あいだに17ツバメ観察日記 1

2月9日 出会い(前編)

アラフォー独身。彼氏なし。
1人と4匹暮らし。猫様至上主義。
田舎の一軒家で悠々自適な自称独身貴族。
30歳過ぎて、独り身で子供もいない月(つき)の目下の目標は老後をそこそこに生き抜くこと。
最大の興味は資産運用と収支の最適化。
一人で強く逞しくそこそこ豊かに死ぬまで生きることを目標に掲げて、今月のやることリストを1つずつ消化する過程だった。

次は、携帯電話料金と通信費の見直し、つまり格安携帯電話に乗り換え!
今までの大手携帯会社と田舎で独占企業になっている通信会社には見切りをつけた。
両方をまとめて最適化すべく、向かった先は県外の大きなショッピングセンターだった。
何せ月が住むのは山間部の田舎町なのだから仕方がない。

その2月9日、仕事の休みに合わせて月は1時間30分の道程を車で走り抜け目的地に着いた。
平日でも賑やかなショッピングセンターの一画にブースのように構える小さな店舗だった。
イメージカラーのジャケットを着て忙しそうなスタッフ達は、なぜか若い男の人…いや男の子が多い。
少し待つように案内されて、その時だけぼんやりとそう思った、はずだった。
「お待たせしました。」
マスクはしているけど黒縁眼鏡の長身イケメンが登場した。
必要な手続きをするのに目の保養までできるなぁ、これはラッキー一石二鳥、と月は内心喜んだ。
しかも月はかねてからの眼鏡フェチだったから、喜びに拍車をかけていた。

もちろん諸々の手続きや契約、説明はちゃんと聞いてはいた。
携帯電話の使い方を説明する手がキレイで指が長いなぁ、爪は男の子らしいなぁ、と意識が逸れながら。
説明を録画させてもらいながら、これならいつでも声を聞けるし手も見ることができて最高じゃないか、帰宅後もしばらく楽しめるかな、とか思いながら。
向かい合って説明を真剣にしている顔を今なら正面から観察する大義名分もあるもんね、とか。
ここまで思い至った月は早速行動に移し、不自然にならないように、しかし真正面からイケメンに注視した。
その瞬間、なんとイケメンが同じように正面から月の目を覗き返してきたのだ。

月は表情にこそ出さなかったが狼狽えた。
目からビームを出すように、男は目でオとす、これまでにも大きな実績を挙げてきた月の恋愛基本戦略だ。
実際に周囲からも、月は目からビームを出すと言われたりもするのだ。
月がこれをやると、これまでの男たちはほぼ一様に居心地悪そうに、しかし照れて目を逸らした。
つまり、彼がしたように見返された例はほぼない。
イタズラ心でちょっとやってみようとしたことだったが、小さな驚きと小さな狼狽、そして小さくない好奇心を掻き立てるには充分だった。
おや、ただの若いイケメンじゃあないぞ。
後に店長だと知って納得もいったのだけど。

基本的に月は人懐っこい性格である。
お店や窓口なんかでは、良いお客さんになるし、多少のジョークなんかを交えたりもする。
相手に緊張を強いることにメリットは1つもないと思うが故の言動でもある。
すると、仕事で接客しているスタッフの態度も概ね軟化するし、耳寄り情報をこっそり教えてくれたりするケースもある。
人は自分が笑顔なら相手も笑顔になるし、笑顔は多くの場合に最高効率と好意を運ぶ糧となると思っていた。
だから当然、今回も月は笑顔と軽い冗談で対応し、相手の笑顔や素の表情を引き出そうとした。

ここで勝ち取ったイケメン店長の笑顔は、マスクと眼鏡で半分が隠されていたのにも拘らず、月にとっては戦利品としての価値満点であった。

「もし何か分からないことがあったり、聞きたいことがあれば、遠慮なく店舗にお電話下さい。ご希望でしたら、僕の名指しでも大丈夫ですよ。その時に出られなくても、折り返しお電話します。」
手続き終了後のテンプレ挨拶をするイケメン店長に、月はついに言った。
「デートのお誘いもそちらに名指しでかまいませんか?w」

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