「マスクドシンガーが面白くなかった」

 「マスクドシンガーって知ってる?この前プライムビデオで観たんだけど、全然面白くなかっんだよね」
最近、マスクドシンガー2が配信開始されたようで、以前友人がこんな感想を話してくれていたのを思い出した。
 このマスクドシンガーの感想の話は、脈絡もなく会話に現れ、特にマスクドシンガーを乏しめていた訳ではない。ただ、面白くなかった、という感慨を話していただけだった。オチも展開もない話で、彼は、ただ「マスクドシンガーが面白くなかった」ということだけを話してくれ、具体的にどう面白くなかったとか、どれくらい面白くなかったとか、それ以上の情報は特段教えてくれた訳ではないのだが、どういうわけか、これは何となく私のお気に入りのエピソードとなった。
 巷では、ネガティブな発言、マイナスな発言をする人間とは関わらない方がよい、といった言説を、よく耳にするけれど、確かに私の知らない何かを悪意を持って乏しめるような話は、聞いていてあまり楽しくないものもあるけれど、そういった政治的な部分を抜きにして、何の損得勘定もなく、ただ自分の感慨を、ぼんやりと話してくれる友人は、貴重だと思う。ポジティブなものでも、ネガティブなものでも、知り合いの感慨の話は、聞いていて面白い。感慨の話は、話術とか、オチとか展開とかは一切いらないし、話し手の雰囲気だけで、絶品のトークになる。
 かの友人は、マスクドシンガー2は観たのだろうか。1が面白くなかったと言っていたので、おそらく観ていないのだろうけど、願わくば、2も観ていてほしい。面白くないんだろうなあと期待値を下げながら。そして、マスクドシンガー2が面白くなかったんだよね、などと、何食わぬ顔で、私にまた話してほしいものである。2は案外面白かったとかでもいい。そのへんは、割となんでもいい。
 ちなみに私は、マスクドシンガーは観ていないし、マスクドシンガー2を観る予定もない。なぜなら、面白くないと聞いているからである。

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