2-⑨ そういえばあたしも事情聴取をうけた

新しい事務所に移って一年ほどたった今年の春先。
またも社長が警察に急襲されたという。
同時に東京の女性スタッフ宅にも。

社長は入社時に説明があったようにいくつもの会社を経営していて、その後も「どこそこを買収した」や「新しい事業を展開」という話はきいていたけれど、いったいいくつ、どんな事業を行っているのかあたしたちは全然把握していなかった。あたしが知っていたのは配送業と飲食業、そしてあたしと照山さんが従事しているウェブ関連、それから東京事業所と一年前に閉鎖した香港事業所だった。東京のほうはいくつか事務所があるらしく、うち一か所のスタッフ2名に、人手がいるときにこちらを手伝ってもらうことでたまにやりとりがあった。

前回のガサ入れはあたしが入社する前に社長が関わったひとがやっていたビジネスに関してで、そのビジネスを運営するひととずいぶん前に話が合わなくなり、手をひいていたのでとばっちりと言える案件だときいていた。今回の案件はあたしが入社してからのものだったけれど、こちらも、もう一年以上前に手を引いた話だ。

東京の女性スタッフは、こんな警察が自宅にやってくるような仕事はさすがにやっていられないと辞めていった。彼女が担当していた仕事は、あたしが引き継いだ。

ガサ入れから2カ月ほどたったころだったろうか。
ある日、携帯に電話がかかってきた。
「金井さんの携帯ですか。警視庁の神田と申します」
とうとうきたか、と思った。

前回のガサ入れの件はあたしの入社前の話だったけれど、
今回は、事情のわかっていない末端とはいえかかわりのあった件だし、運営者とメールのやりとりもしたことあるもんなあ。
あたしの履歴書は前回のガサ入れで押収されとるし、
その際に住所氏名生年月日聞き取られてるから、身元は把握されている。

本人は「やましいことはしていない」と言っているが
法律すれすれみたいなこと重ねてたみたいだから、そのうちこういう日がくるかなあとは思ってたんだ。

神田さんとしゃべりながら、あたしはオフィスの外に出た。

その日は照山さんも出勤する日で、彼もオフィスにいたからだ。
割と気にしいで、アヤシイひとが事務所付近うろついたことがある、という話をきいただけで
「この会社、ヤバいですよ!」
とビビっていたネロさんとちがい、照山さんは意外に腹が据わっているというか、一年前の警察のガサ入れのときもビビってなかったし(ネロさんは当時既に在宅勤務だったのでその件はネロさんには伏せておいた)、今回の社長宅のガサ入れも気にしてないようだった。もっとも、自分はどちらの件にもかかわっていないから怖くない、と思っていたからだようだが。
それでも、照山さんに詳細をきかれたくないという気持ちがはたらいてオフィスの外に出たのだ。

エリートサラリーマンみたいなしゃべり方をする神田さんは、先日社長と女性従業員の事情聴取をした件で、平日の2日間、あたしからも話をききたいという。

「就業中なので、まず社長の許可を得てお返事します」
と一旦電話を切り、社長に許可を得て、2週間ほどのちの日程で事情聴取に協力することになった。

事務所に戻ると照山さんにその旨伝えた。
あたしは末端だからたいしたことないだろうと思いつつ、警察の事情聴取を受けるとなるとさすがに落ち着かない。自分は無関係と決め込んで平静な照山さんが憎らしかった。

ついにあたしにまで魔の手がのびてきたということで、社長はえらく落ち込んでいた。そりゃあそうだ。つい先日、そのせいでスタッフが辞めたばかりだもの。部長くんとの関係であたしが悩んでいたとき、天野さんと社長との雑談ベースで「このままの状態では働きにくい」という話をしたとき、「蘭さんが辞めても仕事はやっていけるけれど、辞められたら困る」と言っていた。
右腕と頼んでいた部長くんと秤にかけてまでとったあたしがこのせいで辞めたら、と思うと落ち着かないだろう。ふだんから、社長の口癖は「従業員が全員辞めてもやっていける心構えでやってはいるけれど、やはり有能なひとに辞められたらさすがに大変」だった。辞められたら困る人員のなかにあたしが入っているのは明らかだった。

仕方ない。

ひとによっては引かれるから、社長だったら大丈夫だろうとは思っていたけれど、職場でみだりに言うことではないと思っていたので言わなかったことを言うことにした。

「あの~、実はあたし、前夫は元やくざ屋さんで…。娘もちょっとやんちゃで、十代の頃少年院に行ったことがあって。だから、警察平気です」

それをきいて、社長の顔はパッと明るくなったね。
「そうか~、そうなんだ!それで、蘭さんの妙に肝が据わった感じがあるのに納得いきました!」
とはしゃぎだし、自分の高校時代の「武勇伝」なども話し出した。
元夫とは1年くらいしか一緒にいなかったけどそれでもまあまあいろいろ経験したし、それに加えて数年後、当時「名門」と言われていた武闘派の組の幹部をやってたひとと5,6年つきあったこともあるのだが、それはまあ、言う必要ないだろうと黙っていた。

事情聴取の当日、警視庁が場所を借りたという署に行ってみると、一階ロビーに神田さんとその部下の女性が迎えにきてくれた。
「会議室が借りれなくて、被疑者取調室になりますが、被疑者ではありませんからね、ご安心ください」
と言って逃走防止なのだろうか、曲がりくねってエレベータの乗り継ぎもわざとのように遠い迷路のような構造の建物の鍵のかかった区域の細長い廊下に愛想なく並んだドアのひとつの一室に2日、通うことになった。

まずは神田さんの警察手帳をみせられ、「マスクをしていますが、同一人物です」と冗談のような紹介を受けて着席、
「金井蘭さん…お父さんは山下善太郎、お母さんはシマノさんですね」
ちっ、どこでそれを…最初にガサ入れされたときにあたしの住所氏名、電話番号履歴書はおさえられてると思ったが、履歴書には両親の名前書いてないはずだぞ。そこまでおさえられてるとわな。しかし残念、

「え~っと、山田、です」

戸籍謄本とってきて、その写しとかで見えにくくなってたのかな。それにしても恥ずかしいこって。と内心のにやにやを押し隠して神妙に座りなおす。案の定、神田さんはちょっと狼狽していた。

気を取り直した神田さんが履歴書の写しと思しきものを眺めながら、まず経歴を言えという。
その一か月ほど前に、猫田さんのことが嫌になって就職活動をしたわけだけれど、その際の面接よりよほど詳細に経歴をききとられた。小学校から校名言わされた。「なんでこんな細かいことまで時間かけて言わなきゃいけないんだヨー。警察もヒマだなあ」

あたしはもともと、その件にはほぼ関わっておらず、運営関係者と何回かメールでやりとりしたくらいでしかも相手はあたしの名前すら知らない状況だったのでなんの役にも立たないと思うんだけれど、自分の知りうるかぎりの、会社について、社長について、周囲の人間についてなどを聞き取られた。あとでほじくられないよう、間違えのないように…と思っても、約2年も前で、さして注意も払っていなかったことを正確に覚えているはずもなく、忘れていることも多く、敵はあつめた資料や情報をながめつつ「それはこうじゃないの」「そのとき、蘭さんはSkypeでこう答えているよ」などと言うのに神経をすり減らしながら話をして、終わった時にはどっちゃり疲れていた。

2日目のおわりに、神田さんが
「じゃ、こんなもんかな。逆に、金井さんから質問ありますか。思い出したこととか」
と言うので
「どうして親の名前がわかったのですか?」
と訊くと神田さんは胸を張って
「それは、警察だからです!」
まあそうだろうな、警察だったら問題なく戸籍謄本取り寄せられるだろうよ。
読み間違えるか、読みにくいものをあげてくるか、詰めが甘いけどな。
と思いつつ

「さすがです」

と恐れ入ってみせると
「といっても、すべてを監視しているわけではないので、安心してください」
たりまえだろ。さして関わってもいないあたしの一挙手一投足監視してたら、警察、よほどヒマだわ。
と思いつつ
「はい」
とかしこまってみせた。

解放されたあと、
繁華街のちかくの署だったので、終業時間より前に解放してもらえたけれど在宅勤務のその日、すぐ家には戻らずに気分転換のショッピングをしてから帰宅した。

その後、社長は拘留中にその件で再逮捕されたらしいけれど、その件については不起訴になったとのことだった。
これ以上、あたしにはなんも言ってこられないかな、と思うとさすがにホッとした。

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