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【藝術日記2023】あさひAIRレビュー①

あさひAIR

松本市立博物館を訪れた次の日の10月8日にゼミの四年生らと共に信濃大町市で開かれていたあさひAIRに訪れた。信濃大町市が企画するアーティストインレジデンスプロジェクトに訪れるのは二回目であり、去年に引き続き、私が訪れた日はちょうど天気の芳しくない曇りの日であった。しかし、水を感じるという趣旨のあさひAIRでは、ときどき小雨の降るような曇りの日の方が、流れる水の感じを上手く受け取ることができた。

信濃大町につくと駅から商店街に向かい、歩き、その流れに沿って作品を鑑賞した。一つ一つの作品について、鑑賞した順番に感想を書いていきたい。


①土本亜裕美さん

「渓谷のanimagraph」と題されたこの作品は、駅から延びるシャッター街を路地に入った奥まった場所に位置していた。私たちは一度、そこが会場だと気づかずに作品のある場所を通り過ぎてしまったほど、建物は街の中に自然と溶け込んでいた。名札を付けたスタッフの人たちがいなければ、そこが会場だと誰一人思わないような場所だった。

口横の看板


作品は、高瀬渓谷の壁画が基となっており、鑑賞者は、木で作られた蛇の形を模した「みくまり様」と呼ばれるライトを持って暗い土蔵の中で作品を探す。暗い中を、焦点の定まらないライトで照らしながら回ると実際の洞窟の中を探索しているような心持ちになった。土蔵の中には、壁画をイメージした作品や、実際に昔の人が使っていたような農作具などが作品として並べられている。農作具は明るいライトの元で現れるのではなく、暗闇の中にぼんやりと立ち現れることで、「モノ」が持つ歴史を自然と辿ってしまうような不思議な感覚があった。


土蔵を出て次の展示場所には、絵が連続的に書かれた手回し式の円盤があり歯車状に並んだスリッドの隙間から眺めると動いて見える仕組みの装置と、寝ころんだ動物の皮にポンプで空気を送ると動物が呼吸をしているように見える仕掛けの作品が置いてあった。
これらの作品群の題名は「渓谷のanimagraph」である。アニマグラフはアニメーションの語源となった語であり、動く絵を意味する。私たちはこの動く絵を通して物事を理解し、この動く絵を使って物語を生成してきた。私はこの作品を鑑賞して人が物事を理解して物語を作る行為が、現代的ではなく人間の原初から存在していた根源的な欲求であるように感じられた。高瀬渓谷の壁画という物語から、信濃大町という街に「みくまり様」という神様の物語が出来上がり、農作具からは街の人々の歴史という物語が浮かび上がり、二つ目の展示場所の装置からは動物や太古の人々の生きている姿が立ち浮かんできた。私たちはこの営みを自然発生的に持ち、私はその後、あさひAIRを巡る中でただ信濃大町を巡るのではなく、人や動物、水の物語の中を歩いているような不思議な心持ちで信濃大町を巡った。もしかしたらこの感覚は、土本さんが生活から離れた信濃大町という街に滞在する中で感じた感覚を作品の中で表現していたからなのではないかと感じた。


②高久柊馬さん

高久さんの作品は、商店街のなかほどの店舗が立ち並ぶ中にあった。竹と竹ひごで編まれた幾何学的な模様が空間を満たしていた。はじめその幾何学模様の及んでいない入口の部分に立っているとスタッフの人から「踏んでもらって大丈夫なので中までどうぞ」と言われ、恐る恐る作品の上を歩いた。足を乗せるとぱきぱきと枯れ枝を踏んだ時のような音が鳴った。地面の一部にはぼやけた鏡が置かれ、そこに写る足たちは雨上がりの水たまりを連想させた。道は川のように一つの流れに沿って進み、導かれるような不思議な感覚があった。幾何学的な模様は水の流れを表しているのだと実際に高久さんは仰っていた。更に幾何学的な模様の中にはスプーンやフォークなどの貴金属が混じりこんでいて、それは水を表しているそうだった。


しかし、その作品が最も輝いていたのは夜だった。高久さんとお話している中で、「この作品は街の明かりが消えた十時ごろに見るのが一番きれいだよ」と言っていただき、特別に夜に開けていただけることになった。一度ほかの場所に出かけた後、町の寝静まった夜にもう一度訪れると、商店街の店舗たちの中で一つだけほの暗い明かりが灯り、幻想的な模様を窓の外から見ることができた。中に設置されたライトは人を感知すると光る仕組みになっていて、歩いた道が徐々に照らされた。地面に置かれた鏡も、ほの暗い灯りを得て像が揺らめきながら移り、本当に水が揺れ動いているように感じられた。幾何学的な模様も影を落とし、昼間よりも濃密な線を描いて空間を満たしていた。


③井上唯さん

井上さんの作品は街の商店街をしばらく歩き、細い路地を少しだけ入った場所にあった。まず作品もさることながら、この作品を展示していた建物がとても魅力的だった。作品が展示されている住居部分は二階にあり、その住居の下には小さな川が流れていた。窓を眺めるとその川や庭に生える木々が移り、爽やかな感じを受け取った。


そんな魅力的な建物の中で展示されていた作品は、近隣の方々からいただいた古着を一枚一枚つなぎ合わせた大きな布状のもので、手縫いされた柄は、山の稜線やそこにながれる川、滝などが刺繍されていた。これほど大きな布を街で使われていた古着を使って一つ一つ刺繍していく行為の中には、町から見える稜線や水の姿が深く刻み込まれているような気がした。


④小内光さん

小内さんの作品も街の中心から外れた少し入り組んだ場所に位置していた。会場は古い一軒家の建物で、中には人が生活していた足跡のようなものが強く残っていた。受付で一枚のカードを渡されると、そこには「一日目の太陽」から始まる詞が書かれていて、一軒家の中には更に幾つもの詞が掲げられていてそれは手元の一日目の太陽から始まり六日目の太陽が昇る様までが飾られていた。更に中には舟のような形をかたどったものや山の稜線をかたどったような陶器の置物が複数あり、それらが日常的な建物の中で異質な存在として飾られていた。


私はその太陽が昇る詞を読むたびにこの家の中で生活をして朝目覚める様を想像することができた。太陽は毎日新鮮なものとして山の稜線から昇り私たちに特別な時間を渡してくれる。そうした生活の中の何気ない日常が別の体験として立ち現れる不思議な体験であった。

(芸術コミュニケーション分野4年 後藤湧力)




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