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姫だるま

「私が受け取りたいカードは、あなたを笑顔にさせるカードです」
あるフィンランドの女性からのリクエストに、私は面食らった。


ポストクロッシングを始めて、まだわずか2通目のカード。初心者の私にとっては難しいリクエストだ。
そういえば昔、母に食べたいものを聞かれて「何でもいい」と答えたことがあるが、当時の母は今の私と同じ気持ちだったと思う。


そう、要するにこの女性も受け取るカードにこだわりはなく「何でもいい」ということなのだろう。
私は手持ちのカードを広げてこの女性に送るカードを吟味した。
厳正なる審査の結果、私は別府の工芸品「姫だるま」のポストカードを送ることにした。


このカードは地元のセレクトショップに立ち寄った時、偶然見つけたものだった。
10×15㎝の紙に広がる空、並木道、横断歩道。
そしてその横断歩道の上には可愛らしい姫だるまが4体。いや、4人。
ビートルズの「アビイ・ロード」を彷彿とさせるそのカードに思わずクスリとしてしまい、手に取ったのだった。

「あなたを笑顔にするカード」なのだから、このカードで間違いない。


日本から遠く離れた北欧の人にだるまは馴染みがないだろうと思ったので、メッセージは姫だるまについて書くことにした。


「だるまは日本では幸運の象徴とされています。あなたの元にも、この姫だるまが幸運を運んできますように」


カードを投函して10日が過ぎた11月下旬のとある日、相手の女性からカードが届いたことを知らせるメールが届いていた。


「辺りが灰色に染まった暗い月曜日の朝、ポストの中にこのカードが入っているのを見つけました。
カードの写真、メッセージ、あなたの手書きの文字…全てが素晴らしく、まるで一筋の太陽の光のようでした」


そういえばフィンランド人の友人が、
フィンランドの11月は「死の月」だと言っていた。
雪が降り積もり真っ白になればまだ美しいものの、気温が下がりきっていない11月には雪ではなくみぞれが降る。

やがてみぞれは地面を濡らし、靴から染み込んでくる水は容赦なく体温を奪っていく。おまけに北欧の冬は日照時間が短い。9時頃ようやく明るくなり始めたと思ったら、15時を過ぎた頃には辺りは再び闇に包まれる。


そんな陰鬱とした11月の月曜日に彼女の元に届いた姫だるまたちは、影を潜めた北欧の太陽の代わりに彼女を明るく照らしたのだろう。
姫だるまたちは「幸せを運ぶ」という仕事を見事に成し遂げてくれた。

姫だるまがフィンランドに旅立って約2ヶ月後、日本列島は数十年に一度の大寒波に見舞われた。
会社の窓から外を見てみると、地面はすでに真っ白な雪で覆われていた。
もう十分すぎるくらい街は真っ白なのに、雪はまだまだと言わんばかりにとめどなく降り続けている。

明日は雪の対応で忙しくなりそうだ。
憂鬱な気分で帰路についた私は、慣れない雪に足を滑らせないように、慎重に地面を踏み締めながら歩いた。
会社から家までは徒歩5分のはずなのに、今日はやけに家が遠い。
コートに降り積もる雪を払い落としながら、ふとあの女性の言葉を思い出した。


私は少しだけ、あの姫だるまが恋しくなった。

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