小説:シネマ・コンプレックス 01

   ―プロローグ 運命の女神、かく語りき

 まぁ、なんていうか、私たちはアンタらがいうところの、神って奴だ。
 信じないなら信じないでいいし、これから話す話についても聞かなくて構わない。この話がハッピーエンドなのかは、私にも解らないからね。
 神様なのに解らないことがあるのか、って?そりゃ、あるさ。人間が思っているほど、神様は万能じゃない。出来ること、専門分野が神ごとに違って、得意なことはすごく得意だけど、出来ないことは普通に出来ない。そんなもんさ。
 ちなみに私は運命を司る神。とはいっても、運命の結末を思い通りにどうこう、ってことは出来ない。詳しい仕事内容については、これから説明しよう。
 え?私の名前?そうだなあ。『運命の神』じゃあ呼びづらいだろうし。モイラ、とでも名乗ろうか。

 これから話すのは、時を司る神の話。
 名前は……じゃあ、クロノス、としよう。
 時を司るっていっても、私と同じで、時の流れを自由に変えて、人の運命を思い通りにするなんてことは出来ない。基本的には時間が正常に流れているかを監視するだけの、割と楽な仕事らしい。
「名前だけは大層だけど、やってることは人間の世界で言う、記録映像を見ている作業に等しい」
って、アイツは言う。
 アイツはいつも薄暗い部屋で、おびただしい数のモニターに囲まれて様々な映像を監視してる。変なことをしている奴がいないかってね。
 モニターには監視対象の人間が写っている。一人の人間を監視するにしても、モニターは莫大な数必要だ。何故って、人に関わらず、生き物の一生っていうのは、選択肢に瀕するたびに運命が分岐し、平行世界が生まれるものだからね。
 『平行世界』ってなにか、って?そうだな、例えば、アンタの目の前にリンゴがあったとする。アンタはリンゴを食べる事も、食べないことも出来るね?そこで『選択』が生じるだろう。アンタがそれを『食べた』未来と、『食べなかった』未来というのが、アンタの選択により生まれるんだ。未来が生まれれば、その未来を生きるアンタと、アンタが生きる世界が生まれる。これが平行世界だ。
 運命の分岐点。そこで分岐した運命の数だけ、その運命を生きるアンタも居る。
 まぁその選択肢ごとにかならず平行世界が生まれるんじゃあ神側の管理もすごく大変だから、分岐点によって分けるか分けないかは適当に裁量しているけどさ。その運命の分岐を司るのが私さ。
 だから、私が好き勝手に分けたいくつもの運命…アイツは時間軸と呼んでいるけど、要するにさっき説明した平行世界だ。いくつもの時間軸をアイツは監視しているんだ。
 昔はモニターなんて目に見える形のものは使わないで、全てアイツの神通力とやらでやっていたらしいけど、それも面倒になったみたいでね。今は時間軸ごとにモニターに写して、たくさんの部下と一緒に監視しているんだとさ。

 ぼーっと、ただ、ぼーっと。虚ろな目でモニターを見てる。巻き戻したり一時停止したりしてね。
 そういう作業だから、アイツは大体の場合ほとんどの仕事を部下に任せて、本人が監視してるのは2、3人。だから、そんなにせわしない感じではないかな。
 そんな様子だから、いつも私は聞くんだよ。
「退屈そうにしていていいのか」
って。
「構わないよ」
 アイツは淡々とそう言う。
「もう、モニターをみているだけの作業になんの感動もないからね。君も知っての通り、僕には時を巻き戻す力と止める力、進める力はあるけれど、内容を変える力はない。同じ映画をずっと見ているようなものだ」
 だから、退屈そう、じゃなくて退屈なんだ。って言って、美味しいケーキと紅茶を出してくれる。温和な奴だよ。
 ん?あのなぁ、神様だって食い物くらい食うよ。人間の作るものは美味くて気に入ってる。食い物に執心して、人間になっちゃった神、なんてのも居たって聞くし。

 そうだ、話に戻ろう。奴は温和な性格だったが、職務には忠実で、やることはきちんとやっていた。
 さっき言ったとおり、大体は暇そうにしているんだが、時を乱すものを発見したときは容赦はしない。
 いや、革命とか、戦争とか、そういう人間が引き起こすことにはあいつは感知しないよ。時の流れに影響すること…その時の流れを乱す可能性があるものがあいつの『敵』だ。
 時間遡行者…タイムトラベラー。
 滅多にいるもんじゃないがね。奴らは滞りなく流れる時に歪みを生じかねない。だから、アイツの敵なんだ。タイムパラドクス、って奴だろ?
 その敵を見つけたときのアイツは…普段の温和さが嘘のように、彼らの事情なんて聞きもせず問答無用で元の時間に連れ戻していたよ。あとは…その存在を消してしまうこともあったし、全てを無かったことにすることもあった。つまり、その時間軸ごと、だ。
 始末の方法はその時々で違ったけど、どのときだって容赦はなかったね。
 まぁ、アイツの監視方法もアナログだから、すべてのそういう輩を捕まえられているわけじゃないんだろうけどね。アイツが見逃している時間遡行者、アイツが見逃している時空、というのも無いわけでは無いんだろう…と、思うよ。

 特に最近はね。あいつは特定の監視対象にご執心だったから、見逃しが多かったんじゃないか?
 ああ、いいんだいいんだ。神様なんて万能じゃないし、完璧じゃない。神様が崇高で、高潔で、完全で…なんて思ったら大違いさ。愚かで、卑怯で、人間よりも人間臭い。それが私たち。
 ああ、でも、一応あいつの名誉のために言い訳しておこう。アイツは私たちの中では真面目で律儀な奴だった。

 けど、とある感情が、そういう真面目な奴をも狂わせて、骨抜きにしちまったのさ。

 恋って、そういうものなんだろう?

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