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トゲめくスピカ妄想文


……人が物に対し特別な思いを感じるように
大事にされたり長く使われたモノにもココロが宿る。

そんな風に心が宿るほどの物を突然紛失してしまったり納得のいかない別れ方をしたりすると、
人も物を思って心を痛めるが、
モノの側も宿ったココロに終止符を打てず、
思念体のようにフワフワと彷徨ったまま自分の行き場を探し続ける……

そしてそれらの思念体はいつしか、とあるダムに集まり、水底にゆらゆらと沈みながら持ち主との思い出を抱え続ける。

しかし悲壮感を感じさせることはなく、どことなくユーモラスな存在であるのは自分の天命を心得ているからであろうか…

そんな漂い続ける思念体を見つけては、
あるべき姿に戻すことを生業にしている2人組がいた。

表情も読み取れぬほど全身厚く衣を纏った釣り師ミカヅキと、
対照的に思いがすぐに顔に出てしまう相棒、擬似餌(ギジエ)。釣り師の持つ釣竿の先にぶら下がり、一見ミノムシのような姿形をしている。

ミカヅキが釣り糸を垂れると、擬似餌がダムの底に漂うキラキラとした輝きを見つけ潜りゆく。

思念体から発せられるそのキラキラとしたものはとても美しく
自己の存在を見つけてもらう大事な手がかりであるというのに、
裏腹に彼らの身体に刺さって自力では抜くことのできないトゲなのであった。


1体また1体と思念体をダムの底から救い出し、
魔法陣に誘導すると、釣竿とかぎ竿を使い息を合わせてそのトゲを抜く。

トゲを抜かれた思念体は光の粒に包まれ、
かつての持ち主とのあたたかく、まぶしく、なつかしい思い出が一気に溢れ出す。
ココロが解放された思念体はただのモノへと戻って行く。

イタイノイタイノトンデケ…

見送りながら擬似餌が唱えるおまじないは、
つらい過去は忘れて今度は持ち主とはぐれず幸せに暮らせるようにという願いだろうか…


ダムのほとりで野宿の生活…
どれだけ月日が経っても相変わらず釣り師は厚い衣で身を包み、感情を閉ざし無口であったが、
寝ても覚めても一緒の生活は、それだけでも擬似餌にとって幸せであり、
当たり前のように続く終わりのない平凡な毎日だと思っていた。


ある日、擬似餌はいつもの仕事中に
思念体の沈むダムの中から水面を通して主を見ると、
なぜかいつもの厚い衣に包まれた釣り師でなく別の姿に見えてハッとした。
ナニカヲ…オモイダシソウニナル…

しかしその日はそれ以上思い出せず、
トゲを抜く仕事に専念するばかりであった。


翌日、いつもの仕事中、ひとつのきらめく光のトゲを追うと、
光の中に光景が見えて心に衝撃が走った。

今度こそ思い出した。
そこにはかつての自分と持ち主の姿があったのだ。


「そうだ、ボクは彼にもういちど笑ってほしくて、もういちど彼と一緒に過ごしたくてここに来たんだ…」


そしてあのトゲは主のものなのか、それとも自分のものなのか…
どちらかわからなかったが触れたら今のこの日々が終わってしまう予感がした。


結局その日はその光のトゲを見なかったことにしてしまった。
ミカヅキには問われたが、なぜかうやむやにしてしまい、
他の思念体のトゲを抜き仕事を終えるとミカヅキの視線を避けるようにそそくさと眠りについてしまった。


ミカヅキはなんとなくわかっていた。
自分は死後に彷徨っている身であることを。
この状態を完全に理解しているわけではないが、
なぜか続けているこの生業も
今生と来世の狭間の夢の時間を漂う自分に与えられた使命なのかもしれない。

自分がうまくあの世に行けずここに留まっているのは、
自分の思いがそうさせているのか、
あるいはあのルアーが自分を引き止めているのか…


…しかしあのルアーが思念体となり今の擬似餌の姿になっているのは、
自分との思い出がトゲになっているからだとはわかっていた。
あの子に哀しみというココロを残してはいけない…
モノとしてその生を全うさせてやらなくては…

その思いは以前からあったが、このぬるま湯のような曖昧さを繰り返す日々は居心地が良く、なかなか思い切れないでいた。

擬似餌のココロに変化が訪れ始めた今、自分も心を決めるしかない。

今夜だ…。


目が覚めると魔法陣の中にいることに気づく擬似餌…

「主?」
瞳を向けるとミカヅキはダムの向こう岸をスッと指を指す。
その先にはかつて彼が営んでいた診療所。

間髪入れず擬似餌のトゲを抜きにかかるとキラキラ光が放出し始める。

「お願い、やめて、抜かないで!
もっと、ずっと、一緒にいたいよ!」

まるで躊躇をしたらそのまま立ち止まってしまうことを恐れてかのように、トゲは一気に抜かれてしまった。
擬似餌の身体を隠す蓑が光とともに取り払われ、擬似餌の思念体本来の姿が現れる。

「主……、ボクだ…って、気づいていたの?」

その答えは言葉として返されることはなかったが、
優しく頬を撫でるように旅立ちを促すと、
ミカヅキを隠していた厚い衣も光とともに夜明けの空へ舞い上がり生前の姿を見せた。
ありがとうの代わりに今まで閉ざしていた微笑みで擬似餌を見送った。

それは自分は大丈夫だから安心してモノに戻って良いのだというミカヅキの最後の優しい嘘でもあった。


擬似餌はルアーに戻ってしまった。
写真の中には笑顔の主、その手元には釣果と自分、
その脇にはいく人もの大事な人たちによる千羽鶴…。

そしてその眩しい思い出をただひたすら見つめることしかできない自分…そう、モノである、ルアーとしての存在の自分。

……


擬似餌をモノに返してしまった分、自分も成仏が近づいたのか、
身体もずいぶん透けてきたようだ。


ミカヅキはダムに釣り糸を垂れながら
今度こそ自分の生を終わらせることに思いを巡らせていた。

あれだけ毎日繰り返して来たのに、自分のトゲの在り処さえわからない…

思念体はトゲを抜かれてモノに還りゆくが、今や人であるのかさえわからない自分は一体どこへ還っていくのか……


このまま徐々に思念が弱まりいつしか消えるのだろうと考え始めていた夕刻、

突然、モノに戻したはずの擬似餌が再び現れた。


せっかくもとの姿に戻してくれたのにもどってきてゴメンなさい…

でも、会いたくて…一緒に居たくて……

大きな瞳から言葉にならない思いがこぼれ落ちる。

その強い思いにたちまち透けていた釣り師の身体の輪郭がハッキリと戻る。

どうしても伝えたいことがあって、
もういちどここに来たんだ。


あのね、ボク、主とトゲを抜くお仕事してたけど、
でも自分がトゲを抜かれて、モノに戻ってみて初めて気づいたことがあるんだ。

モノもヒトに大事にされるだけじゃなくてヒトを大事に思ってるんだ。
モノのままヒトを大事にすることもできるんだけど、
主と共に生きていたボクはもっと幸せだった。

ただ見ているだけだなんて、もう耐えられない。

ねぇ、ボクは主の役に立ちたいよ、

主があの日の笑顔をもう一度取り戻すまで、

このまま…一緒にいさせてほしいんだ。


それとね、このトゲがキラキラしているのは、
寂しさとか悲しさだけじゃなくて、
喜びとか愛しさが混ざっているからキラキラしているんだ。

主との日々が終わってしまったことはかなしくてかなしくてたまらなかったんだけど、
そのかなしい気持ちも、毎日一緒に釣りにでかけたあの幸せの日々の記憶と同じくらい大切なんだ。

イタイけど、あったかくて、ダイジなトゲなんだ。

だから、このトゲは抜かなくてももうダイジョウブなんだ…。


釣り師は驚いた。

幾人もの病と向き合うことを生業としてきたのに、
いざ自分が亡くなると悟ると
周りの者にどんなにか辛い思いをさせるかと心を痛めた。

患者達を救うという志も半ばで先立つことへの歯痒さ不甲斐なさに日々打ちのめされた。

知識も経験もある自分は死に際してもう少しうまく立ち回れるかと思っていたのだが、いざ自分の身に降りかかるとそううまくいかないものだと自嘲した。

いっそのこと自分が生まれてこなかったら、
自分が愛する者達に関わってこなかったら、
深い悲しみを背負わせなくて済んだのに…


生への強い後悔が自分をこの世との端境に引き止めていたのかもしれない。

そんな自分にこのルアーが思いを伝えにきてくれたのか…


かつては自分の感情を隠すために手放せなかった帽子を再び擬似餌に渡される。

目深にかぶると額に鈍く疼くトゲが存在していたことに初めて気づき、そしてその疼きが次第に体中を温かく包む感覚を覚えた。

自分が大事な人たちに悲しみを残してしまうのは
その分数えきれない喜びや幸せを分け合ってきたことと同義なのだと気づき、
瞬間にして苦しみがほどけていく気がした。


そうか…わたしはこれで成仏できる……

軽くなった身体が宙に溶けていき、薄らいでいく意識をなるがままにまかせ、目を閉じて覚悟を決めた。


その時「待って!」と弾けるような声に意識が強烈に引き戻された。

「待って!もう少しだけ、一緒にいて欲しいんだ。」

…擬似餌の話によると、自分も擬似餌もこのトゲのかなしい思い出が、いとしさや幸せと完全に溶け合い浄化するまでは、もう幾ばくか時間が必要らしい。

その間せっかくだから一緒に過ごしてくれると嬉しいのだけど…とおずおずと申し出る姿がいじらしく、思わず手を伸ばし頭を撫でた。

「こちらこそ、一緒にいさせてもらえると嬉しい。」

久しぶりに聞いた自分の声は思ったよりやわらかく穏やかに響いた。


……………
互いに知られないようにする隠れ蓑も、感情を閉ざさねばならない厚い衣も今はもう必要無いが、なんとなく馴染んでいるので身につける日もある。

モノたちのトゲを抜いてやる仕事も今や必要がある時に抜く程度で擬似餌と2人、純粋に魚釣りを楽しむ日々。

ダムの水底でトゲの浄化をのんびりと待つモノたちからは、時折小さな泡が浮かび、水面に届くと小さくはじけ、その音は耳をすますと思い出語りのようにも、懐かしい調べのようにも聞こえる。


そうか…やるせない思い出を抱えたはずのお前達がどこかのんびりと楽しげに見えたのは、
時をかけてその哀しみも温かい思い出の一部として受け入れることができていたからなのだな…


わたしがモノ達の苦しみを救っているつもりだったが、
わたしが、救われるための夢だったのかもしれない…

ありがとう…
わたしももう暫しこの夢を漂うことにするよ…



擬似餌が水面に跳ねる魚を見つけ釣り糸を垂れろと急かしてくる。


ダムの水面に夕焼けが映り込みキラキラとゆらめいている。


その情景は、日暮れ前の刹那の瞬間であるのに、
まるで、切なくもあたたかな思い出がいつまでも続いてくれる気がしてしまうような、
そんな色に包まれていた。





メモ


1/8 描いた絵も載せてみた。本アカに同じもの載せてしまったけどまぁ良いかな?

昨日みんなのうたで久しぶりにトゲめくスピカを見ながら、1月いっぱいで終わってしまうんだなぁとしんみり…

そういえばチラシの裏にかきかけのイケメン釣り師があったと思い出し、やらねばならないことを横に置いて思わず楽しくお絵かきしてしまった。。。

以前にも感じたのだけれど、この美青年はポルカドットスティングレイの雫さんに似ているように思えるし、ルアーはバンドの公式キャラなのかな、半泣きビビちゃんに似ているような気がする。

歌詞の世界も素敵で、動画はそれにまた違う世界を載せているけれど、キャラクターのイメージを雫さんとビビちゃんから持ってきつつだとしたら神風動画さん、本当にすごいなぁ!!

キャラクターと言えば、以前にツイッターで見かけた「ルアーはアヌビス」という記述から、アヌビスをウィキってみたら、また違ったストーリーが浮かんだり。

自分が書いた内容だと、釣り師の青年が生に心を残すくだりが少し無理がある気がしていたのだけれど、

ルアーが青年を引き留めている物語にしたらすんなり行く気がしてきた。

wikiの中の"アヌビスはミイラ作りの監督官とされ、実際にミイラを作ったり死者を冥界へと導く祝詞をあげたりする"という表記から、

青年との別れが辛くてミイラにしたストーリーにするとピッタリ来る気がするし、

冥界へ祝詞としてイタイノイタイノトンデケを盛り込むのもおいしい。

もうだいぶしばらく自分の書いた文を読み直していないし、

一から書き直すことも出来なさそうだけど、

そんな風に思ったので書き記しておく。


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12/21少し手直し(…しかけてまだちゃんと推敲していない)

以下は振り子時計やウサギ、ミニカーが元の場所に戻るシーンについて。

前々から本当に元の場所に戻ったのだろうかと疑問があった。

ゴミに出されてしまったり落としたり処分されてとっくに燃やされたりして形はなくしてしまったモノ達(人間でいるところの死)の話ならどうだろう。

とてもしんどい思いをしていたモノ達が、ダムの底で時をかけてようやくしんどい思いが薄れ、幸せだった時の思い出と混ざり合ってもう成仏できると心の準備ができたと思った頃に、

釣り師とルアーが釣り上げ成仏の手助けをする。

完全にココロが消えるその一瞬に、

モノ達が望んでいた幸せなビジョンを見せる、

そのシーンが振り子時計やウサギのぬいぐるみ、ミニカーの場面、

みたいに考えたりしてみた。

(ちょっとまて、それはかなり鬱だな…)


モノの方がそのストーリーの場合、

釣り師とルアーの方はどうなるだろう…

ラストの方の、ハッと振り返る釣り師にルアーの思念体が再び現れる期待が見て取れるが、

実際には再開のシーンはなく、

次の瞬間、出会いのシーンでは?という一コマに切り替わるのも、

(妄想文書いたときにそこを気づかなかったので、

再開したら透き通っていた身体がくっきり見えたように書いてしまったけれど、

それはそれでちょっと良いなとも思ったりしている)

もしかして、ルアーが戻って来てくれて、ずっと一緒にいられるという幸せな思念を送り込まれ釣り師が成仏するとしたらどうだろう??

死んでしまったらどんなにかつての幸せに焦がれても生を取り戻すことはできないのだけれど、

たしかに幸せはそこにあった。

みたいな……。

いや、やっぱりそれだと自分が書きたかったところに繋がらないな。

せめてその瞬間からループ…

でもループだと前に進まないなぁ。


(おっと……子が咳き込んでるのでちょっとここまで。)

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以前に書いたもの

こういったものを書くのは初めてなので、

楽しくて思いつくと時々手直ししています。

擬似餌の額の三日月型のトゲがかぎ竿の先に付いていた気がしたのと、

釣り師の帽子のシルエットも鉤形というか三日月型というか、トゲの象徴なのかな。

「スピカ」の単語もどこかに絡まってくると素敵なのかな。

友人が逆再生と捉えている話をしてくれて、

よく見たら確かに再度現れた時に、場面転換で出会った時のシーンになっているのがわかり、

その視点から考えるとまた違った物語になるのかな?