃよ…。此処で手を抜きよったら我等が負けじゃ。」
「分かりよった。我は徹底的にやりよる。」
 と、神楽はギュッと矛を握る。
「頼みよる。其方は天を照らす者じゃ。」
「大袈裟じゃかよ。」
「大袈裟では無い。ー少なくとも我はそう思うておる。」
 と、水豆菜(みずな)は奇襲組の八重兵と娘達を見やる。
「皆よ ! 此処が正念場ぞ ! 」
「応じゃ !」
「我等が国 ! 決して渡してはいけん !」
「応じゃ !」
「良い。出発じゃ !」
 と、水豆菜(みずな)達は末国の都に向かって進み始めた。
 刻を同じくして安岐国の領土内に戻って来ていた若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)も蘭樹師維  (らんうーしぃ)の部隊に奇襲組を差し向けていた。此の奇襲組の組長は月三子の津馬姫(つばき)が請け負った。
 若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)も又此れで倭族が諦めて本国に戻ってくれればと願っていたが当の蘭樹師維  (らんうーしぃ)は戻る気などさらさら無かった。逆に蘭樹師維  (らんうーしぃ)はこの窮地を如何に乗り越えるかを本気で考えていた。だが、兵站も限界に来ている現状を打開する策は何も思いつかない。かと言って秦国の軍師に策を問うのも信用ならない。蘭樹師維  (らんうーしぃ)は姉である蘭泓穎(らんおうえい)から秦兵を信用してはならないと言われているので素直に其れを信じているのだ。だから倭兵の将軍に策を求めるのだが、戦なれしていない倭兵の将軍から良い案が産まれる訳もなくただ…ただ苛立ちだけが募っていた。そんな日を二日程過ごした頃蘭泓穎(らんおうえい)から竹簡が送られて来た。蘭樹師維  (らんうーしぃ)は其れを読みながらホウホウ…

 ホウホウ…

「流石はお姉様…。」
 と、竹簡をジャラジャラと閉じると其れを前に突き出し”お姉様は我等とは見ておる場所が違いよる。”と言って。ニンマリと笑みを浮かべた。
「樹師維  (うーしぃ)…。帥升は何と ?」
 将軍が問う。
「炭を集めよ。」
「炭を ?」
「そうだ。其れも出来るだけ大きな炭だ。小さな粉々になったやつは駄目だ。」
「大きな…。」
「策には策だ…」
 と、蘭樹師維  (らんうーしぃ)は竹簡を将軍に渡した。


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