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じどうはったつしえんの巻

「かっくんいまどこにおると?! 手伝って!!」


ひと月ほど前から、しののせきのふく(下関のふぐ)の仕事を減らしてもらっています。午後はのんびりこれからのことに想いを馳せる時間に充てることにしました。

↑〈しののせきのふく〉の仕事の舞台裏。


が、のんびりしようとしていた矢先!

(……ネンガラネンジュウのんびりしてるんだけど)。


【放課後等デイサービス】
児童福祉法を根拠とする、障害のある学齢期児童が学校の授業終了後や学校休業日に通う、療育機能・居場所機能を備えた福祉サービス。ーWikipediaより


ぼくは毎日お昼を過ぎると、児童発達支援の現場で子どもたちに遊んでもらうことになりました。

放課後等デイサービスを始めたばかりの友人から声がかかり、下関から福岡まで、出稼ぎ先から出稼ぎ先へ、ふぐから子どもたちのところへ、という副業?ダブルワーク?を期間限定?ではじめています(友人がはじめたのは、未就学児のための「児童発達支援」と就学児のための「放課後等デイサービス」併用のサービス。)。


で、以下の放課後等デイサービスの支援に基づいて、ぼくは主に小学生たちに遊んでもらっています。

①自立支援と日常生活の充実のための活動
②創作活動
③地域交流の機会の提供
④余暇の提供

じ、自立支援……。
に、日常生活の充実……。
ぼ、ぼくもちゃんとします……。

午後になると、先生たちは手分けして子どもたちを学校へ迎えに行きます。戻ってくると、検温や手洗いなどの対策。おやつを食べる子、せっせと宿題をする子、すぐに遊びに取りかかる子、かっくんに飛びかかる子……。


にぎやかな時間の始まりっ!
おりゃーーーっ!
かかってこいやぁーーーっ!


ちなみに午前中は〈児童発達支援〉対象の未就学の子どもたちの時間で、〈放課後等デイサービス〉対象の子どもたちと入れ替わり帰宅します。

↑夜なべして、オニ退治用の仮面づくり。もちろん、投げつけられましたよ、マメ、袋ごと!イテェじゃねぇかー!みたいな毎日です。


〈放課後等デイサービスガイドラインについて 〉
放課後等デイサービスは平成24年4月に児童福祉法(昭和22年法律第164号)に位置づけられた新たな支援であり、その提供が開始されてから間もないこともあって、利用する子どもや保護者のニーズは様々で、提供される支援の内容は多種多様であり、支援の質の観点からも大きな開きがあるとの指摘がなされている状況にある。ー厚生労働省


ぼくがはじめて児童支援に携わったのは、10数年前。児童養護施設での子どもたちの寮で、数ヶ月、寝泊まりしながらの生活支援でした。その後、放課後等デイサービスの立ち上げなどに関わるようになり、児童発達支援が身近になりました。そこで目にしたものは、福祉(サービス)と社会(通念)との距離。そして、職員の育成が後手後手に回りやすい環境にあること。

これまでも、近いようで遠い社会とのギャップはあちこちで見てきた。
特に、資格も専門的経験もないぼくへの教育的指導が始まったときは顕著です。ぼくは子どもたちや子どもを取り巻く社会に対して、いつでも自分の常識を自覚して関わることにしています。良いことは良い、ダメなことはダメ。窮屈は苦手なので、ゆったりと構えてじっくり観察をしてから「それいいねぇ!」とか「あぶねえんじゃね?」みたいに関わっていく。

子どもを含め、人との関わりをわかりやすく書くとこんな感じ
〈見る(観察) → 聞く(言いぶん) → 伝える(アイ・メッセージ)〉

はじめて関わった児童発達支援現場で、ぼくの関わり方に教育的指導が入った。

「(子どもの悪ふざけを)なぜ止めない?」
「キミは何もわかっていない」

福祉施設では職員不足が当たり前が前提のことが多く、ぼくのような無資格の人間を投入しなければならないのが現状。職員が足りないということは、職員に対しての育成・教育に割く時間の確保もむずかしい。

当時、素人のぼくへの引き継ぎや注意事項やルールの説明はなく、現場で問題が起こった時に対処するという、現場主義に頼っていた。そのため、ぼくのケースに限らず、頭ごなしの教育的指導や衝突という結果になる。もちろんこのような現場ばかりではないけど、アンケートを見てみると、当たらずといえども遠からず。

【自治体・放課後等デイサービス事業所を対象としたアンケート調査】

〈自治体調査〉より抜粋
質の向上における課題としては「十分な支援を行うための職員確保が難しい」(44.2%)、「十分な支援を行うた めの職員の育成が難しい」(42.2%)「送迎体制の確保が難しい」(27.6%)となっており、自治体が運営や体制 整備に関することを質の向上における課題と認識していることが推察される。自治体がなにをもって十分な支援と解釈しているか、今後の調査にあたり設問の見直しも含めて検討し、明らかにすることも重要である。

〈事業所調査〉より抜粋
サービスの質の向上における課題は、十分な支援を行うための職員確保が難しい(47.7%)事務作業量が多 い(41.2%)男性職員が不足している(40.7%)が多く挙げられた。職員確保は自治体調査でも最も多く挙げら れた課題で、認識は一致しているが効果の高い取組が少なく苦心している状況がうかがえる。

✳︎平成 24 年 4 月に児童福祉法に位置づけられた放課後等デイサービスは、提供開始時点(平成 24 年 4 月)の利用者数が 51,678 人であったが、子どもや保護者の大きなニーズを背景に、平成 30 年 12 月には 177,888 人と約 12 万 6 千人(3 倍以上)増加した。平成 30 年 12 月時点で、事業所数は 13,052 か所であり、居宅介護(20,008 か所)に次いで事業所数が多いサービスとなっている。

〈放課後等デイサービスの実態把握 及び質に関する調査研究報告書〉みずほ情報総研 株式会社
ー厚生労働省 令和元年度障害者総合福祉推進事業ー


↑子どもは風の子!(近所の公園編)
半そでで、走りまわってるのはぼくだけだけど!


「手伝って」という役割
話を「いま」に戻しましょう

友人「現場の先生たちに、誰か連れてきてください!って言われていて……誰かって言われてもなかなか……。はっ!そうだ!かっくん!?」

かっくん「あはは、わかったー。じゃあとりあえず、あした顔を出すよ」

できたてのほやほやの若い事業所
現場の先生たちは、新しい現場で自分たちの魅力を発揮しながら笑顔で楽しくがんばっています。でもやっぱりなかなか思うような支援(理想)を提供できず、日々追われる現実に埋もれがち。そんな先生たちを、子育てを終えたパートの方たちが落ち着いた雰囲気で支えている。

現場の先生たちのこころの支えは、事業所代表でもあるぼくを呼んでくれた友人でした。彼女との出会いは10年前。東日本大震災のボランティアから戻った頃から手紙のやりとりを続けてきました。

その当時、お金があれば必要な支援が、支援が必要な人に、支援したいときに、支援したいだけ届けられるから、お金持ちになりたいと話してくれました。そして今は、児童発達支援にたどり着いて、現場からの人望もあつい。

支援という役割を見つけた友人を手伝いに来た。それが今回のぼくの役割。


子どもの支援、おとなの役割
子どもの支援に必要なことは、先生(大人たち)のこころの栄養を満たすこと。ぼくの役割は、毎日、先生たちとのちょっとしたやりとり……それいいね、ありがとう、おいおいおいと冗談いったり、疲れた顔してるねぇと労ったり……。支援やこころの栄養が必要な時に、隣の誰かが手を差し伸べてくれる。そういうことを担えることが、ありがたいなぁ。すなおにうれし。


現場の理想は、子どもの喜怒哀楽をやさしく見守りながら(権利の尊重)先生たちの魅力を爆発させる支援(技術の提供)

子どもの安心
→安心を生み出す創意工夫
先生の魅力
→魅力を爆発させる環境づくり
地域ぐるみの応援
→社会との関係づくり

そして……
子どもたちとの時間を通して得られるハッピーな時間。


ふらっと立ち寄っただけのぼくの役割は、「こんな風に生きてきました」と、子どもたちや先生、ご近所さんに見てもらうこと。先生でも親でもない通りすがりのひとりとして、そのくらいの役割が、ちょうどいい。


桜が散る頃、さてぼくはどこで誰とどうしているかなぁ。

↑庭に寝転がってながめる風景は、芽吹きはじめた桜の蕾と初春のあおぞら。

子どもたちが学校から帰ってきても、寝っ転がったまま「おかえり〜」とかなんとか……こういうことをやっているから教育的指導が入るのかも知れないけど子どもは楽しんでくれるからそこは死ぬまで知らん顔。おしまい♪

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【追記】4月2日
何者にもなれないぼくは、4/1付けで児童発達支援の手伝いをあっさり終了。あまり後味の良くないお別れでした。子どもに関わる大人の学びは本当に大事だと思い、児童発達支援を取り巻く苦悩を知ってもらいたいと思い追記として残したいと思います。

「休みの日まで、勉強(仕事)したくない」

世界自閉症啓発デーは、児童発達支援の現場で働く大人も知らない世界的な取り組み。

知られていない背景は、冒頭の言葉をポロッと吐いてしまう環境にもある。それは個人的な興味関心の違いなの?そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。云えることは、学びは現場の支援だけでは完結しないってこと。

支援の現場で支援する大人たちが、自らの魅力を発揮できずに疲弊し考えることを手放してしまう場面を多く見ました。止まってしまった個人やチームの思考に自ら気づくのは難しい。実際にトラブルが頻発してしまっていた。

専門性の弊害

子どもとの時間を大切に思う気持ちがないわけじゃない。ただ、その余裕がない。記録、連絡帳、etcに追われ、子どもたちの目を見て動きを見て支援をすることを諦めてしまっている。まず専門家は、それを自覚しないといけない。専門性の前に人間性を大切にしなきゃ。哲学して感じて考えて伝えて話し合える力を身につけなきゃ。いつまでも魅力的でいなきゃいけない。

でも多くの大人たちは子どもに追われる日々の業務の中で、〈専門性という魔法〉に頼りすぎた結果、学ぶことをしなくなっている。魔法はいとも簡単に解けてしまうというのに。

子どもたちはいつも表現しています。言葉だけではなく、それ以外の方法でもどんどんぶつかってきます。その思いに応えるために、いま一度、大人は立ち止まり、その表現された思いを正面から受け止めなきゃいけません。

大人の事情を優先するよのなかで、子どもの好奇心を応援する本当の専門家が求められています。魔法ではなく、目の前にいる子どもの目を見て耳を澄ませてそうなんだねと聴くことのできる人が求められています。

仕事なのか愛なのか、どうする大人たち。

子どもの好奇心が等しく尊重され、大人も好奇心を持ち続けられる世の中でありますように……現場からは以上です

✳︎ 「希望と癒しの色」今年の世界自閉症啓発デーのテーマカラーはブルー。視覚が過敏な自閉症の人たちが、落ち着いて見られる色なんだって。

↓ 【特集】子どものSOSの“声” 大人が聴き逃さないために/NHKハートネット
https://www.nhk.or.jp/heart-net/article/214/

↓コロナ禍で子どもの発達に関して「取り巻く状況が悪化」と64%の保護者が回答/特定非営利活動法人ADDS
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000002.000077288.html

↓ 日本の成人の「#生涯学習」率は、先進国で最低
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2015/08/post-3823.php