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娘に気づかされた「手段」と「目的」のちがい 〜今日はサンタさんに手紙を書こう〜

ある日、仕事を終えて家に帰ると、
「papa―!!幼稚園でお友達にお手紙もらったー!!」
「ほんとー!?良かったねぇ」
「…お返事、書きたい」

2歳ごろから、子どもに「どうやって文字を覚えさせるんだろう」と思っていました。
出産祝いでもらった文字のおもちゃで遊んだり
絵本を読んで聞かせたり
しまじろうの付録をお風呂に貼ったり
それだけでも本人は楽しそうで、だんだんと言葉が読めるようになった。

文字を書く練習をしたこともある。
娘:カキカキ。
「見てー!これが、まるーーー」
絵を描いてしまう娘。どうやって文字を書くことを覚えさせるんだろうと思っていました。

「…お返事、書きたい」

なるほど。

目的があれば、いいのだ。



娘は、お返事を書きたい一心で、一生懸命に、紙によれよれの文字を書いて頑張った。

覚えるスピードに、感動さえした。

僕が言った「文字を書こう」は「手段」でしかないんだな。

その先にある、「〇〇したいから」が目的なんだな。

目的がしっかりとあれば、本人はやりたいことのために、自分で頑張るんだな、と。



目まぐるしい日々の中で

「手段」でしかないのに、それが「目的」のように

錯覚してしまっていることがある。

その場合は、だいたい長続きしないし、

いつの間にかゴールして、ゴールした時に「なんでこれしてたんだっけ。」
なんてこともあった。



娘には、本当にやりたいこと=「手段」で終わらず「目的」までが描けるような

そんな話しかけをしていきたいなと思っています。

さぁ、今日はサンタさんに手紙を書こう。




夢を描く時も
「歌手になりたい」なら
これは誰にでもなれる

「みんなに歌声を届けたい」
これは目的になる。

目的が見えたとたん、手段は何通りもあることを想像できる。

想像してみたら
「事務所に所属して、歌を歌って、それでお金をもらって食べていける歌手」ならば

手段は絞れて、やるべきことの順番が見えてくる。

「目的」ってかっこよく言えば「小さな夢」で
やっぱ大事なんだなと気づかされた
そんな日。