『東京鉄塔』の長谷川さん
「東京鉄塔」の著者であり、ブログ「毎日送電線」のサルマルヒデキこと長谷川秀記さんに、はじめてお会いしたのは2010年のことでした。
当時、大学の卒業制作で鉄塔の本を作っており、「鉄塔が好きな人」代表として長谷川さんに取材させていただいたのでした。
長谷川さんは2017年にお亡くなりになったのですが、当時のインタビューを読み返してみて、もっとたくさんの方に読んでもらいたいと思いました。自分で作成した記事ながら、改めて読んでみると、長谷川さんの鉄塔愛が溢れているいい記事だなと思ったのです。そこで、ご関係者の方に許可をいただき、私が作成した冊子「鉄塔ファン vol.2」に掲載させていただくこととなりました。許可は頂いているのですが、一応販売している冊子なので、同時にこちらのnoteでも無料で公開させていただきます。
長谷川さんが鉄塔をたどりはじめたのは、散歩をしていて鉄塔が気になってたどってみたことがきっかけだとのことですが、鉄塔が好きになったのは同じタイミングだったのでしょうか?
あのね、要は散歩のネタに困ってたの。もともと散歩が好きだから、たいていのところには行っちゃってるわけ。おまけにね、原チャを買ったわけ。これでどっか行きたいなって思うじゃない。だから送電線をたどってみたんだよね。
小松川線を130基たどってみたら全然知らないところに連れて行ってくれたわけ。なんでこんなところに来ちゃったんだろうって。北葛飾変電所って、田んぼの真ん中にどかんとあるんだけど。鉄塔をたどってきたから、帰りは反対に送電線をたどっていけば帰れるけど、「一体おれ、どこに来たんだろう?」って。それってすごいでしょ?迷ってはいないけど、自分が今どこにいるか全然分からない。その時に、送電線をたどることにはまっちゃったの。
私にとって鉄塔とは水先案内人ね。昔から、道路があれば、この道路どこからくるんだろうって考える人間だったから。なんか、線があるとその先が知りたいというね。で、インターネットでいろいろ調べてみたら、色んな鉄塔があるし。それが、2004年あたりだけど、その前に映画・鉄塔武蔵野線世代がバーンといる。
一応、たどるにあたって原則を作ってて、家から一番近い駒沢線の62号鉄塔から送電線伝いにたどっていけるということが大事なの。絶対線がつながっていることが大事。
最近も、バカみたいに遠いとこまで鉄塔をたどりに行ってるけど、鉄塔が趣味なのか、鉄塔にかこつけて旅行に行ってるのかどっちだか分かんないね。
日帰りできる距離ですか?泊まりもありなんでしょうか?
むかし山が好きだったので、一度多摩の変電所まで行ったときは、またムクムクと山に登りたくなったね。テントなんかを買い込んで山の中で泊まりました。
たどった場所から、また続きをたどり始めるのですか?
そう。行くのに3時間だとすると、往復6時間でしょ?1回行くと18時間行動くらいになっちゃう。そうすると帰り道が危ないんだよ。帰り道が暗くて事故を起こしてもいけないから、なるべく泊まろうと思うんだけど、なかなか泊まれる場所がないんだよね。山に入っちゃえばいくらでも泊まれるとこはあるんだけどね。雨の中テント張りたくないし、最近は天気のいい日しか泊まらないかな。
たどるにあたって、他に何かルールははありますか?
あまりないんだけどね。何せ昔はこの線どこまでいくんだろうって、ワーってたどっちゃってたから。その内、1本1本ちゃんとたどらなきゃダメだなーと思ってきて。あと、基本的にはは全部根元まで行く。でも、入れない場合もありますよね。人の家だったり、入れない場合は仕方がない。根元に行けないものは行けない!と、きれいさっぱり。あんまり、不審者に間違えられるのはいやですからね。
私は一度、もうなくなったけど以前送電線があったはずだってとこをたどってたんです。地図には結構なくなった鉄塔も載ってたりしていて。特に、ちっちゃな鉄塔の跡地って、隣の土地の人くらいしか買わないでしょ?だからそれが結構残っちゃったりしてるんですよ。そういうことをやってて、路地の向こうに東電の緑のフェンスが見えるんですよ。でも、あんまり人の土地には入り込めないから、双眼鏡で一生懸命のぞいてたんだよね。オウムはいないか?ってね笑 そしたら、近所のおばさんたちがその辺に集まりはじめて何か話している。で、これはヤバいと思ってすぐにその場を離れた。
鉄塔をたどる時は、名刺とか、ポストカードとか、何やってるかを証明できるものを持ち歩きます。ま、カメラの写真見せれば分かるんだけどね。いい歳して、おまわりさんの面倒になるのはいやだからね笑
町中の鉄塔をたどる時はそんな感じだね。で、写真はどういうわけか鉄塔の根元も撮るんですよ。根元を撮っておくと、結構ありありとそこがどこであるか思いだせるんだよね。鉄塔だけ撮るとそこがどこだか全然分からない。
あと、鉄塔札が見れればそれを記録して。記録は結構細かいんですよ。そんなことやってるから、時間がかかるんだけど。それをいちいちメモしてたら時間がなくなるんで、録音しちゃうんですよ。
たどる時の装備は?必需品は何ですか?
まぁ、カメラですよね。それと地図。2万5千分の1の地図を1.5倍に拡大したものを持ちます。あと、ボイスレコーダーでしょ?あとは双眼鏡。今は、双眼鏡が重いので、単眼鏡使ってますけどね。それが最低装備かな。あとは、三脚か一脚。えーと、コンパスね。山の中で、何度の方向に鉄塔があるとかメモして、帰ってから何だろうって調べたり。
それと、今は安曇幹線をたどってるから、山の装備。近くの巡視路の入口までバイクで行って、そこから徒歩で登ってます。あと、山の場合はルールがちょっと違う。根元までいくのは5本に1本とか。
山は子どもの頃から好きだった。写真は、プロのカメラマンになりたいなと思った時期もあった。で、両方ね、一時期全くやってなかったの。それが、鉄塔をたどり始めたときに、今までやってきたことがつながった。しばらくやってなかったので、ゼロから道具を揃え直したら大変だったけどね。
今たどっている安曇幹線は、もともと山に登っていた人ならいいかも知れないけど、鉄塔が好きなだけの人にはお勧めしない。というか危険です。
まぁ、ルールらしいルールというのはないかな。でも、自分なりには家からつながってなきゃいけないとかくらい。ただ、安曇幹線は実はつながってないんですよ。ただ、私の中では、武蔵野変電所まで行って、鉄塔武蔵野線をたどって、東京変電所まで行って、中沢線かな?をたどって所沢変電所まで行くとつながるかな。ただ、武蔵野線って、あの鉄塔武蔵野線の武蔵野線でしょ。だから気が重いんだよね。武蔵野線はいい加減な気持ちでたどってはいけないなみたいな。自分の中では何回も計画を立ててるんだけどね。やっぱり鉄塔武蔵野線は自転車でたどらなきゃいけないとか、新座変電所からたどらなきゃいけないとか、あいつはなぜか2日で行っちゃったけど、もったいないから3日で行こうとか。それと、文庫版の小説を持って読みながら行こうとか。計画がこんなになちゃって…。
長谷川さんは、古地図を見てたどったり、色々突き詰めて調べてらして凄いと思います。私はとても真似できないので。
突き詰めてないよ。ただ、色々調べたり、たどったりしていると不思議なことが出てくるじゃん。そういうのを考察して色々考えるのが面白い。
ルールをもう一個思いだしたんだけど、調べたりたどったりしていて分からないことがあっても東京電力には聞かないと言うのがもう1つのルール。なぜ、それが大切かというと、それが一番大切なルールなのかも知れないけど、この鉄塔がどこからきているのか電話1本で聞けるんだよ。ただ聞くのと、実際に行ってみると言う経験をするのは全然違う。たどった時の感動はないんだよ。自分で考察して発見するのも楽しみだから、安易に調べないっていうのは俺にとっては重要なルール。勝手に謎をみつけて勝手に考察して結論出して。合ってるかどうか分かんないけど。それでいいんだよ。だって趣味だもん。
長谷川さんは調べて考察して発見して楽しむ、私は見た目だけが好きで知識はあまりい。最近そういう人が増えていると思うのですが、どう思われますか?
いいんじゃない?おれはけっこう理屈っぽいけど。
ドボクの人たちの楽しみかたって、長谷川さんのように追求していって…というのが多い気がしますが…
でも、団地の大山さんだって団地の出べそが何であるかは知ってると思うけど、それを説明したりはしないで単純に出べそを面白がってる。それは出べその知識よりも、単純に出べそを見るのが面白いと思っているからだよね。だから、それは自由なんじゃない?
理屈を突き詰めてやっちゃうと、結局最後は調べることになっちゃうと思う。でも、そうすると面白くないんだよね。知らない方がいいことも世の中にはたくさんあって、分かってしまったら面白くないってこともたくさんある。
最後に、ベタな質問ですが、長谷川さんにとって鉄塔とは?
俺を色んなところに連れて行ってくれるとても親切なやつだよね。頼んでもいないのにね。本当に色んなところに連れて行ってくれる。
ガストン・レビュファっていう、アルプスの名ガイドがいるんだけどね、ガイドにとって一番大切なのは、次に何が見えるか絶対に言わないことだって。ガイドは何回も山に登ってるから次に何が見えるか知ってる。でも言わない。鉄塔はいいガイドですよ。人生の先生かもね。
さいごに
取材させていただいた当時(2010年)は私の周りにドボクの趣味を持つ友達もいないし、団地の大山さんや工場の石川さん、そして鉄塔の長谷川さんなどドボク界のスゴイ方々に憧れながらも、「私なんか全然知識がないのに、鉄塔好きを名乗ってもいいのだろうか…」と悶々と悩んでいました。
いまはドボクだけではなく色々なマニアの友人もでき、割と卑屈にならずに鉄塔が好きと言えますが、そう言えるまでに10年近くもかかってしまいました。(長い!)
長谷川さんの素晴らしいところは、自分で決めたルールには縛られても、他人のルールには縛られないところです。人がどう思おうが、自分が面白いからやってる。そうじゃないと、ここまで鉄塔は追えないと思うのです。
知識がどれだけあるとか、どのくらいの期間続けてきたとかではなく、ただ面白いからやっているんだ、という長谷川さんから教えていただいたことを忘れずにいたいなと思います。
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