見出し画像

採算度外視すぎて意味がわからないたこ焼き屋さん

 いつも通りの道を原付で走っていると、今まで見たことのなかった「たこ焼き」ののぼりが目に入りました。新しい土地で、そろそろソースの味が欲しいと思っていたので、奥を覗いてみるとただの民家の玄関に取ってつけたようなキッチンスペースがあるだけのお店でした。恐る恐る網戸を開けて店の中に入ると、さぞかし当たり前のような顔で人の気配はなく、奥からワイドショーの音が流れてくるだけでした。
 お店の壁には、「たこ焼き11ケ300円」の他、心配になるくらい安いメニューがズラッと並んでいます。「すいませーん」と弱々しい声で、建物に尋ねると、掠れた声で、「ちょっと待ってくださいねー」と返事があり、上の階から人の足音が鳴りはじめました。1分くらいで、人の良さそうな少し背の高いおじいちゃんが降りてきたので、「たこ焼き一つお願いしてもいいですか?」と尋ねると、「20分くらい待ってもらうけどいいかい?お客さんが全然こないから、毎回焼かないといけないのよ、一つでいいかい?」と返事がありました。私だけのために20分も作業をして、たったの300円のお金しかお店に入らないという事実に、気まずい気持ちを持ってしまった私は、「あ、えっと、じゃあ2つで」と返事をしました。たったの+300円の話ですが、今の私のお財布事情からすると、かなりの痛手ではある額です。その反応に何かを察したのか、おじいちゃんは、「無理はしなくていいですよ」と紳士な感じで聞いてくださったのですが、私は、自分の中で、引くに引けなくなっていたので、「いや、2つで」と、決意を固めたように返しました。
 20分待っているのも暇なので、原付で、入ったことのない道を散策しながら、ずっとあのたこ焼き屋さんのことを考えていました。いくらなんでも採算度外視すぎるし、やる気も感じられない、かといって無愛想なわけでもなく、お客さんがきたら淡々とたこ焼きを焼く。見たところ他にお客さんもおらず、こんなに売れてなさそうなのにちゃんと材料は用意している。600円支払っても材料費や光熱費を考えるとなんなら赤字の可能性もある。全く理解が出来ないまま、たこ焼き22個分のお腹の空きを作ろうと、少し縦揺れをして知らない道を走りました。
 丁度20分後にお店に戻ると、まだ液が固まっていないたこ焼きが焼き機の上にありました。のぼりに書いてある「本場の味」「味自慢」という文字が滑稽に見えてきたなあと思いながら、結局10分ほど経過し、たこ焼きと代金を交換しました。肝心のたこ焼きは、焦げ臭く、生地もパサパサで、期待通りあまり美味しくないたこ焼きでした。私がお店に関わっていた30分間、他にお客さんが来た形跡もなく、あのたこ焼き屋に関してますます理解ができなくなりました。
 あのおじいちゃんは、どういう意図で、何を思いながらお店を開き、たこ焼きを焼いているのだろうか。そんなことをぐるぐる頭で巡らせながら、焦げ臭く甘ったるい小さなたこ焼きを、海辺のベンチで胃に収め、手を合わせて「ご馳走様でした」とつぶやきました。その日は、家に帰ってからも、あのたこ焼き屋さんのこと、おじいちゃんの焼いている姿が、ずっと頭から離れず、今も想像力を巡らされます。次に近くを通ったときに、のぼりが立っているかは分かりませんか、多分また、あの店にたこ焼きを買いに行くと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?