3-② ブリリアントの移転とゲンくん

前の店舗、建前は「閉店」だったけれど、社長の考えは別にあった。

いまの店舗を続けるには無理がある。家賃が高すぎる上に大幅な赤字続き、現在のスタッフは使い物にならないけれども自分のバーは持ち続けたい。

そこで閉店半年ほど前に計画を始動した。
高給料高飛車嫌われシェフが解雇された後、それまでバーテンダーとしてやっていた料理もできるゲンくんがシェフとしてやってきたのを新店の店長に据えて、規模の小さいテナントで同じ名前の店を開くことにしたのだ。ゲンくんはしれっと部長君指示の閉店作業を手伝いながら、水面下で社長の指示のもと、新店舗の準備をした。

これまでのスタッフ、なにより部長くんの手前、店は「経営権をゲンくんに譲った」ことにして、「ブリリアント」1号が閉店した翌月にするりと「ブリリアント」2号がちかくに開店した。

ゲンくんは1号の店長より10歳以上若く、また可愛らしい男の子なのですこしはマシになるかな?と思ったけれど、残念ながらそうはならなかった。

1号の店長、シェフ、それにゲンくんにしても、安定した月給をもらえたら安住して思考を停止してなにもせずに現状維持に走る人間心理の好例なのかなと思えた。

集客の工夫や努力がまったく見えないのだ。
言われたら「かしこまりました」とはいうものの、実行はなし。
たまに、やってるふり。

そうして、同じように客の入らない、リピーターのできない、まだテナント小さくてスタッフは店長ひとりなので損失は1号店より少ないけれどといった状態が続いて社長が悩みはじめたころ、コロナで飲食業への「保証金」が出ることになり、お店はなんとか赤字を免れ、存続することになったのだ。

それにしても、ゲンくんはできない子だった。

ほんのすこししか関わったことのない照山さんも八田さんが嫌いで(「というか、話が通じないんです」)、ブリリアント1号時代に嫌でも従わなければならなかったゲンくんはジンマシンが出るほど八田さんが嫌いで、まだほかの従業員が八田さんの文句を言えないときからゲンくんだけは社長に「あの人は無理です」と訴えていたくらい。あたしらの勤務していたオフィスから電車一本ですぐ行ける場所にあることもあり、照山さんは出勤日の金曜日、終業後にはほぼ毎週、新ブリリアントに寄って八田さんに対する愚痴大会、ゲンくんから八田さんの「伝説」をきく会だったようだ。

そんなわけで、照山さんはブリリアント2号とゲンくんには親しみを持っていて、ウェブページだの、メニューだの、音楽システムだのの設定手伝いを、社長から言われてということもあるけれど、親切にわかりやすくガイドしてあげていたようだが、それでも反応が悪く(「どうしてこんな簡単なことを回答/設定できないのだ」)遅々として進まないことも多かった。Wi-Fi設定など、社長から「手伝ってあげてください」と言われ、あたしが連絡すべき業者の情報をみつけて教え、以降は自分で進めますからということだったのに数か月後、照山さんと店に行ってみたが未完。どうなっているのかと問えば「封筒が来たきりで、なにも連絡ないんですよ」。
「その封筒は?」
見せてもらうと、そこにはいっているカードを既に設置されている機械に差し込めばいいだけだった。

USENも、申し込んでいるのに流し方がわからないので、自分の持ち込んだオーディオにCDを入れて音楽をかけていた。すこし読んでみれば、調べてみれば、動いてみれば解決することを、言い訳ばかりで動こうとしない。一事が万事、そのような調子だった。そんな店が繁盛するわけがなかった。


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