見出し画像

受けた恩は返すのではなく送るべし

ども、かにかまトマトです。カナダでアプリとかを作ってます。

いままで受けた、たくさんの恩はそのままその人に返さずに、次に送ろうぜって話です。

ペイフォワード

なんかネズミ講の説明しているみたい・・・

2000年公開の映画「ペイフォワード」というので日本でも有名になった言葉。
11歳の少年が自分が受けた善意や思いやりを、他の3人に送ること(ペイフォワード)で善意の輪が無限に広がっていく」というアイデアを発表し少しづつ街全体にペイフォワードが浸透していくみたいな話です。

映画の良し悪しは置いといて、このペイフォワードの思想は僕の根幹の思想のような気がします。

これは僕の若い頃に教えてもらった原体験が元になっています。

当時僕は、高校卒業したての20歳前後でアルバイトをしながら夢を追いかけていたわけですが、常に金がなかったわけですね。
とにかく貧乏で遊ぶ金もままにならない。
もう毎日コンビニ弁当でなんとかやりくりしていた時代です。

そんな時にある先輩が、仕事の帰りに僕たち数人の後輩を飲みに連れて行ってくれることになりました。
当時飲み代は先輩が必ず払うという習慣があったので、奢ってもらえるわけですがその先輩も金がないわけです。

するとその先輩は「ちょっと待ってて」といって近くのアコムに消えて行きました。そして帰ってきて「ほな、行こかー」って軽く言うわけです。

久しぶりのコンビニ弁当以外の食事にテンションは爆上がりなわけですが、さすがに心配にもなります。

僕たちは申し訳ないと思い、自分たちもお金を出すって言ったんですが聞いてくれません。

それでもやっぱり申し訳ないので、後日お金を返しに行ったんですがそこでその先輩の言葉に驚きました。

「俺に返さなくていいから、その金で次に自分が後輩できた時に奢ってやれ」ってまた受け取りを拒否されたんです。
「俺もそうやって先輩から奢ってもらったから」って。

ハタチ前後のかにかまトマト少年は衝撃を受けたわけです。
「かっけー・・・この人・・・」

この時の衝撃が今でもだいぶ引きづっていて、今でもその思想は頭に残っています。

だってあきらかに先輩も金もないはずなのに。

いや、確かに今考えると、金もないのに借金してまで後輩に奢るのってどうかと思うし、ちょっといい格好したかったからではとかいろいろな考えがあります。

でも実際にその時は助かったわけですし、その先輩には今でも恩を受けたことは残っているわけです。

いままでさんざんいろんな人に助けてもらってここまで来ました。
親から始まり兄弟、奥様、友達、先輩、後輩、先生、知り合いなどなど。
返せないぐらい恩を受けております。

でも個人的にはその恩は返さなくていいと思うですよ。
もちろん受けた恩は忘れてはいけませんが、全部を返す必要はないと思っています。

助けてくれた人にはリスペクトを返し、その恩は次へ渡していく。
10の恩をもらったら、2と敬意を返して、残り8は次に渡すみたいなイメージですかね。

そうすると「貰った・返した」っていう部分で完結せずに次につながっていきます。
まさにペイフォワードですね。



たまに「あの時あんだけしてやったのに」とか、「してやったんだから返せよ」って言ってくる人はいるかもしれません。

そういう人には逆にちゃんと返してやればいいと思います。
それでその恩の関係を終わらせられるので。

まぁ見返りを求めることももちろん悪いことではないですが、自分は次に渡していきたいなぁと思うわけです。

というわけで

僕がエンジニアになろうとした時も、カナダに来た時も、たくさんの人達のアドバイスや助けで今があります。
見返りを求めず無償有償に関わらず、勉強を見てくれたり、相談に乗ってもらったり。
本当にありがとうございました。

そういうことは次の人達に繋いでいきたいと思うわけです。
そしてその次の人達が次の人に繋いでくれると大変うれしいと思っております。

ではでは。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?