2020.XX.XX

 その日、店主が顔出しの看板を掲げているインド料理屋さんはお休みだった。

 何回通っても店名は覚えられないけど、街に煌々と輝くその看板は忘れないし、笑顔で収まった写真が看板になっちゃってるもんだから通りがかっただけでこちらも気分良くなっちゃうし、人に説明するときも「あの顔出しの看板のインドのごはん屋さん」といえば大体通じるし、行く前からなんとなく好きに分類されていた。行ったら行ったで予想より大分好きな味のごはんばっかりあるもんで、私はその顔出し看板のインド料理屋さんが大好きだ。

 その日、店主が顔出しの看板を掲げているインド料理屋さんはお休みだった。

 生きてるひとたちはおやすみしないと死んじゃったりしちゃうので、是非のんびりしてほしいし、眠たい日なら思い切り寝てほしい。そう思いながらも空腹が悲しい気持ちを増長させるので、早いところ今日のお夕飯を決めなければ、きっとめちゃくちゃにしょんぼりしてしまう。

 ここまで来る道すがら、タイ料理屋さんがあったことを思い出す。
 ビカビカに電飾が施された、国道沿いのタイ料理屋さん。1度も行ったことはないけどいつもビカビカしているからきっとビカビカが好きなタイの人がやってるんだと思う。ビカビカさせたいから、夜も遅くまでやっているでしょう。閉まってたら閉まってたで、もう今日はそういう日だから。

 夜は22時に差し掛かり、半ばあきらめるような気持ちで国道沿いのビカビカタイ料理屋さんへ向かう。やってる。遠目から見てもビカビカしてるし、超やってる。私は嬉しくなって急ハンドルでお店の駐車場へ入る。完璧な気持ち。こんな遅い時間にビカビカしてるんだもん、嬉しいに決まってるじゃない。
 店のドアを開ける。蛍光灯に照らされたカウンター席と、奥に見える暗がりのテーブル席。暗がりの天井ではビカビカのLEDテープが色とりどりに点滅し、そのふもとで知らないおじさん爆音ごきげんカラオケショーケース。取り巻きの夫婦もノリノリだ。店員さんは出てこない。今のうちに走って逃げれば大丈夫、まだバレてない。我々の安息の地はここではない。ちょっと帰りましょうか、の言葉を口の中で構築している隙にエコーのかかったマイクが「ママ―!お客さーん!」。ハウリング。大丈夫、こっちのカウンター席に案内されるでしょう。こちらへどうぞ。笑顔のママは暗がりへ手招き。ご丁寧にどうも。「ガハハ!うるさくてゴメンねえ!」ご丁寧にどうも。

 覚悟は決まったので席につく。五輪真弓の恋人よのイントロが鳴り響く。マイクの押し付け合いを一瞥しメニューに目を落とす。なんかエビのサラダがある!やったー!絶対美味しいやつだ!いいじゃん!知らないおじさんたちのカラオケショーケースもいいじゃん!近所のみんなに愛されてんじゃん!最高!気持ちを持ってく。誰一人マトモに歌わない恋人よが終わったので拍手する。「ガハハ!うるさくてゴメンねえ!」全然オッケーご丁寧にどうも!

 エビのサラダとグリーンカレーを頼もう。どっちもきっと好きなやつだ。嬉しい気持ち。なに頼むの?ガパオライス。いいね。きっとおいしいやつだ。ジュースも頼んじゃおうよ。ライチとマンゴーね。注文を終えて料理を待つ。ノリノリ爆音酔いどれクルーがママにせがむ。タイの音楽のMVをかけてくれ。あのちょっとエッチでオカマが出てくるやつよ!私も心でせがむ。そのMVかけてくれ。本当にちょっとエッチでレディボーイが出てくるMVがかかる。ビートがスットコドッコイで、サビでダウンテンポになるカッコいい曲。コレは女のアソコの歌なのよ。ママが言う。スゲー。

 エビのサラダがやってきた。ママが言う、チョットカライ。やさしいね。ご丁寧にどうも。各々小皿にとりわける。デカめのエビがいる。頭としっぽが残ってる、おいしく見えるタイプのエビ。紫の玉ねぎがワサワサ載ってる。高確率でおいしいやつだ。超うれしい。いただきます。目に来る塩味。爆裂しょっぱい。ああこれエビと同時進行しないとアレなやつか。エビの頭を外す。ちょっぴりRAWな感じがあるすけど大丈夫すかね。大丈夫じゃない。幼少期落ちた緑色の湖の味を思い出す。生ぬるいエビは沼の味。チョットカライ野菜と同時進行しても沼は色濃く緑色。私はエビが大好きだけど、今日は分けてあげよう。エビ食べる?斜め下に視線をやられる。もう食べたっぽいな。

 グリーンカレーとガパオライスがやってきた。狭いテーブルがぎゅうぎゅうになるほどオマケがついてくる。サラダとフライドチキンとスープ。やさしい。グリーンカレーはトウガラシが入ってないし、ガパオライスは目玉焼き無しっこになってるけど、アレルギー対応とかあるから。辛いとびっくりしちゃうしね。やさしい気持ち。いただきます。目に来る塩味。爆裂しょっぱい。グリーンカレーはごはんと食べるものだから。助けてください。グリーンカレーに入ってるタケノコが大ぶりだ。タケノコは短時間じゃ味なんてしみないぞ。助かった。救済はなかった。タケノコだって爆裂しょっぱい。1日の塩分摂取量が心配になってきたところで対面に目をやる。斜め下を向いたままガパオライスを掻っ込んでる。そこにも救済はない。目玉焼きも載ってない。

 爆音酔いどれクルーのトークは最高潮に達していた
 議題は『死んだブタ、川に流す?流さない?』
 「ブタの死体なんて川に流すワケがねえだろうがよ!」
 「違うのワタシ聞いたのよ警備員のオジサンにあそこは死んだブタ川に流してるって!」
 「バカおめえこんな小っっさいブタだって川に流したら逮捕だよ!逮捕!」
 「違うの!聞いたのよ警備員のオジサンに!言ってたもん!」
 「そりゃあクソとかションベンとかは流れてっかもしんねえけどよお!」
 「オメーはさっきからネガティブな事しか言わねえなあ!おお!」
一触即発の雰囲気を打破するためか、ママがサービスヨと、デザートをふるまう。ココナッツミルクにさつまいもと豆が入ってるやつ。ママはこちらのテーブルにまで気を遣って私たちにもそれを運んできてくれた。 
 酔いどれクルーのオジサンは叫んだ「くさい!」夫人も後に続く「これ生!?くさい!」その後はもう止まらなかった「おれココナッツ嫌い!」「くさい!」「これ生!?生よね!?」「しょっぱい!」いたたまれない気持ち。でもママは退かなかった。「イイカラ!!体に良いのよ!食べなさいよ!!」


 血圧の上昇を感じながら店を後にした。この日は最近には珍しく、夜でも暖かかった。塩分の高い食事のせいなのか、実際に暖かかったのかはもう分からなかった。
 ライチとマンゴーのジュースは美味しいからお家でも飲もうと思った。やまやに売ってるやつだってすぐにわかったから。

 その日、店主が顔出しの看板を掲げているインド料理屋さんはお休みだった。




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