3-⑨ Paint it Black

そう、結局壁画はあたしが塗りつぶすことになったのだ。

堀田さんに業者をあたっていてもらったのだがこう言われたのだ。
「業者、知り合いに探してもらってるんですけどね、この時期どこも忙しいらしいんですよ。この忙しいときにたいしてお金にならない半日仕事ってやりたがる人あんまりいませんしね」
「飲食業を複数店、20年以上経営してて実家が内装業やっている知人に壁画の写真見せたら自分で塗ったほうが手っ取り早いし安くつくかも、と。いろんな飲食用物件借りた経験から言って、大家も管理会社も、絵さえ見えなくなれいい、という考えのはずだから、工務店のようなプロの仕上がりでなくてもいいはず、と言うんですよ。飲食業者としても、内装業知ってる人としてもいろんな物件みてるひとだから、信用できるといます」

どうやら、自分でするしかないようだ。

弁護士を通じて社長に状況を説明。予算を提示。
「OK」の回答待つこと数日。

こういう、以前だったら社長と対面で「いいですか」「いいですよ」という話がいちいち弁護士をかんで報告、許可ゲットなのでまどろっこしい、と今回あれこれの話を進めるうえでしみじみ感じた。

あたしが塗ったほうが安くつくのだし、それしか選択肢ないからOKの答えしかないだろうと思いつつも、OK得るまで動けぬ悲しき宮仕え。せめて答えを待つ間にせっせと必要な道具や塗り方など予習する。買うべきものをメモる。

猫田さんが処分を担当する物品をブリリアントに取りにきたとき、
「これでずいぶん、片付けたんですよ」
と言っても
「・・・」
無表情の無回答。

悪気があるわけではなく、むしろ社長があたしを「すごい人だ」と言い、本人も「すごい人だ」と思って尊敬してくれているらしいのだが、自分のとりかかるべき目先のことに頭がいきすぎて周囲への注意や対応がおろそかになり、人をムッとさせることが得意だ。

それでもめげずに
「この壁を、黒塗りしなきゃいけないんですよ~」
とあたしが言うと、
「簡単そうですね」
と言うのにはさすがにムっとした。

このひとには、こういうところがある。
いぜん、まだ一度も業務がかぶっていなかったので一緒に仕事をしたことがなく、ここまで話の通じない、こちらの当然や仕事の常識があちらのそれとはかけ離れているひととは知らずに仲良くちょこちょこ飲みにでかけていたころ、あたしが前職時代に上司のパワハラで適応障害になった話をしたら、
「鬱とか適応障害とかにかかる人は、物事の受け取り方を間違ってると思うんです」
と言ってのけたのだ。

そのときは
「ああ、想像力がなくて残念なひとだなー、実際に適応障害になったことのあるひとに対してそういう言葉を吐けるなんて」
と思ったものだが、その後、彼女がひそかに見下していた天野さんが辞めて自分ひとりで配送業を担うことになった途端、あれこれできないのが露見して社長に怒られるようになり、鬱を発症したとかで診断書をもらって皆に触れてまわっているらしい。

それをきいて「ああ、いるよなあ。他人のやってることを『簡単だ』『どうってことない』『自分はもっと上手にできる』と思って見下して、実際にはできないひとって」と思ったのだった。

社長があたしに愚痴るところによると、報告すべきことを選別できない―報告しろと言うとどうでもいいことでもすべて報告する、選別しろというとどうでもいいことは報告して、重要なことは報告しない―らしかった。また、時系列に話をすることもできない。「終わった」こともよくよく話をきくと終わっていない、判断力ないのに勝手に判断する。「これはだれだれの担当」となると、思考を停止してなにも考えずに丸投げする。ただ、単純作業は素早く丁寧で有能らしかった。

なので、ブリリアントからの去り際に
「ペンキ塗りのとき、お手伝いするので声かけてくださいね」
と親切に言ってくださったが、もちろん声をかけずに一人でやった。

彼女がいたらそりゃ早く済むだろうが、
あたしだって初めての作業なんでどんくさいところはかなりあるだろうし、
いちいち彼女に養生の仕方などを説明してイライラする時間を過ごすくらいなら
時間がかかっても、納得して自分で丁寧にやったほうがいい。
それに、「ほらね、やっぱり簡単だ」と思われるのもしゃくだからだ。

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