早稲田の考える猫😺空きコマ活勉強会standfm 6月21日放送原稿 「同じことを繰り返すのはうんざり」

最初の放送でも紹介した、
フランスの作家カミュに『シーシュポスの神話』
という作品があります。
シーシュポスというのはギリシャ神話の登場人物です。
物語の中でシーシュポスの気ままな行動が
怒りを買い、彼は岩を山の頂上まで運ぶ刑を命じられます。
懸命の努力で岩を山の頂上まで運び上げると、
岩はその重みで地上へ転げ落ちてしまい、
またスタートに逆戻り。
どこまでも終わりがない刑罰だったのです。

私は子供ころ聞かされた「賽の河原の石積み」
という話しを思いだしました。
子供頃、毎晩ベットに入ると
父親が枕元に来て本を読んでくれました。
眠ると怖い夢を見ることが多かったのですが、
父が語ってくれる夢の世界はどれもそれぞれ楽しく、
大好きな時間でした。
そんな中で地獄の絵本というのがありました。
子供にはとても刺激的で、
3日坊主の親孝行に励んだのを思いだします。
その中でも印象に残っているのが「賽の河原」の話です。
子供が一生懸命、川原の石をジェンガのように
積み上げると、鬼がやってきてがっちゃーんと
山を崩してしまう。
暴君のお兄ちゃんみたいです。
子供は泣きながらまた石を積み直すことになります。
カミュの本を読んだとき、
シーシュポスの岩とこの絵本の記憶がシンクロしました。
これは何をあらわした話なんでしょうーか?

スイミングスクールに通っていたことがあるのですが、
コーチがいいというまで、
プールを往復する練習をしたことがあります。
バッタ、バック、ブレスト、フリー
(バタフライ、背泳ぎ、平泳ぎ、クロール)
これを25メートルずつ繰り返す…
とく最初のバタフライがきつくて、
ひとセットが終わると、またバタフライから
始まるのが嫌でしょうがありません笑
何メートルでゴールとわかっていれば
「頑張ろう」という力が湧いてきますが、
同じことを繰り返して、
ゴールが分からないのはたしかに
とてもしんどいなーと感じます。

大学受験の時は1日10時間くらい
勉強したというひともあるでしょう。
模試を受けてもなかなか思うような結果が出ず焦る。
好きな遊びや部活もやめて、特進クラスで夏は教室に缶詰。
そんな苦労を乗り越えて、志望大学に合格できれば、
心のなかでマリオジャンプ、喜びは格別です。
そこでほっと一息ついていると、
課題の山がやってきたり、就職活動が始まったりします。
一つ一つがシーシュポスの岩の、
1ターンにあたるのかも知れません。
1ターンが終わるとまた次が始まる。
それが生きることなのかも知れません。
そうやって頑張っていくのは何のためなんだろう?
分からないと、つらくなってもきます。

その時は分からなくても、
沢山の点がつながって、このためだったのか!と
すべてが意味をもつことがやがてあるのではないでしょうか?
これ一つ果たすためだったと、流した涙も喜びに変わるゴールはどこか?
この放送でこれから考えてみたいと思います。

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